【13】パンとスープの食卓
「これは前菜かな?」
パレンスが狼狽えて訊ねる。
「いえ、これがアルトルト様の毎日の晩餐にございます」
ゼバスは執事らしくうやうやしく答えた。本来ならば、執事が聞かれてもいないのに王に答えるのは不作法だが、それをゼバスティアはあえて無視して続ける。
「ちなみにご昼食もパンとスープのみ。ご朝食はオートミールの小さなボール一つにございます」
「なんと!」
大仰に驚いてみせたのはデュロワだ。隣のパレンスをぎろりと見る。
「昼と晩はこんな固くて小さなパン一個に、覗きこめば目玉が映りそうな野菜クズのスープ。朝はオートミールのみとは。先ほどの陛下の前にあった、肉の塊の山とはえらい違いですな」
「い、いやこれは叔父上、私も知らぬことでして……」
冷や汗をたらたらとかきながら、パレンスは「ザビア!」と狼狽えた声をあげる。
「こ、こ、これはどういうことだ!? 子供達の養育はすべてそなたに任せてあるはず!」
「わたくしは知りませんわ。それは王宮の大厨房より直接届けられるもの。なにか手違いでもあったのでしょう」
ザビアは顔色一つ変えずにしらりという。彼女がそう答えるのは予想の範疇だ。
「王妃様におかれては、このお食事は大厨房より“直接”届けられるものだと?」
しかし、やはり姑息な女狐は簡単に尻尾を出す。デュロワがその言葉尻を捉えて問いただす。
「ええ、わたくしは子供達に栄養あるものをと伝えました。それがどうしてこうなったやら」
「それで、これは料理人が勝手にしたことと? あなたには関わりがないと?」
「そう繰り返し申し上げているはず。しつこいですよ!」
ザビアがそれがどうしたの? とばかり苛立ちを隠さず、問い返した。そこに開きっぱなしだった食堂の扉から、あらたに二つの影が現れた。
一つはデュロワの護衛の魔法鎧だ。タマネギ頭に丸い胴体の大きな甲冑、その前に腕を掴まれて突き出されたのは、無表情なメイド。
彼女を見て、ザビアの顔色がすうっと白くなる。
「このメイドが、毎日、アルトルト殿下の食事を届けていたという。そうだな? 殿下の執事ゼバスよ」
「はい、王妃様付きのメイドだとお聞きしております」
デュロワの言葉にゼバスティアは、胸に手をあててうやうやしく答える。
「わたくしは知らないわ! そんなメイドなど見たこともない!」
ザビアが尖った声をあげる。デュロワは「このメイドが王妃付きがそうでないかは、調べればわかること」と続ける。それにザビアはワナワナと唇を震わせて。
「とにかく、誰付きだろうと、わたくしはそんな娘など知りませんからね!」
「お知りにならないのならば、私がこの娘をどうしようとご関係はありませんな」
デュロワがそう続けて、アルトルトの席の前。そのスープの皿を取って、メイド娘の前に付きだす。
「このスープを呑み干せ」
「…………」
娘は無表情に沈黙したままだ。デュロワは口を開く。
「なに、遅効性の毒だ。すぐには死にはせんよ」
「ど、毒だと!」
叫んだのはパレンスだ。彼は驚愕の表情でザビアを見る。彼女が継子であるアルトルトをよく思っていなくても、そこまでの事をしていたとは……と想像もしていなかったようだ。
「わたくしは何も知りませんわ! なにも知りません!」
ザビアはパレンスに向かい「知らない!」とその言葉しか“知らない”とばかりにくり返す。ついには、メイドを扇でさして。
「その娘が勝手にしたこと。わたくしはなにも知りません!」
そう叫んだ。一介のメイドがどうして、この国の王太子に毒を盛るなどということが、“勝手”に出来るのやら。
しかし。
「王妃様は本当にお知りになりません。すべて、わたくし一人がしたこと」
娘がそう口を開いたのだ。これにはゼバスティアも軽く目を見開く。デュロワも「まことか?」と問いただした。
「王太子暗殺となれば国家反逆罪のうえに死刑。そなたが主犯であるならばな。誰かに命じられてやったというならば、その命も助かろう」
「いいえ、すべて、わたくしがいたしました」
メイドはまったく表情を変えないまま答える。その様子こそが、いっそ不気味だった。
「なんのためにだ!? そなたには幼き殿下を害する理由などあるまい!」
デュロワが恫喝するように声を張って、娘を問いただす。獅子のような咆哮に、パレンスが「ひぇ」と首をすくめ。ザビアも「キャア!」と可愛らしくない悲鳴をあげた。
若いメイドは、そんな王と王妃とは対照的にまったく動揺することなく、デュロワを真っ直ぐに見た。
