10話 中学時代
放課後のチャイムが鳴り、茜は気持ちを整えながら保健室へ向かう。保健室のドアの前に立ったが、その先へ進めずにいた。
すると、保健室の先生がドアを開け、優しく声を掛ける。
「入りなさい。」
「..はい」
「お菓子、用意するから涼くんの横でゆっくりしていきなさい♪」
涼も茜に気付き優しく声を掛ける。
「来いよ、茜」
「...うん」
保健の先生は二人きりにしたほうがいいと判断し、保健室の鍵を茜に渡し、職員室へ戻ることにした。
どうしよう!?2人きりなんて...何を話せば...
涼は茜の手を握る。茜はドキッとするが、それは一瞬にして冷める。理由は涼の手が震えていたからだ。まるで子供のように震えていた。
「俺、一瞬だけ、クラスの奴ら全員、殺してやりたいって思ったんだ」
「..私も同じこと考えたよ...」
「気付いたら、机を叩いてて、怖いんだ。自分で自分を制御できないのが怖いんだ...昔の自分に戻りそうで怖いんだ...」
茜は涼の頭をそっと抱き寄せ、安心させる。
「大丈夫だよ。涼くんはそんな人じゃない。私が1番よく知ってるんだから、大丈夫だよ」
涼は茜の言葉に涙を流し始める。
私はなんてバカなんだろう。涼くんは勝手に大人だって思ってた...違うんだ、涼くんも私と同じ子供なんだ..大人に見えてたのは私に心配かけないため、私が涼くんに無理させてたんだ....
保健室で涼の気持ちもある程度落ち着き、鍵を閉めて、鍵を返し、下駄箱へ向かう。お互いに何を話せばいいかわからず、会話もなく、少しぎこちない雰囲気のまま下駄箱へ着く。
涼が下駄箱を開けると何十もの手紙が入っており、それが床に散らばる。
「うわっ!」
「大丈夫?」
2人はとりあえず散らばったものを集めることに。そこに書かれていたものは涼に対する誹謗中傷の嵐だった。
最低!!、見損なったわ!、私の青春返して!
母さんをあんな言い方するなんて、どうかしてる
、異常者!、殺人鬼!
など。
あまりにひどいものばかりであった。
茜は言葉を失う。
そして、涼は急に息が荒くなる。
「はぁ...はぁ...」
「大丈夫?涼くん?」
涼は過呼吸のような症状になり始め、その場にうずくまり、苦しそうになる。額には大量の汗もかき始めていた。
茜はどうしていいかわからず、あたふたしていると、ちょうどその場にいた美月が駆けつける。
美月はまず、自分のスマホで119番通報して、救急車を呼び、茜に命令する。
「早く、保健の先生連れてきて!」
「..うん!分かった!」
美月の迅速な対応もあり、救急車が来るまでそこまで時間もかからずに済んだ。
涼は病院へ運ばれ、2人っきりになった時、美月は茜に苛立ちをぶつける。
「あんた!何やってんの!?」
「その、どうしていいかわからなくて...」
「ふざけないで!そんな気持ちであの人の横にいるなんて、何様のつもりよ!」
茜はボロボロと泣き始める。
「...ホントに..すいませんでした」
茜の様子をみて、正気を取り戻した美月は茜に涼の過去を話すことを決意する。
「あんた、このあと、ちょっと時間ある?
あなたには知らないといけないことがある」
「...はい」
2人は学校近くのカフェに行くことに。
美月から話を切り出す。
「涼くんの中学時代の話をしておこうと思って。」
茜は母親の自殺した件に関することだと察する
「母親の自殺の件ですか?」
「そう。その本当の理由..」
それは涼が小学生の時代にまでさかのぼる。
「涼くんがバスケを始めたの小学4年生。姉さんの影響でやり始めたと思う。涼くんはバスケの才能がずば抜けててすぐにレギュラー、エースだった。最初は良かったの、周りからも信頼しされてて、母親からもよく褒められてた。
けど、中学になってからは状況が一変する。涼くんが活躍するたび部員は嫉妬した。キャプテンと副キャプテンは別だけど、その2人がいないところで、陰口いわれたり、わざとボールをぶつけられたり、上級生からはパシリのように自動販売機のジュース買わされたり、買ってもいちゃもんつけられて、投げつけられたり。
