第三王子の婚約問題
男爵への攻撃は苛烈になっていきました。まず、ラッツェン国が行おうとしていたサイザン国を貶めるための政策にかかった費用全てを男爵の借金としました。
サイザン国の王族は、男爵に救ってもらったというのに、怪我をさせられた、とラッツェン国に賠償を求めてきました。その賠償も男爵の借金となりました。お陰で、男爵は、救ったサイザン国に裏切られた愚か者、と呼ばれるようになりました。
ですが、全て、男爵の策略だなんて、誰も知りません。
男爵は男爵領にいながら、随分と、外の情報を持っていました。花と一緒に隠されるように送られる手紙を読んで、背筋に冷たいものを感じます。あの男は、決して、敵に回してはいけません。
逆恨みだと、公爵だってわかっています。しかし、腹の虫が収まらないのです。男爵からは、高価な薬の材料まで無償で提供されていたといいます。だから、蟠りをなくすために、男爵の借金を公爵が引き受けようとしました。
「それは、私が許さん」
ですが、国王が許しませんでした。国王は、男爵に嫉妬しているのです。毎日、送られてくる花。それを世話するわたくし。とうとう、国王は国政に感情を持ち込みました。
これはまずいこととなりました。正直、それは感じました。だから、わたくしは、とうとう、手紙で、花のお断りを書きました。国王のことも書きましたよ。その返事が、酷いのですよ。
『そのまま続けましょう。丁度いい』
国王の感情でさえ、男爵は利用しました。末恐ろしい男です。
男爵は、公爵の蟠りなんて無視しました。それどころか、男爵のほうから不当な契約を秘密裡に持ち込んだのです。公爵は悩みましたが、その契約を結ぶこととなりました。
男爵は、公爵に対して、最低価格での販売権を与えたのです。
何故、このようなことをしたのか? わたくしにはわかりませんから、王妃教育に来たユメールに訊ねました。
「お金も大事だということです。使い方ですよ。父なりのお詫びです」
「金が? 一番、男爵は金に無頓着だと思っていましたが」
「そんなことありません!! 家では、蝋燭一本だって、無駄遣いするな、と常に注意されます。無駄なことすると、叱られますよ。子どもだって貴重な労働力だ、と言って、わたくしが月に一回の王妃教育だって、馬車を使わせてもらえないのです。領地一早い馬を使って、行って帰ってきなさい、というのですから。容赦ありません」
「………」
本当に、男として、男爵は最低最悪ですね。見るからに細くて痩せている娘に作業をさせるなんて。憐れでなりません。
だから、今日の茶会でも、軽食だけでなく、身になりそうな食事も与えます。聞いてみれば、外にばっかり食糧を放出して、男爵家は粗食ですよ。育ち盛りの娘に、なんてことをしているのですか、あの男は!?
第三王子アレンは、男爵家が国の政策を裏切るような真似をしたことを社交で知り、ユメールを拒絶していましたが、国王の容赦ない折檻で、口にしないようになりました。
ですが、アレンの成績は散々です。厳しくしても、優しくしても、結局、アレンのやる気がないことが問題でした。
「どうせ、僕は外に出るのだし。優秀なユメールが全てやってくれるよ」
それどころか、アレンに恋心を抱くユメールの気持ちを利用する発言をする始末です。アレンは、社交に出て、自らの容姿に価値があると気づきました。そして、たくさんの貴族の子息令嬢と接して、女心を利用することを学んでしまいました。
とんでもない事となってしまいました。これには、わたくしから国王、二人の兄たちに訴えました。
「あれでは、ユメールが可哀想です!!」
国王はというと。
「男爵領に行ったら、現実を知るだろう」
わたくしは男爵領に行ったことがありませんが、国王はあると言います。大変なんでしょうね。アレンの軽い気持ち程度で、男爵領って、どうにかなるものではないのでしょう。
「一度、男爵家に行ってみればいいんじゃないかな? 俺も、月に一度は行ってますし」
王太子アーサーは、侯爵家に行っていますね。ですが、あれ、侯爵家で体鍛えているだけですよね。アスラも戦の加護だからか、一緒に訓練をしています。ただ単に、楽しくてやっているだけですよね。男爵領は、侯爵家とは違うのですよ。実の娘でさえ労働力扱いですよ!!
「買い物するとか、いいと思いますよ。ほら、目も養えますし、流行りもわかります」
第二王子アイゼンは、よく、サイファと買い物に出ていました。主に、サイファのほうがお金を出すのですけどね。アイゼンは、いいようにサイファを財布扱いですよ。アイゼンもまた、男として最低です。
ですが、サイファだって、ただ、財布をしているわけではありません。金を出したのですから、それなりの見返りをきちんととっています。あえて、アイゼンに身に着けさせて、宣伝しているのですよ、公爵家の新作を。容赦あがりませんね、サイファも!!
