嫁入り
二大大国と呼ばれるラッツェン国は、女神の娘たちの加護で大国となった国と呼ばれていた。逆に言えば、女神の娘たちが嫁がなければ、今も貧乏国だったくせに、と大陸のそこかしこで陰口を叩かれる国であった。
だから、ラッツェン国と政略結婚しようとする国はそうそう、いない。しかし、ラッツェン国と友好国となるためには、政略結婚は有効なのだ。
わたくしが王妃に、と望まれたのは、ラッツェン国の若き国王の一目惚れからだ。
ラッツェン国は今時、珍しく、王族といえども、色恋で結婚を決めるという。そういう政略的なものを重要視しないのだ。それがなくても、女神の娘たちの加護が国を守っている。だから、必要なかった。
わたくしの国は、歴史の古い国です。過去、大国と呼ばれていたサイザン国の姫君のために作られた国なのです。ですから、国土もそれなりに大きく、サイザン国とも繋がりがありました。
「どうか、ラッツェン国に嫁いでほしい」
国王となったばかりの兄が頭を下げてきました。
「わたくしには、すでに婚約者がいます。仲もそれなりに深めてきました!!」
良い政略結婚となるため、婚約者である辺境伯とは、よい関係を築いていた。国の防衛の要でもある辺境伯との繋がりを蔑ろにしていいわけではありません。
「辺境伯から、辞退の申し出があった」
「そんな!?」
聞いてもいない。幼い頃から、それなりにお付き合いしていたと自負している。それをラッツェン国の国王の求婚で、婚約者の座を辞退されるなんて、思ってもいなかった。
納得して、愛する努力をしようとまでしていた。こんな扱い、あまりだ。
わたくしが怒りと悔しさに震えていると、兄はさらにわたくしを絶望に叩き落すことを言ってきました。
「実は、辺境伯には、別に慕っておる者がいるそうだ」
「は?」
「お前には、愛し、求めてくれる男の元に行くほうが幸せであろう」
つまり、わたくしは辺境伯に捨てられたのだ。
辺境伯にとって、ラッツェン国からの求婚は、渡りに船なのだ。円満に結婚したとしても、辺境伯はその思い人を側室として迎えるつもりだったのだろう。でなければ、そんな話を兄にしない。
「今回は、辺境伯からの辞退ということで、それなりの賠償金も支払われたぞ。さらに、ラッツェン国からは、成婚の暁には、とこれだけのものをお前のために差し出すと目録まで出してきた」
わたくしの目の前にとんでも長い目録が広げられる。金銀財宝に、外交の優先と、我が国にとって有利なことばかりだ。そこまで、ラッツェン国はわたくしを求めていた。
なんて、下品なんだろう。
わたくしを金品で手に入れようとしているのだ。その事実に、腹が立つ。
だけど、これらは、我が国とって、必要なものなのだ。悔しいが、我が国は、サイザン国の分国という立場のため、色々と不利なことがあった。主に、サイザン国にいいように使われているのだ。戦争だ、飢饉だ、外交だ、と我が国は不利益を被ることが多かった。だから、王族でありながら、貧しいのだ。
兄を見る。国王と言われながら、貴族とサイザン国の傀儡だ。力がないのだ。ここで、ラッツェン国の後ろ盾を得られれば、兄もこの傀儡政権から解放されるだろう。
「わかりました。この求婚、お受けします」
そうして、わたくしはラッツェン国に嫁ぐこととなった。
我が国は名だけはあります。サイザン国の庇護も受けています。だからでしょう。ラッツェン国側も受け入れは友好的でした。
「王妃様、女神の娘たちの子孫をご紹介いたします」
成婚後、わたくしは女神の娘たちの子孫をやっと紹介された。
いえ、姉二人の子孫はもう知っています。城に行けば、どうしても関わることとなります。
「戦の加護を持つ女神の娘の子孫です」
侯爵がわたくしの前で膝をついた。内戦でも、侵略でも、絶対的な力を持つという侯爵が率いる騎士団は、一騎当千だといいます。侯爵自身も、とても逞しく、凛々しい男です。正直、辺境伯はここまで鍛え上げていません。実は辺境伯、名前だけだったのですね。
「財貨の加護を持つ女神の娘の子孫です」
公爵がわたくしの前で膝をついた。王家から財貨で持って公爵となったと言われています。その身に着けている服や貴金属はとても品が良いものばかりです。何より、財貨で貴族となりながらも、身に着けた礼儀はしっかりとしています。
「豊かさの加護を持つ女神の娘の子孫です」
男爵がわたくしの前で膝をついた。二人の女神の子孫は身なりをしっかりとしているというのに、男爵だけ、着古した、時代遅れの服に、身だしなみも整えられていません。何より、泥臭さを感じます。
「男爵、ですか? 女神の娘の子孫だというのに!?」
何より、爵位の低さに驚かされた。公爵、侯爵と続いたのだから、せめて、伯爵くらいの爵位が妥当でしょう。ラッツェン国にとって、女神の娘の子孫は、象徴ですよ!!
