【21】おお~勇者よ、どうしてそんなに強くなってしまったのだ!
ギガントスはアルトルトの身長の倍ほどもあろうかという、とげとげの棍棒を振り下ろした。アルトルトは素早く跳んで避ける。
その巨体から鈍重に思われたギガントスだが、意外に素早く、アルトルトの逃げたあとを追って、棍棒が振り下ろされる。
アルトルトまたすばしっこく、右へ左へと避けるが。
「どうした? 逃げるばかりでは、らちがあかんぞ」
ゼバスティアはからかうように声をあげた。魔獣の骨を組んだ玉座に足を組んで斜めに座り、肘当てに肘をついて、いかにもつまらなそうに。
そんな大魔王の挑発にも、アルトルトはこちらにちらりとも視線を向けることはなかった。その青空の大きな瞳は、常にギガントスを捕らえている。
良い集中力だと、ゼバスティアは思う。戦いにおいて、心乱すことは一番の悪手だ。常に冷静に回りを見て、敵のみをその目に捕らえておくことだ。
アルトルトは後ろへ後ろへと下がり、ついに玉座の間の壁を背に追い詰められる。
ギガントスが狙いを定めたように片手ではなく、両手で棍棒を振り下ろした。
その瞬間に小さな身体は、なんと巨人のまたの間をくぐり抜けた。
ギガントスは目の前から消えた獲物に一瞬戸惑い。そしてぐるりと振り返る。
連続で棍棒を振りまわされていたときよりも、大きな隙。アルトルトはその機会を逃さずに、背中に背負っていた弓を引き抜き、キリリと弦を引き絞って放った。
ギガントスの一つ目に突き刺さる矢。
それにギガントスは大きくよろめく。
視界を潰された巨人であったが、逆上したように咆哮をあげて、ブンブンと棍棒を振りまわした。
棍棒の勢いだけでなく、その風圧もすごく、迂闊に巨人には近寄れない。
アルトルトは慌てず巨人から距離をいったんとると、ぐるりと駆けてその背後に回り込んだ。身を屈めて巨人の足元に滑り込み様、オルハリコンの剣を振る。その片脚のかかとを切り裂いた。
腱を切られたギガントスは片脚ではその巨体を支えきれずに、ズドンと音を立ててひっくり返る。
アルトルトは倒れたギガントスの身体をかけると、その胸の真ん中にオルハリコンの剣を突き立てた。
核を貫かれて、ざあっとギガントスの身体が砂のように崩れ去る。
「見事だ」
パンパンと拍手をし、ゼバスティアは玉座から立ち上がった。階を降りて、アルトルトに近寄る。
アルトルトの今の強さを考えて調整したギガントスだったが、まさかこれほど見事に倒すとは思わなかった。
このギガントスはゼバスティアが作った魔法生物であった。アルトルト用に手加減などしていない。むしろ、大人の勇者だって手こずるだろう代物だ。
というか、調整しながらゼバスティアは思った。これ、魔界の四大公爵でも敵わないんじゃなかろうか? と。
「戦利品だ」
床に転がるギガントスの核となっていた魔石を拾う。それをアルトルトが握りしめている、オルハリコン。その柄の頭につけてやる。
「お前が魔力をこめて、この剣を振るえば、それはたちまち見えぬ刃の風となるだろう。修練は必要だがな」
ゼバスティアは、いまだ肩で息をつくアルトルトに告げた。
「さて、また厨房で作りすぎた料理を食べていくとよい。菓子もあるぞ」
「食べ物を粗末に扱うことはよくないことだ」
「魔族はそんなこと気にするか」
ゼバスティアはそう返しながら、仕掛は上々と内心でほくそ笑む。
そう、人界のあちこちで今頃、大騒ぎとなっているはずだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「あれ?」
いつものように魔王城でごちそうを食べて、デザートを食べて、帰りの転送陣をくぐったアルトルトは声をあげた。
いつもの自分の部屋ではなかったからだ。
外。それも、大勢の人々がいる広場らしき場所。
そして、全ての人の目がアルトルトに注がれている。
彼らは突如現れたアルトルトに大きな目を見開くと、次には大きく口を開けて叫んだ。
