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女神の三姉妹  作者: 春香秋灯
女神の末娘の子孫
3/19

悪行

 貴族の学校に通っている間は、皆、寮で生活である。それなりに爵位に応じて、部屋の位は変わるのだ。

 わたくしは男爵令嬢なので、最低の部屋になるべきなのだ。そうしようと言ったけど、通例だから、と王族が暮らすような別棟に放り込まれた。ついでに、王国が派遣する侍女数人がわたくしの世話である。

 はっきりいって、いらない。

「もう、この髪、なんてボサボサなの!!」

「肌も荒れ放題で、最悪!!」

「ほら、きちんとしな!!」

 若い侍女が文句をいうと、それなりの年齢の侍女頭が乱暴な口で叱り、ついでに、乱暴な手でわたくしを世話する。

「えっと、もう、いいですから!!」

 世話をしてもらっていて、あれだが、痛いしかない。

 高価らしい香油を使っても、わたくしの髪は綺麗にならない。むしろ、酷くなっていく感じだ。

 肌荒れだって、よくわからないものを塗られて、逆に肌が痒くなった。わたくしの肌に合っていないのだ。だから、もう塗らせてもいない。

 入浴だって、数人がかりである。最初は、あまりにも汚れていたから、悲鳴があがった。仕方ない、領地を馬で駆け回ってから、学校に来たんだもの。体を洗う暇すらないの!!

「あなたは、男爵といえども、女神の子の子孫。それなりの身ぎれいさをしてください」

「もう、いらない!!」

 力で勝てると思うなよ。わたくしは馬で駆けずり回っていたんだから。

 つい、強く押してしまったのだ。それで、侍女頭が倒れた。

「いたたたた!!」

「大丈夫ですか!?」

「こ、腰が!!」

「大変!?」

 そうして、この事が、大問題に発展したのだ。





 わたくしの侍女頭がわたくしから暴力を受けた、と国王に訴えたのだ。

「いくら、女神の子の子孫だからといって、気に入らないと押されたんです!! お陰で、腰を痛めてしまいました」

「まあ、なんて可哀想なことに。陛下、いくら女神の子の子孫といえども、暴力を見過ごしてはなりません」

 王妃はわたくしの侍女頭が泣いて訴えたことに味方しました。

「確かにな」

 国王は王妃のことが大好きです。だから、そのまま王妃のいう通りにしたのです。

 わたくしは国王の元に呼び出されてしまいました。

 一応、身ぎれいにはしました。だけど、もう、城から送られてきた侍女たちは、誰もわたくしを手伝いません。だから、国王と王妃の前に出たわたくしは、酷いものでした。

「あなた、なんて姿でここに来たのですか!?」

「申し訳ございません」

 いくらだって頭を下げてやる。さっさと、帰りたかった。ここにいるのはうんざりだ。

「今回は、許してやりなさい。もう、ユメールの侍女をしたくない、と皆、訴えているのだ」

「王族の婚約者だというのに、人心をつかめないなんて」

「男爵家を継ぐんだ。そこまで求める必要はないだろう」

「王族が婿養子となるのですよ!?」

 王妃はともかく、わたくしが気に入らないのだ。どうせ、頭下げても、責めてくるのだろう。

「そなたにつけた侍女頭から、暴力の訴えがあった。どうなんだ?」

 一応、国王なので、わたくしの話も聞くのだ。

 まあ、暴力は確かだ。押したし。

「はい、そうです。ですが」

「なんて野蛮な!!」

 言い訳も許さない王妃。大きな声で、わたくしの言い訳を遮ってくれる。

 わたくしは深く溜息をついた。

「もう、帰ってよろしいでしょうか。わたくしの侍女がイヤだというのなら、皆、やめさせればいいです」

「確かに、そうだな」

「空いた働き口があればいいですね。侍女頭もいい年齢ですし、退職金を渡して、引退して貰った方がいいでしょう。賠償金はわたくしの予算から出してください。侍女がいなくなるので、予算も余りますね」