あまりの爵位の低さに驚いていると、そこから、女神の娘の子孫たちは姿勢を崩した。
「ほら、言われた。もう、お前は爵位を上げろ」
戦の加護持ちの侯爵が男爵に呆れたように言います。そういう話は、たくさんあったのでしょうね。そうするべきです。
「社交する暇も金もないんだよ。ほら、見ろ、この服なんて、お祖父様のだぞ」
「豊かさの加護持ちなのに!?」
つい、言ってしまう。国の象徴に対して、かなり失礼なことを言ってしまっている。だけど、言いたくなる。
男爵は恥ずかしいみたいに顔を真っ赤にして笑った。
「豊かさの加護というのは、説明が難しい話です。豊かな領地かと最初は思われたのですが、あの領地、元々、豊かなのですよ。何より、貴族としての領地持ちとしては、我が家は国一、いえ、大陸一でしょう。ともかく、大きい領地なんです。領民も、ちょっとした国一つ分います。男爵領だけで、国が出来ますよ。だから、不作が出たとしても、別のところでは豊作です。領地内では、お互い、助け合って、得られた実りも分け合います。豊かさの加護で実りが有り余っているわけではありません。領地が大きすぎて、一部不作となっても、問題にならないのですよ」
「だから、お前は平民並の生活をすることとなるんだ」
公爵は男爵の領地運営を蔑んだ。
「得られた利益を平等に分配なんかして。貴族と平民では、受け取る利益には差をつけるものだ。収穫物の多い少ないだって」
「有り余っているのだから、いいじゃないか。今の生活で十分だ。これ以上、必要ない」
「理解できん!!」
公爵は男爵の領地運営を悪くいう。
「そうね、公爵のいう通りよ」
わたくしは、公爵の言い分は理解出来た。
「我が家は、貴族としての付き合いをしませんし」
「ですが、いざ、こういう場で、いつまでも古い服はどうなの? 王族に対して、失礼なことよ」
「一生に数度しか、城には来ません。必要ありません」
「それこそ、無礼よ!! 王族は国の頂点よ。その王族に最低でも年に一度は会いに来ないなんて」
「我が領地は、ラッツェン国の食糧庫です。年中、満足に国民が食べられるのは、我が領地が休みなく動いているからです。役割が違います」
「王族を蔑ろにしていいということ?」
「霞を食べて生きているのか?」
突然、男爵の穏やかさがなくなった。逆に、威圧してきた。
「そういうのなら、誇りだけを食べて生きていけばいい。言っておくが、我が領地は僻地だ。この城に来るだけで、大移動だ。天候によっては、半月かかることがある。いざとなった時、私が判断するのだよ。今日は何を食べた? あれらは全て、我が領地で収穫されたものだ。王族のために、特別な荷馬車が毎日、我が領地から出て行っている」
「っ!?」
恥をかかされた。わたくしは怒りやら、恥ずかしさやらで、体を震わせた。
「言い過ぎだ」
「王妃に対して、失礼だろう」
侯爵と公爵は男爵を軽く注意する。
「この国の代表となるのだ。心構えをしっかり持ってもらいたい。いつまでも、貴族やサイザン国の傀儡でいてもらっては困る。ここでも、傀儡となるつもりか?」
「っ!?」
今度は、目を覚ますような気持ちになった。
わたくしが言った言葉は、祖国で普通に言われていたことだ。まるで気にもしていなかった。それが当然だと思っていたからだ。そう教育を受けていた。
「我が領地は、ラッツェン国の食糧庫であり、大陸の生命線と自負しています。万が一、他国で飢饉が起こった時、我が領地の蓄えを提供しています。それは、数百年以上続いています。私が父から教わったことは、豊かさを分け合うことの大切さです。いつか、その分け合いが、我が家に戻ってきます。それは、国にとっても有利に働くこともある。そうだろう」
「ま、まあ、そうだな」
財貨の加護持ちの公爵が目を反らして認めた。男爵が勝手に食糧をバラまいてはいるが、その見返りをラッツェン国が受けているのだ。公爵だって、その恩恵を受けているのだ。
だけど、納得がいかない。
「それでは、男爵家は、何もいい事がないではないですか。見返りを受けているのは、国よ」