ですが、買い物は確かにいいのかもしれません。わたくしは、アレンに言います。
「アレン、ユメールに、何か贈り物をしましょう。ユメールは、いつも、先祖伝来の貴金属や服ばかりです。婚約者として、見立ててあげますと、ユメールも喜びますよ」
「確かに、そうですね」
ニヤリと笑うアレン。それを見て、わたくしは容赦なくげんこつをします。
「痛いっ!?」
「女心を本当にわかっていませんね。わたくしは、そういう男どもをたくさん見てきました。その中で、アレン、お前は最低最悪です」
「そ、そんなぁ」
「わたくしは、ある意味、ラッツェン国に売られて嫁ぎました」
「っ!?」
わたくしは身の上をアレンに語りました。ちょうど、側にアーサーとアイゼンもいましたから、わたくしの結婚話を聞かせてやりました。
「祖国では、辺境伯と婚約していました。幼い頃に決まって、ずっと、今のユメールのように、月に一度、茶会をして、お互いに寄り添えるように、努力しました。ですが、ラッツェン国からの求婚により、婚約破棄されました」
「母上は父上を愛していなかったのですか?」
「当時はそうですね。ですが、この婚約破棄で、最も傷ついたのは、辺境伯が別に想い人がいるから、という理由を語ったのです。わたくしは、辺境伯と生涯かけて連れ添おうと、領地運営から、社交から、とともかくがむしゃらに学び、身に着けました。なのに、辺境伯はわたくしと婚約破棄して、その想い人と結婚してしまいました。きっと、辺境伯に嫁いだとしても、愛人を持たれたということです」
「そんな」
「ですが、冷静になって、あえてそう言ったのかも、とわたくしは疑って、さらに調べさせてみましたら、本当に辺境伯には想い人がいて、辺境では、とても有名な話でした。あれで、わたくしも吹っ切れました。意地をはって、辺境伯に嫁がなくてよかったです。女としては、求められる人に嫁いで、女の幸せを受けられました。こちらに嫁いでからは、陛下のことを愛していますよ」
「………」
「人の気持ちを利用してはいけません。それはきっと、最後、大変なこととなります」
予感がする。アレンは、ユメールの気持ちを踏みにじることをしてしまう、と。
アレンは社交に出れば、いつかは、子爵令嬢アイナに出会ってしまうでしょう。そうならないように、わたくしは細心の注意をはらっています。子爵も、アイナをアレンに近づけないようにしています。王族の出席には、娘を同伴させていません。
ですが、子爵夫人は、アレンを見ては、怒り狂っています。どうにか、ユメールから第三王子の婚約者の座を奪いたいのです。
アレンは少し考えこんでいます。何を思ったのか、わかりません。所詮、男ですからね。女心なんて、これっぽっちもわからないのですよ、男全て!!
「わかりました、ユメールに似合う何かを探します」
そして、王族の男三人で、お忍びで王都に行き、それなりの物を見繕って、それぞれの婚約者に贈り物しました。そこは、性格が出ますね。
王太子アーサーは、わたくしでもわかる通り、短剣ですよ。この男、本当にどうしようもありませんね。
「丁度、いい感じの短剣を探していました。ありがとうございます!!」
ですが、戦の加護が強すぎるアスラには、それはいい贈り物でした。もう、似た者同士ですよ!!
第二王子アイゼンは、普通の貴金属です。一番、無難ですね。
「………ありがとう、ござい、ます」
ですが、歯切れの悪いサイファ。どうしてか? わたくしは知っています。それ、サイファが気に入ってよく身に着けているからです。その日も身に着けていました。なのに、アイゼンは言葉通り受け止めて、気づきもしませんでした。女の身だしなみをこれっぽっちも見ていないことが、これで発覚しました。
第三王子アレンは、髪留めです。これも、まあ、無難なんですが。
「嬉しい!!」
大喜びするユメール。ユメール、わかっていますか? それ、そこら辺の露店で売られていた安物の木工細工ですよ!!