「そうだな」

 そして、さっさと侍女頭の賠償金も支払われ、侍女頭は退職となったのだ。

 これで、問題解決と思われた。

「酷いではないですか!? 我々を首にするなんて!!」

「これまで、我慢して世話をしたというのに!!」

 わたくしの侍女たちは、わたくしに苦情を言ってきた。

「もともと、わたくしには必要ない侍女でした」

「高貴な身分は、我々のような者を使う義務があります」

「そうです!!」

 侍女たちは働き口を失ったのです。だから、わたくしを責めてきます。

「ですが、わたくしの侍女予算、侍女頭の賠償金と退職金でなくなりましたから」

「え、嘘」

「本当です。あなたがただって言ったではないですか。わたくしの暴力で侍女頭が怪我をしたんだ、と。聞きましたよ。普段から、わたくしからいわれのない暴力まで受けている、と。それを止めるために、侍女頭が身を挺して守ったのですよね。良かったではないですか。これで、わたくしから暴力をふるわれることはなくなりました。やめたかったのですよね?」

「………」

 皆、わたくしが何も知らないと思って、責めてきたのです。

 わたくしは調書の写しを机に並べます。侍女頭だけが訴えたからといって、この暴力事件が通るわけではないのです。

 侍女たちが口裏を合わせたのです。だから、この暴力事件が成立しました。

「わたくしはどうせ、ど田舎の男爵領に戻ります。だから、着飾ることも、肌や髪の手入れもいらないんです。仕方なく、通例として受けていましたが、もう、うんざりです」

 嫌われているのだから、さっさと切り捨てるのもまた、王妃教育である。

「だ、騙されたのです」

 侍女頭に何か言われたのだろう。

「もう終わりました。わたくしが貴族の学校に通っている間の、侍女予算は全て、侍女頭の賠償に消えました。もうない、と王妃様に言われました」

 そのまま、伝えた。王妃は容赦なく、わたくしの予算から侍女頭へ賠償したのだ。

 侍女たちは、誰に唆されたのか。

「すみませんが、もう、出て行ってください。あなたがたには、わたくしが暮らす寮に入る権利はありません。最後の挨拶として、今回は許しただけです」

 そして、わたくしが呼べば、護衛の騎士たちが、無様に暴れて、まだどうにか縋りつこうとする侍女たちを引きずるように、学校から出してくれました。もう二度と、学校にも入れないでしょう。




 ですが、女というものは執念深く、恐ろしいものなんです。




 女神の子の子孫である公爵令嬢サイファ、侯爵令嬢アスラ、そして、男爵令嬢であるわたくしは、問答無用で生徒会所属となる。そして、貴族の学校に通っている唯一の王族である第三王子アレンも生徒会所属。ついでに、大国サイザン国の王族セザンも生徒会所属である。

 だけど、生徒会の雑務をどうにかする能力を皆、持っているわけではないのよね。結果、面倒臭い雑務はわたくしが処理することとなってしまう。

 今日も、これは誰の雑務かしら、なんて思いながら、誰もいない生徒会部屋で作業をしていると、サイザン国の王族セザンが珍しくやってきた。本当に、珍しい。

「何か用ですか? セザンの生徒会のお仕事は、わたくしが処理しましたよ」

「そうなのか!? 言ってくれれば、俺がやるのに」

「そうなんだ」

 てっきり、セザンはさぼっているものと思っていた。

 それ以前に、侯爵令嬢サイファが当然のようにわたくしに投げてきたのだ。

「どれ、俺も手伝おう」

「もう終わりますから。それより、どうしたのですか? ここに来るのは、本当に稀ですよね」

 最初に、生徒会役員としての顔合わせ以来です。セザン、それからちっとも来ませんでしたね。

「おい、大変なことになってるぞ!!」

 元の目的を思い出したセザンは、新聞をわたくしに見せた。

 新聞には、わたくしが侍女頭に暴力をふるっただけでなく、侍女にまで暴力をふるい、それを告げ口したら、首になった、という侍女の証言がこれでもか、と書かれていた。

「わたくし、本当に評判悪いですね」

「それだけ!?」

 あまりにもわたくしの反応が落ち着いているので、セザンは驚いた。

「昔から、男爵である女神の子の子孫は、こんな感じですよ」

「そうなのか!?」

 知らないから、セザンは心底、驚いていた。

 実は、男爵家が王族の婚約者となると、だいたい、貶められるのだ。

「だが、王族の婚約者で、女神の子の子孫をこんなふうに書くのは、我が国でもないことだ」

「こういう扱いをしておけば、他国も欲しがったりしないだろう、という政策です。内緒ですよ」

 わたくしは笑っていう。

 過去、そういう政策をとられていた。だいたい、男爵家に嫁いだ女神の末娘のせいで、他国は加護を得られなかったのである。だから、女神の末娘の子孫には少なからず恨みがあるのだ。