「仕方ありません。困ったことが起こらないので。いつか、とは言いますが、ないのですから、見返りなんてありませんよ」
「何も? お金で困っているじゃない」
「こういう場での服を整えるのは勿体ないだけです。金の使い方は人それぞれです。王妃様、これからあなたは裕福になります。気を付けてください」
そう言って、男爵は一礼すると、さっさと城から出て行ってしまった。
残ったのは、苦笑する戦の加護持ちの侯爵と、忌々しいと舌打ちする財貨の加護持ちの公爵である。
「帰ってしまった。食事会は?」
「いつもの事だ。あの男は、若いころに両親を亡くし、跡を継いだんだ。本来であれば、貴族の学校に行くべきだったが、それすら許されなかった。男爵領は、特別なんだ。どうか、許してやってほしい」
「そう、ですか」
国王でさえ許してしまうのだから、わたくしからは、これ以上、苦言を呈するわけにはいかなかった。
男爵のことは腹が立った。だけど、彼がいう通り、毎日の食事は豪華だった。祖国で王族としていたが、粗食だ。それでも、教育だけはしっかりとされた。だから、ラッツェン国でも、恥ずかしくない作法と社交が出来た。
ラッツェン国の貴族たちに接すると、いやでも思い知らされる。裕福で、満たされ、苦労知らずだということを。
女神の娘の加護がラッツェン国を守っているのだ。戦争からも、商売からも、食糧からも、全て、順調にいくのだ。だから、どこかおっとりしている感じがある。
その中で、苦言として出されるのは、やはり、男爵のことだ。
「聞きましたか? 女神の末娘の子孫だというのに、平民と結婚したのですって」
「その平民、女神の怒りで滅亡したマサラ国の王族の子孫だと聞きました」
「男爵の血筋には、流れているのですよ。女神の怒りを買った国の王族の血筋が」
男爵の扱いだけ、随分と低い。同じ女神の娘たちの子孫だというのに、皆、言いたい放題だ。
「この国では、女神の末娘の子孫に、随分なことをいうのですね」
軽い注意だった。ラッツェン国ではどうか知らないが、大陸中の国々では、女神の末娘は、かなり人気が高いのだ。その子孫を悪くいうだけで、その貴族家、王族は、二度と、社交で顔を見ることはない。
ところが、貴族たちは歪んだ笑顔を浮かべた。
「豊かさの加護なんて、わけのわからないものですよ。むしろ、醜い女神の末娘のせいで、大陸中が迷惑したのですよ」
「一体、父親はどんな人だったのかしらね」
「女神から生まれたというのに、醜いなんて、ねえ」
驚いた。女神に関わる物をここまで蔑むように話題にするなんて。
女神の三姉妹は、大陸全土では、信仰の対象です。元は貧乏国だったラッツェン国を大陸の二大国にまで押し上げたのは、女神の三姉妹の加護のお陰です。
なのに、加護によって、今の地位に経っているラッツェン国の貴族たちは、よりによって、女神の末娘が持つ豊かさの加護を蔑んでいました。
「本当に、困った奴だ。男爵領だけが国を支えてると思いあがっているんだな」
そこに財貨の加護持ちの公爵がやってきた。男爵の噂話はあれほど蔑みに満ちていたというのに、公爵に対しては貴族たちは姿勢よく頭を下げる。
「王妃様、足りないものはありますか? 我が家にお任せくだされば、大陸全土の宝石を取り揃えられます」
「王室に代々、受け継がれている物も素晴らしいですね。聞きました。公爵家が代々、取り揃えてくれている、と。公爵家は、とても見る目がありますね」
「よろしかったら、王妃様も何か受け継ぐ一品をお求めになりませんか?」
「わたくしは、見る目がまだまだありませんから、もう少し、養ってからにします」
祖国で培った技だ。こうやって、商人を撃退してきた。公爵相手に失礼だろうが、勝手に買い物の約束をするわけにはいかない。
「せっかくなので、好きなのを買ってみなさい」
それなのに、国王が買い物を勧めてきた。
思い出すのは、わたくしへ求婚するために、と持ち出された目録だ。あれほどの金銀財宝を祖国に与えたのに、きっと、この国では大したことではないのだろう。
「そう、おっしゃあるのでしたら」
「そういえば、男爵からは、花が届いていた。先日、感情に任せて、悪く言ってしまったことへのお詫びだそうだ」
