7話 茜の決断
いよいよバイトが始まる。
涼はレジ会計を任され、茜は新刊を並べたり、ポップの配置などを整理したりなど、本棚の整理等を担当していた。
店長は茜が緊張気味なのを察して、時々、話しかける。
「君が涼くんの彼女か。まさか、バイト先に連れてくるとは、驚いたよ」
「いや!いや!そういうわけじゃなくて、その.」
「まぁ、そんな固くならなくていいからね♪よろしく♪」
「あっ、はい」
この人、私が彼女だって完全に勘違いしてる...
12時になり、茜と涼が先に休憩に入る。
茜は涼に気になったことを聞く。
「何がきっかけでバイトしてるの?」
「家族の力を借りたくないから。俺は自分しか信用してない。だから、自分のことは自分でするって決めてる。」
茜は固まり、考え込む。
もしかして、地雷的な質問してしまった!?私!?どうしよう...
涼は茜の様子の変化に気付き、ため息をつく。
「別に今に始まったことじゃないし、気にしなくていいよ。反抗期の延長線上みたいなもんだよ」
茜はそれを聞いて、ホッとする。
「それなら、よかった♪」
「何がいいんだよ....こんなの...」
「えっ?」
涼はとっさに笑顔を作り、何事もなかったように優しく声を掛ける。
「あっごめん!そうだよな!俺、もう行くから、茜はもう少しゆっくりしてから来いよ」
「....うん」
茜はバイト中この出来事がずっと引っかかっており、店長に涼について詳しく話を聞くタイミングを伺っていたが、休憩のタイミングが一緒だったりなどで、聞けず、あっという間に2週間が経った。
バイト終わり、早速、店長は2人にバイト代を渡す。
「2人とも本当にありがとう。茜ちゃんは物覚え早いね。レジ会計までできるようにはなるとは思ってなかったよ。ホントに頑張り屋さんだね♪」
「そうですね。今回ばかりは褒めるとこしかないですね」
茜は封筒をほっぺにスリスリとして、ご満悦な様子だった。
「汗と涙の結晶♪」
「2人ともいい浴衣買えるといいね♪」
「はい!」
茜はチンプンカンプンな様子で涼を見つめる。
「浴衣?」
涼はモジモジしながら、話し始める。
「今度の夏祭り、茜と一緒に・・・行きたい。
一緒に浴衣揃えて、行きたい。だから、そのためのバイト。浴衣とかの。」
茜は照れながら、照れを必死に隠そうとする。
「えっ!?何で私!?他にもっといい人いるじゃん!!」
もしかして!恋心!!?...
涼は顔をそっぽ向ける。
「他のやつはつまらない!バカでマヌケでアホな奴がいい!」
茜はツンデレのようにほっぺを膨らます。
「なにそれ!!意味分かんない!!?
どういう感情で私を誘ってるの!?」
「絶対言わねぇ!」
「ペットのくせに生意気よ!ちゃんと言いなさいよ!!バカ!!」
涼はグッと顔を近づけて、茜に確かめる。
「もし、ホントに行くならその時にちゃんと答えてやる!!イエスかノーどっちだ?」
「...イエスに決まってるでしょ!!」
そして、茜と涼は浴衣を買いに行き終え、明日の夏祭りに備える。
その日の夜、茜はなかなか眠れずにリビングに下りる。母親がニヤリと嬉しいことがあったかのように待ち構えていた。
「あんた、彼氏と夏祭り行くんでしょ♪どうやって彼氏にしたの♪」
「いや、彼氏ってわけじゃ!ただのペットだよ!ペット!」
「いいから、いいから、馴れ初めから話してみてよ♪」
「....こんな感じで、今に至ってって感じかな」
母親は固まる。
なんてクレイジーな事を命令するのかしら、この子は...こうなったら、
母親は茜の手をぎゅっとつかみ
「あんた、既成事実つくりなさい!」
「何言ってんの!?母さん!!??」
「あんたみたいなクレイジーな子に付き合ってくれるなんて、どんだけいい人なのよ!この際、何が何でも手に入れなさい!!」
「いや、それは私の意思ではどうしようもないような気も...」
「もし、手に入れたら小遣い、倍に増やします!反対にダメだったら半額にします!」
「えー!!なにそれ!?聞いてないよ!!」
「足りないならバイトすればいい!もうできるんでしょ!バイト!」
痛いとこ突くな....母さん....
そして、いよいよ夏祭りを迎える。
着付けを済ませて、茜は少し早めに家を出ることにした。理由はずっと引っかかっていたことを店長に聞くためだ。
茜は店長を見つけ、声を掛ける
「すいません、店長、少し時間をもらえないですか?」
店長は笑顔で答える。
「いいよ。休憩室いこうか」
「はい。」
店長は麦茶を取り出し、茜に優しく声を掛ける。
「はい、どうぞ。何か訳ありっぽい感じかな?」
「あの...涼くんの事を教えて欲しいです。」
「なんでそんなこと聞くの?」
茜は経緯を話す。
「そういうことか。いつかは知ることになるだろうから、話しておくよ。覚悟はいい?」
「はい、大丈夫です」
店長は重い口を開き始める。
「涼くんがうちのバイトに応募しに来たとき、どうするか迷ったんだ」
「迷った?」
「うん。彼の目には光が全くなかった。楽しいことも嬉しいことも何もかも失ったような目をしてたんだ。私は何かあると思って、ご家族に話を聞くことにしたんだ。そこで母親とトラブルを起こして、母親と一緒に精神科に入院したことを聞いたんだ。僕は力になってあげたいと思って、採用したんだ。」
「...はい」
「そして、涼くんがバイトにも少しずつ慣れ始めた頃だったかな、涼くんの母親が自殺でこの世を去ったんだ。そして、その責任が全て自分にあるって今も自分を責め続けてるんだ。」
「そんなのあんまりです。涼くんは誰よりも優しくて人の痛みが分かる人です..」
「うん、分かってる。涼くんはそんな人じゃない。茜ちゃんがそれをしっかり分かってくれてるなら、安心したよ。」
「私、あの時、ひどい事、言ってしまいました。何も知らなくて、それでも良かったねって..母親が他界してるなんて、知らなくて..」
茜はあの時の発言を後悔しつつ、涙をボロボロと流し始める。そんな茜を見た店長が優しく励ます。
「最近、涼くんは少しずつ変わり始めた。時々、笑顔を見せるようになったんだ。多分、それは茜ちゃんと出会ったからだと思う。だから、茜ちゃんならきっと涼くんの救ってあげられるよ。」
「...私、あの時、なんてひどい言葉を、もう合わせる顔が...」
店長は優しく抱きしめ、そっと頭を撫でる。
「大丈夫。茜ちゃんは悪くないよ」
茜はこのとき、自分が隣いるのはふさわしくないと思い、自分から身を引くことを決意する。