 国一つが滅んだし。

 女神の末娘を悪く言った王女のせいで、マサラ国は滅亡したのである。

 恩恵もあるが、負債もある。男爵家の女神の子の子孫は、大きな負債である。そう、他国に示すために、こういう、あったかどうかわからない話を喧伝するのだ。

「まあ、侍女頭は怪我をしましたし」

「はっ、何が怪我だ。ぴんぴんしてるぞ!!」

「え、調べたのですか?」

「我が国は、女神の信仰が篤い。調べるさ」

 平然というセザン。それには驚きました。

「女神の末娘のせいで、恩恵が受けられなかったのに?」

「そう言っているのは、実は、ラッツェン国だけだ。他国では、女神の末娘の子孫は、信仰の上では重要視されている」

「どうして!?」

「飢饉の時、女神の末娘の子孫は必ず、助けてくれる。食料だけではない。人手まで出してくれる。それも見返りを求めずに、だ。それに、滅亡したマサラ国の国民を受け入れたのは、女神の末娘が嫁いだ男爵領だ」

 マサラ国が滅んだ時、女神の怒りを買ったことで、どの国もマサラ国民を受け入れなかった。結局、女神の末娘が受け入れたのである。

「まあ、領地だけはだだっぴろいですからね。労働力は貴重です」

 誉められ慣れていないので、ついつい、顔が赤くなる。セザン、危険な男です。

 しかし、セザンはそんなつもりではない。あまりにも、ラッツェン国で、女神の末娘の子孫の扱いが良くないので、怒っていた。怒った顔のまま、セザンは適当な椅子に座った。

「俺はな、貴族の学校に行けば、女神の末娘の子孫に会えるというから、それはそれは楽しみにしていたんだ。それが、どうだ。ラッツェン国の貴族どもは、女神の末娘の子孫に酷い扱い方をしている。こんなの、他国の、信仰篤い者たちが見たら、怒り狂うぞ!!」

「まあまあ、怪我したことは事実です」

「あのな、女神の末娘の子孫に怪我をさせられたということは、それは天罰だ。誰が悪いって、侍女頭が悪い!!」

 これは、本当にセザンのことは気を付けないといけない。

 わたくしはぐっと我慢した。泣いてしまう。この男は、本当に危険だ。王妃教育を思い出せ。わたくしは、簡単に泣いてはいけないのですよ。笑え!!