「花ですか」
「あの男は、そんな枯れた終わりのようなものを」
国王はただの話題だったが、公爵は男爵の贈り物に悪態をつく。
しかし、言われてみれば、そうだ。花なんて、枯れて終わりである。
「陛下、宝石を一つ、購入してよろしいでしょうか?」
「ドレスも買いなさい」
「ありがとうございます。では、公爵、よろしくお願いします」
「最高のものをお持ちします」
公爵は満面の笑みでお辞儀した。
社交を終わらせて部屋に戻れば、国王が話題に出した花のことを思い出した。部屋を見回しても、花といえば、庭師が用意したものだとわかるものだ。毎日、庭師が自慢していく花しかない。
「男爵が荷車に乗せて送ってきたという花どこにあるのかしら」
「こちらにあります」
侍女の案内で行ったのは、今は使うことがない空き部屋である。また、とんでもない所に保管されているものだ、と呆れてしまう。よほど、見るに耐えられないものかと思っていた。
ところが、そうではなかった。部屋のいたるところに、花が飾られていたのだ。
「これは一体」
「男爵家では、食糧の運搬を毎日、行っております。もし、途中で枯れたりしてはいけない、と毎日、荷車に乗せていたのですよ。王妃様が確認されましたし、受け取りました、とお返事します」
「受領の返事はしないでいいわ。せっかくですもの。どこまで送ってくるのか、試してみましょう」
枯れて終わりの花を、領地に戻ってずっと、荷車に乗せて送っているという。
半分は嫌がらせです。男爵が勝手にやっていることですから、途中、さすがに気づくでしょう。いつかは男爵も花を荷車に乗せることをやめると思いました。だって、花って、年中、咲いているわけではありません。寒くなったら枯れますもの。
ところが、男爵は、男爵領を借金で取り上げられるまで、ずっと、花を荷車に乗せ続けたのです。
財貨の加護持ちの公爵は、早速、実物の宝石と、ドレスのカタログを持ってやってきました。昨日の今日とは、随分と気の早い人ですよね。わたくしという顧客は、どこにも逃げないというのに。
「どのようなデザインがお好みですか?」
「陛下は、どういったものが好きかしら」
せっかくなので、国王の好みにあわせてみることにした。
「色は、こちらですね」
さすが、公爵は国王の好みをよくわかっている。確かに、この男に任せておけばいいとは思った。
「王妃様のお好みはありますか?」
「そうね、枯れない花が欲しいわね」
「?」
「男爵は、毎日、お詫びの花を送ってくるのよ。でも、生の花は枯れてしまうわ」
「っ!?」
豊かさの加護を持つ男爵は、枯れる花を毎日、荷馬車ではあるけど、送ってくると聞いて、公爵は顔色を変えた。
「どういったものですか?」
「見てみますか?」
「そうですね。あの男の花の趣味を知りたいですね」
「そうですね。その中から、選んでみましょうか」
公爵と一緒に花の保管のためだけに使われる部屋に行った。
公爵、大したものではないだろう、と思って見に行ってみれば、部屋を埋めつくすほどの花に、言葉も出ない。
しばらく、呆然となって、公爵は呆れたように溜息をついた。
「あの男は、いつも、やり出すと、大袈裟だ。もういらない、と言っても、続ける。王妃様、男爵は、加減を知りません。私が病気で倒れ、貴重な薬草が必要だと知ると、見つけては送ってきたのですよ。病気が治って、もういらない、というまで、ずっとです」
「あなたと男爵、仲が良いのですか?」
驚いた。てっきり、公爵は男爵のことが嫌いかと思っていた。実際、男爵に敵愾心を抱いている。
「それはそうでしょう。商売をするには、商品が必要です。よく、男爵領には、子どもの頃から行っています。喧嘩だってするし、遊びだってしました」
「そうだったのですか」
「こんなにあったら、世話が大変でしょう。私から言っておきましょう」
「仕事を与えるのも、わたくしの役目ですよ。男爵が勝手に始めたことです。そのうち、やめますよ」
「やめませんよ」
「そうなれば、仕事が一つ減るだけですよ」
「まあ、そうですね」
意外な公爵と男爵の関係を知ることとなった。