ユメールが大喜びするので、胸をはるアレン。わたくしは、アーサーとアイゼンに訊ねました。
「あんな大金を渡したというのに、どうして、あんな安物になったのですか!?」
アレンからは、お金が戻ってきていません。残ったら返すように、三人には言いました。アーサーもアイゼンも、しっかりと残ったお金を返してくれました。
なのに、アレンだけは返ってきていません。アレンは使い切ったと言いました。
アーサーとアイゼンは気まずい、みたいに顔を見合わせます。
「アレン、色々と珍しいから、と勝手に自分の物を買ったり、買い食いしてたんだ。それで、残った金で、ユメールの髪飾りを買ったんだ」
アレン、最低最悪です!! わたくしが怒りに震えていると、アーサーとアイゼンが宥めてきました。
「アレンは子どもだし、市井で買い物したことがないから、仕方がないんだ!!」
「私だって、同じことをしました。アレンだけが悪いわけではない!!」
「ユメールはどうなのですか。見てごらんなさい」
わたくしは、喜ぶユメールを見て、同じく婚約者からプレゼントを貰ったアスナとサイファは、慌てて贈り物を隠していました。
ユメールは、他の二人が何を貰ったかなんて気づいてもいません。いつものように、城で綺麗に着飾られた姿に似合わない髪飾りをつけようとしていますが、うまくいかなくて、困っています。それを見かねたサイファが手助けしました。
「これで、大丈夫よ」
「ありがとう、サイファ!! サイファ、きっと、いいお母さんになるね」
「………そうね」
何か言いたそうにして、飲み込んで頷くサイファ。もう、サイファとユメールの間の蟠りはなくなっていました。
ただ、一人、ユメールとの婚約を解消したいアレンだけは、もう一人の女神の娘の子孫アイナに拘りを持ち、蟠っていました。
とうとう、アレンは、父である国王に直談判しました。
「どうか、子爵令嬢アイナとの婚約を認めてください!!」
それを聞いた国王は、即、アレンを殴った。
「わかっているのか? これは、国政だと。教師は一体、こいつに何を教えているのだ?」
「アイナだって、女神の娘の子孫です。アイナでもいいではないですか!?」
「お前は、婚約者が選べるほど、偉いのか? まず、成績はどうなんだ。頭もダメ、体もダメ、社交だって中途半端。他人に誉められるのは、王妃から受け継いだ、その顔だ」
「わたくしは、顔だけではありませんよ」
「す、すまん」
見た目で求婚されましたが、わたくしはきちんと王妃としての役割をこなしています。政治の上でも、城の運営も、社交も、全て、きちんとこなしているのですから。
言い方が悪いのですよ。わざわざ、わたくしを出すから、話の流れがおかしくなるのです。
わたくしが激怒したので、第三王子アレンは助かったと表情を明るくします。ですが、わたくしは容赦しません。
「でしたら、結果を出しなさい。せめて、頭だけでも努力しなさい。あなたは、貴族の入り婿になるのです。子爵家でも、男爵家でも、あなたは家督を継ぐこととなるでしょう。領地運営をしなければなりません。そのためにも、勉学で結果を出しなさい」
「わかりました」
わたくしが味方についた、とアレンは勘違いしています。兄二人は、アレンを応援しています。
本当にバカばっかりです。息子よりも、娘のほうが賢く、現実を見据えていますよ。側で聞いて、見ていた娘たちは、三人の男たちを冷たく見ています。アレンに味方するということは、兄二人も女の敵ということです。
「これで、あんなど田舎に行かなくてすむ!!」
さらに失礼なことをいうので、とうとう、アレンの食事が姉二人によって取り上げられました。
「何をするのですか!?」
「そのど田舎が材料となっている料理は口にあわないでしょう」
「そうです。国中、そのど田舎で作られた食糧だけを使って料理しています。もう、お前だけ、城の草木をかじっていればいいのよ」
「父上、姉上たちが」
「おい、アレンを庭に放り出せ。男爵領の食糧は口にあわないそうだ。もう、こいつには何も食べさせるな」
「兄上、助けて!!」
国王も姉二人に味方するので、兄二人に縋りますが、誰もアレンに味方しません。
「自業自得ですよ。三日ほど、食事抜きです。見張りをつけます。アレンに与えるのは水のみです」
「母上、死んでしまいます!!」
「食糧難となると、男爵家が率先して切り詰めるのです。せっかくなので、王家もそうしましょう」
「そうしよう」
「そうですね」
「そうなった時のために、今、食べましょう」
そうして、アレンだけ、三日間、水だけを与えられました。それが、さらにアレンがユメールを嫌う理由を増やしてしまいましたが。
当のユメールはというと、月一で城に王妃教育に来ては、とうとう、王女二人にまで気に入られるようになりました。
「綺麗なお花ね。お母様は羨ましいわ」
「今度、持ってきますね」
「馬に乗れるなんて、いいわ。わたくしも乗ってみたい」