「そんな、我慢しなくていいだろう」

「あなたは、本当に危険な男ですね」

 わたくしはあえて距離をとっているというのに、セザンのほうから寄ってきます。

「黙っていてやるから、泣けばいいだろう」

「そう言って、女神の末娘の身柄が欲しいのですよね。簡単には行きませんよ」

 女神の子の子孫を狙う者は過去にたくさんいたのだ。

 財貨の加護を持つ公爵家は、守りが強すぎた。

 戦の加護を持つ侯爵家は、戦う力がありすぎた。

 そうなると、だだっぴろい領地を持っているだけの、豊かさの加護を持つ男爵家が狙われたのだ。

 誘拐もされた。穏便に政略結婚という手段もとられたのだ。

 だけど、豊かさの加護は、ずっと、ラッツェン国の男爵領に残った。加護は簡単に動かないのだ。


 この事実を知ったラッツェン国は、男爵家の扱いを変えたのだ。


 それが、今のわたくしの扱いだ。豊かさの加護って、目に見えないし、結果が伴わない。だから、大したことがないように見える。

 わたくしはどうにかセザンから離れた。わたくしには、第三王子アレンという婚約者がいるのだ。

 だけど、セザンはそれを許してくれない。わたくしが弱っているのだ。どうしても縋ってしまいたいから、逃げられない。本気で逃げるなら、部屋から出ればいいのだ。

 わたくしはセザンに両腕を掴まれた。

 その時、狙ったように、わたくしの婚約者アレンと、わたくしの従姉妹アイナが部屋に入ってきた。

「ユメール、あなた、アレン様という人がいながら、セザン様を誘惑するなんて、なんて恥さらしなの!?」

 これでもか、というほど大きな声で叫ぶようにいうアイナ。そのせいで、人が集まってきた。

 言い訳なんて出来ない。生徒会の部屋で、わたくしとセザンが二人っきりなのだから。

「俺は女神の末娘の子孫から、祝福をいただいているだけだ」

 セザンは悪びれることなく、平然と嘘をつく。

 それを聞いたアイナはわたくしを見て嘲笑う。

「まさか、女神の末娘の子孫だという立場を悪用するなんて、最低な行為ですね」

「それで、女神の末娘の子孫の婚約者とどうして、お前は一緒にいる? この生徒会の部屋に来る資格すらないだろう」

「たまたま、ご一緒しただけです!! そんなことよりも、不貞を働くなんて」

「我が国では、女神の末娘は、信仰の上で最上だ。その子孫に、こんな扱いなんかしない」

「わたくしだって、子孫ですよ」

 胸をはっていうアイナ。わたくしの従姉妹ですから、そうですね。

「では、お前は女神の末娘の子孫として名乗り上げるわけだな」

「許されるなら、そうしたいです」

 アイナはアレンと視線を交わした。アレン、わたくしとは違う目でアイナを見ていた。

「わかりました。女神の末娘の子孫を、アイナと交代しましょう」

 わたくしは諦めた。そうしたほうがいい。ここで現場を見ていた者たちは皆、アイナが女神の末娘の子孫となったことを喜んでいる。

 そして、わたくしの婚約者であるアレンは、アイナと手をとりあっている。そう、女神の末娘の子孫を交代するということは、第三王子アレンの婚約者も変わるということです。

「ですが、あの男爵領の借金は、あなたがたでどうにかしてください。我が家には関係ないことです」

「男爵領はどうするのですか?」

「分担ですよ。男爵領は、あなたがたが受け継いでいればいい。王族との婚約は、わたくしが引き受けてあげます」

 結局、負債は我が家に押し付けるだけだ。





 婚約者交代はその日の内に通達された。すでにわたくしの悪評は国民が知ることとなりました。まだ、傷のない従姉妹アイナもまた、血筋的には女神の末娘の子孫です。そちらのほうが相応しい、と思われたのでしょう。

 すぐに、新聞でも喧伝されました。ついでに、わたくしの悪評は引き続き、喧伝されます。

 そして、王族の婚約者でなくなったので、わたくしは部屋まで変えられました。

 さらに、国王から言われました。

「そなたが怪我をさせた侍女頭の賠償だが、これからは、男爵家でもってもらう。もう、婚約者でもないのだから、当然だろう」

 一方的にそう言い放ち、わたくしは口答えすら許されず、城から捨てられたのだ。

 貴族の学校に行けば、扱いは悪くなります。やってもいないのに、悪行を噂され、女神の末娘の子孫という笠をきて、酷い行いをしたように言われていました。

 ついでに、サイザン国の王族セザンに言い寄ったみたいなことも噂されました。

「清々しいほどに手のひらを返すな」

「あの、離れてくれませんか?」

 噂が本当みたいに、セザンがわたくしにくっついてきます。もう、そんなことするから、さらにわたくしが悪く言われるというのに。

「あれは、俺にも責任があることだ」

「いずれ、そうなるとわかっていました」

 わたくしは笑うしかない。アレンとアイナが相思相愛なのは、さすがにわたくしも気づいていました。

 貴族の学校に通って、最初はアレンと仲良く話してはいました。それも、従姉妹のアイナを紹介してから、変わりました。三人で話していると、アレンとアイナしかわからないような内容が度々、出てきました。

 わたくしは気づかないふりをしたのです。

 アレンは初恋です。こんな見た目で、頭だけのわたくしです。互いの気持ちを高めるよりも、領地を馬で駆け回るほうを優先しました。

「わたくしがいけないのです。婚約者だから、とアレンに甘えていました。もっと、絆を深めることもしなければなりませんでした」

「領地運営もして、王妃教育も受けて、暇なんてないだろうに。むしろ、第三王子がアンタに合わせるべきだろう。あの男、婿に出るから、と何もやってないじゃないか」

「男爵領の領地運営は、わたくしの仕事ですもの。アレンは、通例の犠牲者です。仕方ありません」

「あの第三王子は、節穴だな。これから苦労するぞ」

「?」

 この婚約者交代劇は、円満に終わりました。ですが、その後、セザンの預言通り、大変なこととなったのです。

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