人間界のお客さん
魔界の中央にそびえ立つ魔王の城。
城壁は魔法で固く守られ、無数の塔が天を突くようにそびえ立つ。そして城下には魔族たちが暮らす広大な街が広がっていた。
静まり返った城内。玉座の間へと繋がる巨大な扉が音を立てて開かれ、冒険者の一団が姿を現した。
剣士ミロスを先頭に、弓使いオリガ、僧侶イェリーナ、そして魔法使いボグダン。彼らは「魔王討伐」のため、死を覚悟してこの地に乗り込んできたのだ。
「ついにここまで来たな……」
剣士ミロスが剣を握りしめる。
「でも、何だか妙じゃない?ここに来るまで邪魔が入らないなんて」
弓使いオリガが警戒しながら周囲を見回す。
「罠かもしれません。皆さん、油断は禁物です」
僧侶イェリーナの言葉に皆が頷く。
そんな中、玉座の間へ向かって走る軽やかな足音が聞こえてくる。
冒険者たちの前に現れたのは幼い少女だった。
上品な黒いワンピースを纏った少女は金色の髪を揺らしながら玉座へ座り、瞳を輝かせて彼らを見つめる。
「ようこそ魔界へ!いったいなんの御用かしら?」
あまりにも無邪気で、あまりにも無警戒。ここが魔王城で、彼女が座っているのが玉座でなければ相手が魔王だとは到底思えない能天気さに、冒険者たちは一瞬言葉を失った。
「……子ども?」
魔法使いボグダンが戸惑いの声を漏らす。
「ねえ、あなたたち何しに来たの?」
少女もとい、魔王・ヴァルヴァラが首をかしげながら尋ねた。
「俺たちは、魔王を倒しに来た!」
気を取り直したミロスが声を張り上げる。
「わたしを倒しに?」
ヴァルヴァラは目を丸くして聞き返す。
「お前がいるから、人間界に災いがもたらされているんだ!おとなしくやられろ!」
その言葉にヴァルヴァラは軽く唇に指を当てた。
「でも、わたしは災いをまき散らしたことなんてないわ。そうよね、スヴャトスラフ?」
玉座の横に控えていた魔族の男──近衛隊長であるスヴャトスラフが一礼する。
「言いがかりも甚だしいですが、彼らの世界ではそのように語られているのでしょう」
ヴァルヴァラは首をかしげると、冒険者たちに向き直った。
「ねえ、せっかくここまで来たんだから、お茶会に招待してあげる!ついて来て!」
その予想外の提案に、冒険者たちは一瞬呆然とする。
しかし、ミロスはすぐに叫んだ。
「油断している今が好機だ!やれ!」
オリガが矢を放ち、ボグダンが炎の魔法を唱え、イェリーナが神聖魔法を発動する。攻撃が次々とヴァルヴァラに襲いかかったかに見えた。
しかし、すべての攻撃はヴァルヴァラの周囲で弾かれ、彼女に届くことはなかった。
「これはなんて言う遊び?」
視界を遮る攻撃を眺めていたヴァルヴァラが、なんの気無しに軽く手を払う。
その瞬間、彼女の周囲に膨大な魔力が吹き荒れた。
「きゃあっ!」
「うわーっ!」
冒険者たちはその衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
玉座の間が静寂に包まれる中、ヴァルヴァラが前に進み、呆然とする冒険者たちを覗き込む。
「好きなお茶は何?」
自分たちの攻撃が全く通用しないヴァルヴァラを見て、冒険者たちは震え上がる。
「な、なんなんだ、こいつは……化け物だ……」
ミロスが膝をつき、イェリーナは涙目で祈り始める。
「神よ、これは討てる相手ではありません!」
結局、彼らは討伐を諦め、魔王城を後にするのだった。
冒険者たちが去った後、ヴァルヴァラは玉座に戻り、スヴャトスラフに話しかける。
「あの人たち何をしに来たの?」
「お茶会をしましょうか。今日はお菓子を多めにご用意いたします」
スヴャトスラフが苦笑する中、ヴァルヴァラはいつものように、のんびりとした生活を満喫するのだった。