終幕
貴族の学校に通う頃、男爵令嬢ユメールの周囲だけ不穏だった。これまで、女神の三姉妹の子孫として、アスナとサイファは、ユメールと仲良くしていた。なのに、サイファは何故かユメールに冷たくなったのだ。
さらに、ユメールの側につかせた侍女たちは、ユメールに随分と悪さしていた。それをさせているのは、サイファです。
そして起きた、侍女頭の暴行です。
「もう、ユメール様には我慢なりません!!」
「ユメール様は気に入らないと暴力をふるって」
「暴言も酷いのです」
侍女頭だけでなく、侍女たちまで口を揃えてユメールを悪く言います。ついでに、噂が学校中に流れていきます。
そうして、ユメールはどんどんと立場を悪くなっていきました。
侍女頭の怪我なんて嘘です。元気ですよ。ですが、侍女たちがこぞって訴えるので、賠償してやりました。ついでに、侍女の予算を全て侍女頭の賠償にあて、侍女たちを首にしてやりました。あんな主人を悪くいうような侍女、どこも雇いません。実際、その後、新聞にまで訴えた侍女たちは、もう、どの家でも見向きもされませんでした。
「お母様、これでは、ユメールが悪くなってしまいますよ」
「本当に困るのは、侍女ですよ。覚えておきなさい」
女神の三姉妹の子孫のことなど、新聞で喧伝するなら、善行が普通です。それをあえて、悪行を喧伝するように、わたくしが操作しました。ユメールは悪くなりましたが、侍女たちは働き口を永遠に失いました。主人を悪く言うということの結果を人生をかけて学ぶこととなったのです。
王女二人は、わたくしがやった所業を見て、学びました。残念ながら、王子三人には、わたくしは何一つ期待していません。
男の王族は、女神の三姉妹の子孫との婚姻こそ仕事のように見えていました。国政や、こういう後ろ暗いことも学んでいても、頭に入っていないのですよ。
王女二人は、外の国に嫁ぐことが決まっていました。見た目がわたくしに似たからですね。相手の国からぜひに、と求婚されましたよ。だから、今、わたくしは、困らないように教えています。
「ユメールはどうせ、男爵領に引きこもります。この程度、大したことではありませんよ。では、次の段階ですね」
思い上がりがどうなるのか、人生をかけて学ばなければならないのですよ。
ユメールは人前で、婚約者交代を宣言しました。ユメールはもう、うんざりしたのでしょう。子爵令嬢アイナは、美味しいところだけをとって、いらない男爵領も、借金も、全てユメールに押し付けました。
勝手に行われてしまったことに、もちろん、国王は激怒しました。それを宥めるのはわたくしです。
「そこまで覚悟があるのですから、ユメールと同じように、王妃教育を受けてもらいましょう」
「母上、アイナは、子爵令嬢だから、教育だって満足に受けられなかったと聞いています。だから、お手柔らかにお願いします」
「何を言っているの? 長い年月をかけて、ユメールは王妃教育を終えたのですよ。男爵令嬢がやったことです。爵位が上の子爵令嬢であれば、簡単に終わらせられるでしょう」
「そうね」
「簡単でしょう」
わたくしだけでなく、王女二人も容赦しません。
早速、第三王子の婚約者となった子爵令嬢アイナは、ご機嫌に城にやってきました。
「ユメールがこなしたことですから、わたくしでしたら、簡単です!!」
どこに自信があるのか、そう言い切りました。ですから、まずはお茶をわたくしと王女二人でとることとなりました。
「あら、誰かが茶器の音をたててるわ」
「飲む音が聞こえるわ」
「鳥の声よ」
早速、王女二人が容赦なく遠まわしに指摘します。
それを聞いたアイナは、茶器をとんでもない音をたてて起きました。
「あら、ユメールは、そんな音、わたくしたちの前では一度もしませんでしたわ」
「男爵ったら、こういう礼儀には厳しいから、食卓は静かなんですって」
「音をたてて飲み込むと、叱られるそうよ。子爵家はどうなのかしら」
「い、いえ、お母様、は、お優しいので」
「優しい? 甘やかしているだけでしょう。きっと、子爵夫人も出来ないのよね」
「………」
黙り込むアイナ。迂闊なことを言えば、次は子爵夫人がこの場に座らされるのだ。それを読む力はあったのね。
