うわさ話
無名崎高校に通う鈴木万慈は、幼馴染の宮藤静香と放課後、教室に残ってしゃべっていた。
鈴木の手には広げられた紙が握られていた。
どうやら、くしゃくしゃに丸められた紙を伸ばしたものらしい。
「万慈、それって何が書いてあるの?」
その紙には文字が書かれているわけではない。
いや、文字は書いてあるのだが、印刷のフォントだ。
それは国語の課題の紙で、伝えたいメッセージはまると矢印で構成されていた。
まるで囲まれた文字を順番に並べるとこうだ。
『すず木ほう籠浦モンに来い』
「万慈、やっぱり読めないよ」
「課題の紙に書かれている文字には制限があるからな。句読点もないし。つまり、『すずき、ほうかご、うらもんに、こい』だよ」
宮藤は左手のひらを右の拳で『ポン』と叩いた。
「なるほど」
「俺を『何か』の犯人と決めつけた人物からの謎のメッセージだ」
「何かの犯人??? そうじゃなくて、万慈くん、裏門で誰かに告白されるんじゃないの?」
「よっちゃん!」
そう言って、宮藤が振り返った先には、左右に三つ編みした髪を垂らした女生徒が立っていた。
彼女は花村美子と言う宮藤の友達だった。
「誰も使わない、雰囲気最悪な学校の『裏門』に呼び出すということは、やはり殴るとか蹴るとか、そういうことでは? どう考えても、裏門で『告白される』という考えが分からない」
鈴木が言うと、花村はニヤリと笑った。
「万慈くん、スクールカーストの底辺なのに、実は女子受けはいいのよネ」
「万慈、今日は裏門に絶対に行かせない!」
そう言うと宮藤は両手を広げ『通せんぼ』するような格好をした。
「宮藤ちゃん、いつも俺のこと『セクハラ男がモテるわけない』と言っているじゃないか。心配ない。むくつけき男が拳を握って待っているはずだ。俺は、俺がなぜ殴られるのか、理由に興味がある」
その言葉を、二人は無視するかのように視線を逸らした。
花村は鈴木が持っていた紙を手に取ると、繁々と眺めてから、言った。
「これ、この前『最空が陽春に告った』ってメッセージが回った時と同じ紙じゃない」
最空と言うのは男子で、最空星と言う。鈴木とは違って、イケメン男子だ。
陽春は女生徒で陽春霞という名だ。名前の通り、春らしいふわっとした感じの女性で、髪型もウェーブがかかって春風のようだった。
宮藤が人差し指を立てていった。
「ああ、なんかそんなメッセージ回ってたよね」
宮藤の指を握ってくる女生徒がいた。
「えっ!」
宮藤は驚き、花村はこう言った。
「うわさをすれば影ね」
「霞ちゃん! 俺に告白しに来たの?」
「……まあ、そんな感じかしら」
宮藤は鈴木を両手で押して、陽春から遠ざけた。
「こいつに近づくと危険よ。すぐエッチなことしてくるから」
「あら、それなら静香はいつも鈴木くんにエッチなことされてるわけ?」
「……そうよ。触ろうとする手を避けるの大変なんだから」
鈴木が真面目な顔をして言う。
「冗談は置いといて、何か『事件』なんだね」
「えっ? 別にここに来た意味はないわ」
鈴木は大袈裟にコケて見せた。
宮藤は笑った。
「そうよね。普通、万慈には『冷やかし』ぐらいしか用事はないのよ」
その時、鈴木は教室の外から視線を感じた。
「花村さん、ちょっと」
鈴木は美子に耳打ちした。
「(教室の外からこっちを見てる男をそれとなく確認して)」
「万慈、よっちゃんに変なことしないで!」
「ごめんごめん」
美子は笑い、謝りながら、それとなく教室の外を見た。
そこには相田一樹がいた。
コソコソと四人の様子を覗き込んでいる。
美子がスマホで万慈にメッセージを送る。
『外にいるのは相田よ』
鈴木は美子のメッセージを確認すると、言う。
「さあ、そろそろ裏門に行こうかな」
陽春は首を傾げて言う。
「なんで裏門?」
宮藤は鈴木を教室の外へ押し出しながら、
「行ってこい、行ってこい、殴られてこい」
と言った。
「宮藤ちゃん、俺が戻ってくるまで待っててよ」
「わかってるわよ」
鈴木はそのまま教室を去っていった。