「勇者様万歳!」
「我らが王太子様!」
そのようなことを叫びながら、男も女も子供も駆け寄ってくる。このままアルトルトは彼らに囲まれてもみくちゃにされるかと思ったが。
ふわりと身体が抱きあげられた。
そして、広場の中心にある、初代王の石の像。その台の上にいた。
「お怪我はありませんか? アルトルト様」
「ゼバス!」
民衆はわあわあと、石の像へと駆け寄るが高い台のうえにはその伸ばした手は届かない。
「皆の者、喜びはわかるが鎮まりなさい!」
そう声を張り上げ、現れたのはデュロワだ。その後ろにはタマネギ頭に丸い身体の大きな動く鎧がついてきている。中には当然イルがいる。
「静粛に! 静粛に!」
そう叫ぶデュロワの大きく張り上げる声に合わせるように、機械鎧というか中身イルが、鉄色の腕を振り上げた。五本の指の先からパンパンと大きな音をあげて青空にあがったのは、色とりどりの煙花火。
「あれは先代勇者様ではないか?」
との声が波のように広がり、さらに花火の大きな音に人々はようやく鎮まり返る。
「今、みなの見た通り、我らが勇者にして王太子アルトルト殿下は、魔王の仕向けた刺客である巨人を見事討伐され、帰還なされた!」
デュロワが声を張り上げる。それに民衆が応えるようにわあっと声をあげて、再び「勇者様!」「我らが王太子殿下!」の声を張り上げる。
「トルト様、みなさまに応えて手をお振りください」
「う、うん」
アルトルトは戸惑いながらも、執事姿のゼバスティアに抱きあげられた腕の中で手を振ると、歓喜の声はいっそう大きくなった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ふはは! 我は極悪非道の大魔王ぞ!」
大陸各地の王都に都市、その広場に突如響いた声に、人々は足を止めた。
「虫けらのような人間共よ、これからお前達に面白い見世物を披露してやろう」
空に映し出されたのは、あきらかに人界のものと違う巨大な大広間。その遥か高い天井にさえ突きそうな緑の肌の一つ目の巨人と、相対するのは七歳ぐらいの少年。
「虫けら共の希望だという勇者が、我が僕に八つ裂きにされる様を見るがよい!」
巨人の棍棒が少年に向かい振り下ろされたとき、一斉に悲鳴があがった。しかし、それを少年は風のように右に左と避けた。
さらには小さな弓で巨人の目を射貫いたかと思うと、そのかかとを切り裂いて、巨体をひっくり返して倒してしまった。
そこでぷつりと空に映し出された画像は消え。
「ちっ! こしゃくな、勇者アルトルト。しぶとい奴め! 来年の貴様のお誕生日、もとい、来年こそは八つ裂きにしてやるぞ! 覚えておけ! グリフォニア王国王太子アルトルトよ!」
魔王の声が響いて消えた。
以上が、全大陸大魔王の勇者活躍してますよ! 宣伝作戦であった。
ちゃんとグリフォニア王国王太子まで添えて、宣伝した我偉い! とゼバスティアは自画自賛した。
この様子は、大陸全土の主な王国。都市の広場で流され、その噂はたちまち辺境の村々まで伝わった。
当然、四大陸の中心にある大神殿にもだ。その大神殿の円形に円柱が並び人々が詰めかけた広場では、なんと大神官長までお出ましになられて。
「アルトルトちゃんがんばれ!」
と声援をおくられたとか。
ともかく、勇者アルトルトの名はこれで一気に大陸全土へと響きわたった。七歳にして恐ろしい巨人を見事倒したこと。そして、魔王討伐はならずとも、いままで数々の戦利品を手に魔王城から帰還したこともだ。
「あの悔しげな魔王の声!」
なんて、大公領にある村の女まで自慢げに言う始末だ。いつもの遠乗りのお供のおりに、たまたま魔王の地獄耳にひっかかった。
いや、お前、さすがにこんな田舎までは、我はアルトルトの勇姿を流しておらんぞ。直接聞いたような口を聞きおって、と心の中でツッコんでおいた。
王都の広場にその田舎の大公領にいたはずのデュロワがどうしていたのか? って。それは当然ゼバスティアが魔法書簡で呼んだのだ。