皆、女子からモテる涼くんが気に入らなかったんだと思う。事件が起きるのは中学2年生の頃。3年生のキャプテンと副キャプテンが抜けて、次のキャプテンをどうするかってなった時に、監督の独断で涼くんに任命されたわ。当時の監督は涼くんの才能に気付いていたし、もし、この才能をうまく開花させて、いい成績を残せれば出世に近づけるとかそんな魂胆だったと思う。そして、環境はさらに悪化したわ。練習自体もやる気のない人が増えて、最初の地区予選大会で1回戦負け。監督はその全ての責任を涼にぶつけたわ。全部員を集め、涼くんを立たせて、怒鳴り散らしたり、しまいには居残り練習を涼にだけさせるようにした。この時にちゃんと母親が気付けば良かったんだけど、母親も悪かったの。母親は全国大会出場が当たり前って考え方の人で、監督の考えに賛同してたわ。母親は涼くんが結果を残すたびに勝手に優秀な息子、結果を残せる子に執着していったんだと思う。涼くんは優しいから、文句は言わない。できる限り、母親の理想像でいられるように頑張り続けてたんだと思う。そして、そのまま時は流れ、2回目の地区予選大会を迎えたの。その時にはもう涼くん自体も抜け殻のようなプレーしかしてなかった。チームもバラバラ、涼くんの精神、体力ともに限界を迎えていた。そして、事件は起きたの。いつものように監督は涼くんを怒鳴り散らしてたわ。私達、女子部員もいる目の前で。私はやりすぎだと思って止めようとしたら、涼くんが監督を馬乗りになって殴りかかってた。周りの部員が涼を引き離したけど、涼くんは泣きながらずっと叫んでた。そして、その暴力行為の件で校長と監督、涼くんと母親の4人で話し合いが行われることが決まったの。私は呼ばれてなかったけど、どうしても助けたくて、校長に私も同席させてくださいって直談判して、同席したの。
私は監督が悪いって強く言ったんだけど、校長も涼くんのお母さんも聞く耳をもたかった。2人は何があったにしても暴力を先に振るったほうが悪いって考え方で涼くんを悪者だと決めつけていたわ。
「校長!悪いのは全部監督なんです!この人は全ての責任を涼くんに押し付けました!ホントに責任取る人はこの人なんです!」
「はっ!?なんで俺がそんなことを!?こっちは殴られたんだぞ!ふざけるな!」
「違う!殴られても当然のことをしたのはあなたの方です!」
校長は咳をして、話をまとめ始める
「ゴホッ!2人とも落ち着きなさい!経緯はどうであれ、暴力はいけません!暴力は何の解決にもなりませんし、先に振るった方が悪い!それは変わりません!」
「それは、悪いことだと思います!けど、これには事情が..」
涼は校長と監督を罵倒する。
「フッ!ゴミどもが!」
校長は視線を鋭くする。
「何ですか?その態度は?反省しなさい!」
涼は机をバンと叩き言い返す。
「最高に気持ちよかったですよ♪ゴミを始末してる感じで♪」
母親は涼を思いっきりビンタする。
「本当にすいませんでした!!うちのバカ息子が、しっかりと言い聞かせますので」
監督はニヤけながら対応する。
「涼くんには反省の色が見られないようですが?」
美月は監督にブチギレる。
「ふざけんな!お母さんも頭上げてください!悪いのは監督です!!」
母親は美月にもキレだし始める。
「黙ってなさい!これは私と涼の問題です!!」
美月は母親の高圧的な態度に黙るしかなかった。
涼は握り拳に力を込め、苛立ちを必死に我慢する。
母親は涼が頭をなかなか下げないので手で頭をつかみ、必死に下げようとする。
「早く下げない!!何をしてるか分かってるの!?早く下げなさい!!」
「..俺は..悪くねぇ..」
監督はイヤらしい笑みを涼に向け続ける。
校長はあきれ顔で涼を見つめる。
母親は言ってはいけない言葉をもう一度言ってしまう。
「いい加減にしなさい!!バカ息子が!」
涼は我慢の限界を迎え、母親の首を思いっきり締め始める。
「俺はお前の道具じゃねぇよ。死ねよ、お前。」
美月は話しながら当時の状況を思い出し、少し胸が苦しくなり、一度深呼吸をする。そして、自分なりの考えを話す。
「こんな事があって、涼くんは一時的不登校になったわ。母親と涼くんは精神科で少し入院することになって、何度か涼くんのお見舞いに行ったけど、見ていられなかったわ。ホントに闇の中を漂ってるみたいで、すごく後悔した。もっと前にできることあったんじゃないかって。私は涼くんの母親が自殺した原因を作ったのは全部、あの監督のせいだって思ってる。」
茜は涙をボロボロと涙を浮かべる
「私...どうすれば..」
「それについて話しておきたいことあるから」
「...はい」
美月は話し始める。
「私、涼くんのことがずっと好きだったからあの人が決めた人ならってずっと言い聞かせてた。けど、あんた見てるとどうしても許せなくなる。
ホントに支えてあげない人は涼くんなのに、あなたは涼くんの背後に隠れて、負担をかけてばかりで、何もしてあげれてない
このままだと、次に何が起こるか分からない。
こんな事になるくらいなら、早く別れてほしい。それが私の願い。悪いけど、あなたの涙を見てもそれは変わらないから。あなたは隣にいるべき人じゃない、それが私の答え」
茜は何も言い返せない
「....」
美月は立ち上がり、身支度を済ませて、去り際、一言伝える。
「私ならこんな事、絶対にさせないから、早く別れなさいよね!バカ女!」