「王家への恨み!」
娘はそう叫ぶと首に下げていた銀のロケットを取り出し、その中身を飲み込んだ。彼女の口からごほりと血が吐き出される。
ゼバスティアは、とっさにアルトルトの目を自分の白手袋で覆われた手で隠した。が、アルトルトは瞬時にその手を払いのける。
「トルト様!」
「僕はこの者の最後を見届けねばならない!」
アルトルトの頭を抱え込んで、無理矢理でも隠そうとしたゼバスティアの手が止まる。アルトルトの顔はこわばっている。しかし、血を吐き苦しむ娘の姿から目を反らさない。
そこには勇者の……いやこの国の王子、将来、王となる者の覚悟があった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
パレンス王は悍ましいとばかりに、頭を抱えている。ザビアもまた扇で自分の顔を隠していた。
だがゼバスティアの魔王の目はごまかせない。
彼女の毒々しい赤い紅にいろどられた唇には、うっすらと微笑が浮かんでいた。
デュロワが倒れた娘に近づき、その首筋に指をあてて脈を調べる。
「死んだ」
そう告げると彼は肩から羽織っていたマントを落とし、ぱさりと娘の亡骸にかける。
そこまで見届けて、ゼバスティアは亡骸を自分の身体で隠すように、アルトルトの前に立った。身を屈めて、未だこわばったままの小さな顔をのぞき込む。
「ご立派にございました、トルト様。そのお覚悟を邪魔するように手だししたこと申し訳ありません」
「ううん、ゼバスは僕を守ろうとしてくれたのだろう。ありがとう」
そんな二人のやりとりを横目でちらりと見て、デュロワが「陛下」といまだ頭を抱えて震えているパレンスに声をかける。
「陛下! 危急の事態です。気を確かに!」
デュロワに肩を掴まれ揺さぶられてパレンスは「ひいっ!」と声をあげる。
「お、叔父上」
「王太子。それも世界の希望でもある勇者の命を狙うものが、この宮殿の奥深くに潜んでいた。これは由々しき事態です」
「そ、そうだな」
「王家への恨みと娘は申しておりました」
「わ、私には覚えなどないぞ!」
「もちろん陛下はなにもなされていないでしょう」
『そこで震えていることしか出来ない、無能王だからな』と横目で見るゼバスティアは思う。
デュロワは続けて。
「長い王家の歴史。その光に降りつもる闇もありましょう。この娘一人だけでなく、新たな刺客がまた放たれるかもしれません」
「そ、それは大変だ。私の命も狙われているということか?」
またガタガタと震え出すパレンス。殺されかけたのは我が子だというのに、自分の心配か? とゼバスティアはさらに呆れるが。
「いえ、陛下。お命を狙われたのは、アルトルト殿下にございます」
「う、うん、そうだな」
デュロワが言い聞かせるようにパレンスに告げる。パレンスはこくこくと頷く。
「まずは王太子殿下のお命を守ることが第一。それにはどこに刺客がいるかわからない、王宮より別の場所にお移しするのが一番。ひとまずは、すぐにでも我が、領地にお連れしたいと思います」
「お、叔父上の所へ? 王太子にして、勇者をこの王宮から出すと!?」
さすがにそれはあり得ないとパレンスは声をあげる。確かに王位継承者たる者が、王宮を出されるというのは、追放どころか廃嫡されたと見られてもおかしくはない。
「今は殿下のお命を第一に考えてくださいませ」
「…………」
デュロワは未だ扇で顔を隠したままのザビアにチラリと見て告げる。パレンスが迷うように、視線をうろうろとさまよわせる。
さすがに愚鈍な王とて、これでわかっただろう。
ザビアがアルトルトに毒を盛るまで憎んでいたこと。
しかし、メイドが自分一人でやったと亡くなった以上、ザビアの罪を問うことは出来ない。確たる証拠はどこにもないからだ。
ならば、今はアルトルトの身をその危険な継母から遠ざけることだ。
「わかった。王太子を叔父上に預けよう」
「わたくしは反対ですわ!」
そこにザビアが声をあげる。今のいままで扇で顔を隠して怯えていたふりはどこへやらの勢いで。
「王太子殿下を王宮から出すだなんて、外聞の悪い! 殿下は王宮にて御養育いたします。護衛の数を増やし、この離宮を固めれば良いこと。“手違い”のあった厨房にもキツく命じて、きちんとしたお食事も届けさせますわ」
やれやれ、その“護衛”とやらの全員が、アルトルトの命を狙う刺客ではないか? キチンとした食事とやらも、変わらず毎日毒入りで。
────それほどまでに継子の息の根を確実に止めたいか?