「あの馬でなければ、大人しくて小さい馬がいます。父に頼んでおきます」
打てば響くように答えるユメール。城に来る時は悲惨な姿ですが、きちんと着飾れば、とても綺麗な子なのです。本人だけ、それがわかっていません。
「アレンは綺麗だから、わたくしが隣りでは、恥ずかしいですよね。もっと、努力しないといけないと思うのですが、なかなか」
苦笑するユメールの手は傷だらけです。男爵領では、それが普通なのです。
「もう、気にしないの。男の綺麗なんて、女の敵なんだから」
「そうよ。アレンはあの見た目を自慢しているけど、もっと勉強や運動を自慢に出来るようにしないといけないわ。男は、いざとなったら、女を守らなきゃ」
「心配いりません。わたくし、強いですよ」
「女騎士にならない? そうしたら、わたくしたちの側にずっといられるわ」
「男爵領は、常に人手不足ですから、すみません」
ユメールをどうしても側に置いておきたい王女二人。ですが、ユメールは男爵領から離れられない。
聞いていると、思います。まるで、呪われているみたいです。男爵でさえ、ずっと男爵領にいます。確か、ユメールの兄も、貴族の学校には通いましたが、卒業すると、ずっと男爵領にいると聞いています。ユメールの兄も、とても優秀で、生徒会役員までしたとか。
「勿体ないわね」
「そうですよ!!」
ついつい、口にしてしまいました。それを聞きつけた王女二人はユメールを説得しようとします。
「無理なんです。女神の末娘の子孫は、あの男爵領から出られません。そう決まっています」
「でも、子爵家に婿養子にいった叔父がいるでしょう」
「叔父はいいんですよ。跡継ぎではありませんから」
「もしかして、加護は跡継ぎに受け継がれていくのかしら」
「今だに、加護は謎なのです。豊かさの加護って、目に見えませんから、確かめようがありません」
「でも、あの馬に乗れる者は、加護持ちという話なんでしょう?」
ユメールに初めて会った婚約式で、そういう話をユメールはしました。
ユメールしか乗れない馬は、庭に繋がれ、大人しくしています。立派な馬なので、邪な考えを持つ者たちが盗もうとしたりしましたが、皆、馬に酷い目にあわされました。
「そう、言い伝えられています。あの馬は、女神が男爵家に嫁ぐ末娘が気の毒で、花嫁道具の一つとして男爵家に授けられたのです。それからずっと、続いていると言いますが、本当かどうか、確かめようがありません」
「では、あの馬には子爵令嬢も乗れるのね」
「アイナは、無理でしょう。まず、その技術がありませんから。近づくことすら出来ないでしょう」
「でも、あの馬で確かめられます」
子爵家は、生意気にも、王家に向かって、婚約者交代を訴えてきていた。子爵令嬢アイナもまた、女神の末娘の子孫だ、と。
加護があるかどうか、あの特別な馬に乗せてみればはっきりすることです。
「王妃様、はっきりしないほうがいい事があります。言いたい者たちには、言わせておけばいいのです。言った以上、責任をとらなければなりません」
「………そうね」
ユメールはすっかり王妃教育を終わらせて、立派な淑女です。笑い方一つとっても、素晴らしい。
教師たちは、最初、ユメールのことを蔑んでいましたが、今はすっかり、ユメールの優秀さに篭絡されています。ユメールはきちんとしていれば、誰よりも令嬢なのです。
本来であれば、この後、ユメールはアレンとの茶会でした。しかし、アレンが悪あがきするように勉強をしているので、その予定がなくなりました。
ユメールには、婚約者交代の話を隠して、アレンが勉強に詰まっている、と説明することとなりました。ユメールは見るからに落ち込みましたが、アレンが努力しているので、それを優先して、引き下がりました。
綺麗な一礼をして去っていくユメールを見送ってから、王女二人は深く溜息をつきました。
「子爵令嬢、見ました。あんな、礼儀一つなっていない女のどこがいいのかしら」
「そうよ。いきなり、わたくしのことを”お義姉様”と呼んだのよ!! 周りも、子爵令嬢の話を鵜呑みにして、すっかり、アレンの次の婚約者扱いよ」
「また、親子そろって、身の程がわかっていないわね」
子爵夫人だけでなく、娘まで、そういう態度だと聞いて、笑ってしまう。子爵夫人は、わたくしに向かって、上から婚約者交代を訴えてきたわね。
「何か言われたのですか?」
「辺境の田舎の王女、と言われましたよ」
「それは本当か?」
恐ろしい声が割ってはいりました。見れば、国王です。
「事実ですよ。今も、そういう貴族はいます」
「サイザン国の王族の子孫だ。たかが子爵夫人がいうことではないな。どれ、次の夜会では、子爵夫人に婚約者交代の断りを人前で宣言してやろう」
「もう?」
「アレンに期待するだけ無駄だ」
子爵夫人と子爵令嬢アイナは、夜会で、婚約者交代の断りを宣言された。さらに、子爵夫人がわたくしに対して言った暴言について、人前でありながらも、容赦なく、ひれ伏しての謝罪をさせた。