「わたくしの祖国もど田舎ですが、礼儀はきちんとしていましたよ。この国に嫁いだ時、教育係りをつけられましたが、すぐに合格を貰いました」
「まあ、お母様、実は完璧な女性でしたのね」
「見た目だけ、と口の悪い貴族には言われましたが、王族ですから、きちんと教育は受けていましたよ。何せ、国の顔ですから」
「わたくしたちも、ラッツェン国を恥ずかしくならないように、立派な王妃になります」
「お任せください」
「で、でも、わたくしは、子爵ですから、そこまでの教育は」
言い訳をするアイナに、王女二人は冷たく見つめる。
「わたくしたち、ユメールを義妹になるものと楽しみにしていました」
「本当に。礼儀正しく、時には面白い話をする、だけど、アレンのことを愛するいい子でした。アレンの幸せのために、と身を引いたのですよ。だったら、お前は恥ずかしくないように、きちんと身に着けるものを身につけなさい」
「わたくしは、女神の末娘の子孫ですよ!! いくら王族といえども、国の象徴であるわたくしに、なんて口をきくのですか!?」
「そう。だったら、あの馬に乗れるわよね」
王女は、庭に繋がれている立派な馬に目を向けて言いました。
「ユメールから聞きました。女神の末娘のために女神が男爵に授けた神馬だとか。あの馬は、女神の末娘の子孫でしか乗れないです。実際、城の者たち、騎士たち、兵士たちと試しましたが、あの馬に触れることも出来ませんでした。今は大人しく繋がれていますが、あれも、ユメールがやったからです。盗もうとしたら、殺そうとしたりすると、あの綱も切れて、逃げて行ってしまいます」
本当のことです。馬が手に入らないならば、と腹いせに殺そうとした者までいました。なのに、繋ぎでいた綱が切れて、馬は殺そうとした者を踏み殺したのです。
「え、あれ、を。む、無理です!! 子どもの頃、馬から落ちて以来、馬に近づくことすら出来ません!!!」
ガタガタと震えるアイナ。嘘か本当か、わかりません。ですが、馬で痛い目にあったのでしょう。
「でも、あれに乗って、行進するのよ」
「え、そんな話、知りません」
「何百年も前から、男爵家だけ女児が生まれなかったから、忘れられてしまったのでしょうね。あの馬に乗って、女神の子孫だと証明するのですよ」
嘘です。そんなことしません。
これは、アイナが逃げられないようにするための策略です。記録をどう探っても出てこないでしょうから、アイナも信じています。
何より、あの馬は、ただの大人しい馬ですよ。見た目は立派ですが、とても優しいのです。だから、近づいたって、問題ありませんのに。
「アイナ、どうしたんだ?」
やることがなくて暇な第三王子アレンが、泣いているアイナを見て、やってきました。
「アレン!!」
アイナはアレンにすがりつき、泣きました。
「王妃様も、王女様たちも酷いのです。わたくしに馬を乗れというのです」
「母上、姉上、なんてこというのですか!! アイナは、ユメールの馬に蹴られて、怖い目にあった過去があるんですよ。それ以来、馬に近づくことすら出来ないんです」
途端、しーんと静かになるわたくしと王女二人。
アイナはただ泣いているだけです。アレンという味方をつけて、助かったと思っています。
「わかりました。もういいです。お前たちは勝手にしていなさい。金輪際、アレンとアイナには関わらないように」
「はい」
「かしこまりました」
王女二人は、アイナを冷たく見て、席を立った。
国王だけでなく、財貨の加護持ちの公爵まで、容赦なく豊かさの加護もちの男爵を追い詰めました。とうとう、借金のかたに、男爵領を取り上げ、爵位も返上させたのです。
さすがに、爵位返上となると、あの男爵も城に来なければなりません。
生涯、男爵領から出てこないと思われた男爵がとうとう、やってきた。しかも、最後まで、花束を持ってくる男爵には、呆れるばかりです。
形ばかりの式を終わらせると、男爵は重そうな腰をあげて、背伸びをしました。
「お前は、ここまで来て、その古臭い服を着て!!」
「もう平民なんだからいいだろう。国も出ることとなったしな」
何もかも投げ出した男爵の言い方に、公爵は掴みかかった。
「お前はっ!!」
「これで、もう、邪魔ものはいない。戦争を始めるんだろう」
「っ!?」