ゼバスティアは、ザビアのよく動く赤い唇。口先だけの言葉を流し聞く。
「良い案とは言えませんな」
デュロワが反論する。
「いくら警備を厚くしようとも、人が多く広い王宮。どのような穴があるかわかりません。お食事とても、毒味を増やしたところで、遅効性の毒となればすぐにはわからない」
「大公におかれては、それほどまでに王太子殿下をお手元に置きたいと? また、その見事な黒髪の頭に、星の輝きを載せたいのか? と馬鹿な者達が騒ぎたてましてよ」
星の輝きとは王冠のこと。ザビアは、過去、年若く頼りないパレンスより、元勇者であるデュロワを王位にと一部の廷臣達が騒いだことを、チクリとやる。
これには普段はぼんやりしているパレンスもぴくりと肩をはねさせて、デュロワを見た。
「心外ですな。私の頭にはその星の輝きとやらは重すぎる。陛下にこそ、それはふさわしい」
デュロワは安心させるようにパレンスに微笑みかけ、パレンスもまた安堵の息を吐く。
「とにかく、わたくしは反対ですからね。たかが毒殺騒ぎで、王太子が王宮から逃げるなんて、風聞が悪い」
今度は『たかが』と来たか。
しかし、ザビアがここまで反対するとは、ゼバスティアには予想外だった。王太子が王宮から出された。これだけでも世間はアルトルトが王位から遠ざかったと見るだろうに。
実際、デュロワもまた、予想外の王妃の反抗にどうしたものか? と、その黒い顎髭に手をあてて思案顔だ。
仕方ないとゼバスティアは口を開いた。
「僭越ながら、この執事めに案がございます」
「許す、申してみろ」
「使用人は黙りなさい!」というザビアの声に重なるように、デュロワが告げる。「ありがとうございます」とゼバスティアは胸に手を当てて、深々と腰を折った。
ザビアの突き刺すような視線など無視して。
「トルト様におかれては、謎のご病気にかかられ、その療養のために、大公領に向かわれたとされたことにすれば」
「謎の病気?」
デュロワがゼバスティアの言葉に首を傾げる。
「ええ、うつる病かもしれず、陛下や同じく王位継承者である第二王子様にも差し障りがあるといけないと、王宮からはなれられたと」
王位継承者である第二王子という言葉に、ザビアの瞳がギラリと光ったのを、ゼバスティアは見逃さず。
「謎の病とはなんなのか? 王太子が病弱なのは? 後遺症はないのか? と、アルトルト様に不名誉な噂がささやかれるかもしれませぬが、そのお命には代えられせん」
「そうだな、それがよい! アルトルト殿下は、空気がよい我が北の領地にてご静養。その完治の見込みはいつになるか分からず、王都に戻せば健康にご不安と発表すればよい」
「殿下には不名誉なことだが」と、ゼバスティアの先の言葉をくり返し、デュロワは大げさに肩をすくめる。
「ええ、ええ、たしかにそれは王太子として王位継承は大丈夫かと疑われる事態ですわね!」
明らかな喜色の弾むような声でザビアは告げる。王位継承権とまではっきり発言するか? と彼女のあさはかさに、ゼバスティアは内心であきれた。
まあ、そこを狙ったわけだが。
「王太子がそのような病など、王家にとっても憂いですけど、謎の病とあればそうするしかありませんわね。健常であるべき王位を継ぐ王子にとっては、本当に不名誉ですけど」
ザビアが扇で隠した口許を意地悪くゆがめたのだった。