「勇者の保護者よ、本日のお迎えは王都広場までだ。早い時間に来ないと可愛いお遊戯を見逃すぞ」
と。
「可愛いお遊戯どころか、可愛い勇姿、いや、凜々しい勇姿なのか?」
後にデュロワはそうつぶやいていたが、可愛いのと凜々しいのとは両立するだろうが! とこれも、執事ゼバスとしてアルトルトの隣にいながら、心の中でツッコんでおいた。
それから、鎧の丸い胴体がぱっかり開いて出てきたイルから。
「デュウの石で俺はこの甲冑ごと跳んだけどさ」
と先代勇者の転送石で王都に来たと告げ。
「殿下の執事、あんたはどうやって王都に来たんだ。そもそも、あんた、朝から屋敷に姿が見えなかったな?」
なんて質問されたが。
「私は殿下の執事にございますから、常におそばに」
とうやうやしく返答しておいた。ごまかしたともいう。
まさか、アルトルトの出陣の支度をして、その姿が転送陣に消えるのを見送った瞬間に、自分も魔王城に転移しながら、お誕生日会のための盛装に素早く着替えました……なんて。
馬鹿正直に答える魔王はいない。
アルトルトが魔王城から転送陣に消えたあとも。
こちらも素早く王都の広場に転移しながら、執事ゼバスの姿になり、民衆にもみくちゃにされそうになっているアルトルトをすくい上げて、手近な初代王の石像の台座に、飛び移りました。
なんて……だ。
当然、一番盛り上がったのはグリフォニア王国、王都トールだ。なにしろ、魔王の恐ろしい声ともに始まった、我が国の小さな勇者の勇姿が流され、さらに魔王の悔しげな声が消えたあとしばし。
いまだ自分達がみたものが幻なのか本物なのか? 噂しあう、王都民の前にいきなりその小さな勇者が現れたのだ。
さらには先代勇者様、滅多に王都に現れないが、人気が高い大公殿下まで現れて、当代の勇者を民とともに讃えたのだ。
そんな盛り上がる王都のそば近くで見ながら、それを面白く思わない人物がいた。
継母王妃のザビアだ。
彼女が王都の盛りあがりを知ったのは、なんと十日後のこと。アルトルトの活躍など耳にすれば当然女主人が不機嫌になるだろうと、周囲が耳に入れなかった結果だ。
しかし、兄である宰相ジゾール公爵がやってきて、後退した頭の汗をふきふき、第二王子カイラルを第二王太子とする案は、当分延期せざるをえないと報告して、彼女は「なぜ!?」と叫んで、それが発覚した。
しかも、王太子は病気療養で大公預かりとなっているとの、長年の王宮の嘘がこれでバレた形になった。というより、以前から噂にはなっていたのだ。
継母王妃様が、王太子様を追いだしたのだ……と、宮廷などのぞき見られなくても民というのはよく知っているもの。そして、民の声というのは意外に強い。
勇者アルトルトの勇姿を見て、あの方こそ王太子に相応しい。我らの希望! となったのだ。評判の悪い王妃に頭が上がらない国王に対して、早くアルトルト殿下が王位に就かれればいいのになんて、不敬ともとれる発言を言い出す者もいる始末。
新しい王様の御世となれば、派手好き散財家の王妃様だって王宮を出て、もう少し地味なお暮らしをするしかなくなりますものね~。なんて、そんなさえずりもあったと耳にし、ザビアはぎりぎりと扇を握りしめ……いや、バキリとその東方渡りの高価な香木をとうとう折って、叫んだとか。
「その者を牢屋に放り込みなさい!」
誰が口にしたかわからぬ言葉など、捕らえられる訳もない。
ついには例の癇癪を起こして、折れた扇を投げつけて、今度は初代王の肖像画を傷付けて、パレンス王を青ざめさせた。
久々にあの女狐がどうしているか、懐中時計の蓋の裏、魔鏡で見た。暴れるザビアをなだめるパレンス王やジゾール公爵を見て、笑い転げてしまった。
とにかく、これでザビアの子、カイラルを第二王太子などに……という野望も砕かれたわけだ。
しかし、この程度で王妃側が大人しくなるとは……ゼバスティアも思ってはいなかった。