「我が家がいたら、戦争が起こらない。周辺諸侯が許さないからな。サイザン国でも、ラッツェン国とは戦争を拒む。だから、我が家をどうしても追い出したかったんだろう。本当に、どうしようもない奴だな」
「どうしても、許せないんだ」
怒りに震える公爵。愛する妻をサイザン国によって失ったのだ。公爵は、サイザン国を滅ぼしたいのだ。
「娘はどうするんだ」
「サイファも復讐を望んでいる。もう、動き出している」
「………そうか」
サイファもまた、どうしても男爵家をラッツェン国から出したかったのです。
貴族の学校にやってきたユメールにサイファが冷たくなったのは、ユメールを国から追い出すためです。
「せっかく、ユメールはサイファのために、医者になろうと頑張っていたのに」
「どういうことだ?」
「サイファもそう長くない。気づかなかったのか。同じ病気だ。ユメールはサイファのために、薬まで作って飲ませて、とやっていた。サイザン国は本当に酷い国だ。意地悪して出さなかった薬、サイファの病気を治らなかったぞ」
「そ、そんな」
絶望し、膝をつく公爵。
まさか、こんな話になるなんて、わたくしは思ってもいませんでした。サイザン国が薬を公爵に売ったとしても、公爵夫人は死んでいました。
「ユメールは、今も本を読んで、どうにかしようとしている。ユメールならば、サイファを治せる。あの子こそ、女神の子孫の加護を受け継いでいる。神馬に乗れるのも、ユメールだけだ。なのに、お前たちは、ユメールを手放した」
「さ、サイファを連れて行ってくれ。後始末は、私がやる」
「説得してみろ。待っててやる」
男爵は時間を与えた。公爵は転びそうになりながら、サイファの元へと行った。
残ったのは、わたくし、国王、そして男爵です。男爵は、わたくしの前に膝をつくと、深く頭を下げました。
「嫁いだばかりだというのに、酷い事を言って、すまなかった」
「………は?」
呆然となりました。だって、今更、そんなことを謝罪されるなんて、思ってもいませんでした。
それを聞いた国王は脱力します。
「今、それをいうのか!?」
「もう、今生の別れだからな。というわけで、これが最後のお詫びの花になる。これで許してくれ」
「勘違いするだろう!?」
「どう見たって、お互い、愛し合っているだろう」
誰よりも人のことをよく見ている男爵は、わたくしと国王がしっかり想いが繋がっているのを見るだけでわかったといいます。
本当かしら? 疑うように男爵を睨みます。
「そういう顔したって、俺は妻一筋だからな」
「そんなつもりありません!!」
「女はすぐ、妙なことを言ってくるから苦手だ」
「………」
わかりました。この男、かなりの美男子だと公爵が言っていました。しかし、男爵はユメール同様、外見に自覚がありません。だから、女に言い寄られても、何か裏があると思っているのです。
どうせ、女たちに言い寄られ、それで気をよくして、いつも通りの田舎者な恰好をして、女たちに酷いこと言われたのでしょう。
だから、わたくしのことも警戒していたのです。それが、初対面からの悪態です。
「最初から、怒ってすらいません。ユメールのことも、むしろ、可愛いと見ていました。義娘になってほしかったというのに、あの偽物をアレンが選ぶとは」
「アイナのことか? 俺も、別れを言いに行った時に、教えられた。弟の子でもなかったんだと」
「っ!?」
とんでもない話です。あの子爵夫人、浮気で産んだ子を女神の末娘の子孫だと言い張って、王族と結婚させようとしたのです。
「本当に、最後まで愚かな息子です。それも、育てた親の責任というものでしょうね」
「男爵、どうか、王妃を連れてってくれ」
「何を言っているのですか!?」
どこまでも女心を理解しない国王に間髪もいれずに怒鳴ってやります。あまりの剣幕に、国王は驚きました。
「しかし、このままでいると、お前も危ない」
「覚悟の上です。兄にも別れの手紙を書きました。ここで、ろくな死に方をしないでしょう。それでいいのです。最後まで、あなたの側にいます」
「金で、買うような、ことをしたのに?」
「自覚はあったのですね。ですが、辺境伯に嫁いだら、もう最悪なこととなっていましたよ。あの辺境伯の領地では、わたくしを悪く喧伝され、嫁いだら、いじめが始まる準備までされていました」
財貨の加護持ちの公爵に頼んで調べてもらったら、とんでもない扱いをされることがわかったのです。辺境伯は、ともかく、わたくしをどうにかしたかったのです。
「聞きましたよ。辺境伯と領民たちに、わたくしがいかに素晴らしい王妃か、演説したそうですね」
「国王に頼まれたからな」
飢饉の時、わたくしは秘密裡に男爵に手紙を送りましたが、それは国王もでした。国王は、さらに、わたくしの元婚約者である辺境伯に大恥をかかせるため、わざわざ、男爵を送ったのです。
辺境伯とその妻は、わたくしへの企みを全て、男爵によって暴露され、領民たちに石を投げられました。何せ、一歩間違えれば、食糧の支援を男爵から受けられなくなるような流れになっていたのです。
「よくもまあ、調べましたね」
「我が領地には、外の国からの商人だっていっぱいくる。確かに、公爵に任せているが、遠くは公爵でも手が届かない。そういう所に行く商人は、色々と教えてくれるんだ」
「あなたを敵に回してはいけませんね」
心底、そう思いました。
態度は最悪です。ですが、誰よりもラッツェン国のことを、大陸全土のことを男爵は考えています。大陸全土が平和であるように、と動いているのです。
「いい嫁じゃないか。最後まで、添い遂げろ。俺は、先立たれた」
「っ!?」
「ユメールは、母親を知らない。だから、王妃のことを母親のように慕っていた。ありがとう」
泣くまいとしても、泣いてしまいます。そんなこと、知りませんでした。
「最後は、嫌われて、しまい、ました」
あんな切り捨てるようなことをして、言ったのです。ユメールにきらわれたでしょう。
「後で、しっかり説明してやる。自分で説明したいなら、ついて来るんだな」
「ここに残ります!!」
「そうか」
最後の最後まで、男爵は冷たかった。
そして、やっと、公爵が戻ってきました。しかし、公爵が連れてきたのは、サイファの兄です。
「サイファは、残ると言った。滅茶苦茶にして死ぬと。息子を連れて行ってくれ。もしかしたら、財貨の加護の血筋は残るかもしれない」
「父上、しかし」
「女神の三姉妹の子孫は残るべきだ」
「ですが、戦の加護の持ち主が」
「あれは、簡単には滅びん。サイファが最後、切り捨てるだろう。もし、アスナが助けを求めたら、助けてやってほしい」
戦の加護持ちのことは、サイファの兄は心配するも、公爵は全く心配しません。確かに、その腕っぷしは大陸最強ですからね。
「お前らも、生きていたら、私の所に来い。また、最初からやり直せばいいんだ」
「わかったわかった」
男同士の別れは、本当に簡単です。サイファの兄は戸惑っていますが、男爵はさっさと去って行くので、公爵に背中を押され、そのまま着いていきました。
「最後まで、あの男は、なんて失礼なんですか!?」
「女で酷い目にあってばかりなんだ。許してやってください。普段から、しっかり身だしなみを整えていれば、選びたい放題だってのにな」
「そんなに見た目がいいようには見えませんが」
「私の妻も、あの男に一目惚れして、こんなものを隠し持っていた」
見せられたのは、ロケットに入った姿絵です。
「え? ええ? 嘘ですよね!?」
ここまでだとは、わたくしだって思っていませんでした。ユメールを男にしたら、なんて想像していましたよ。
そんなものではありません。とんでもない美男子です。
「今も、しっかりと整えれば、見た目はすごいんだ。しかも、若作りだ。農作業で体もがっしりしているから、出会う女皆、あいつに一目惚れするんだ」
「それでは、結婚は簡単だったわけですね」
「観賞用としてはいいが、夫としてはなぁ。女よりも綺麗だぞ。恥ずかしながら、私は幼い頃、あいつが女だと思って、結婚を申し込んだ痛い過去を持っている」
「そうなのですか!?」
「国王も、侯爵も、みんな、騙されたんだ、あの見た目に!!」
わたくしは国王を見ました。国王はおもいっきり、目を反らしました。
わたくしはロケットを公爵に返しました。もう、見ないようにしましょう。本物が見たくなります。
「これで、加護二つはなくなった。この国も、本当の意味で終わりだ」
公爵は晴れ晴れとした顔でそう告げました。




