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女神の三姉妹  作者: 春香秋灯
ラッツェンの王妃
10/19

公爵の復讐

 男爵の娘ユメールには、特に教育は必要ありませんでした。王族と婚約しましたが、第三王子アレンは男爵家へ婿入りです。だから、ユメールに王族としての教育は必要なかったのです。

 しかし、わたくしはユメールに月に一回の王妃教育をやらせました。何故なら、そうしないと、ユメールは婚約者であるアレンとの仲を深める努力をしないからです。

 わたくしはユメールにではなく、アレンに言います。

「いいですか、きちんとユメールを誉めなさい。いいですね」

「で、でも、僕はユメールよりもアイナのほうが」

「お父様にまた、折檻されたいのですか?」

「っ!?」

 アレンは仕打ちを思い出し、お尻をおさえた。

 婚約式の後、国王は王太子アーサー、第二王子アイゼン、第三王子アレンと平等に罰を与えました。

「どうして私まで!?」

「何もしていないからだ」

 アイゼンは苦情を訴えましたが、国王は容赦しません。

 そして、アーサーとアイゼンはアレンを恨みました。アレンがいつまでも、子爵の娘アイナに思いを寄せるからです。

 痛い目にあい、兄二人からこっぴどく叱られ、それでもアレンは懲りていません。もっと厳しい教師をつけないといけないですね。

 ユメールは、また、馬に乗って城に乗り込んできます。そして、使用人たちに全身を洗われ、公爵の娘サイファのお古を着て、やっとアレンの前に立たされます。

 黙っていれば、ユメールは本当に綺麗な令嬢なのです。アレンだって、ユメールには見惚れるのです。

 だけど、ユメールは庭に繋いでいる馬の所に行ってしまいます。そこが、残念です。

 だけど、ユメールなりに理由があります。

「父から、王妃様に直接お渡しするように命じられました。どうか、お受け取りください」

 恒例のお詫びの花束です。

「男爵はよくもまあ、一日も欠かさず、花を送ってきますね」

「領地を走り回れば、どこかには花は咲いていますから」

「………」

 知らない花も見られると思ったら、野花ですか。

「寒い季節では、花もないでしょうに」

「温室があります」

「………」

 年中、花が贈られるわけです。わたくしは、そこまで考えが至りませんでした。

「毎日、花を送ることは、男爵にとって負担ではありませんか?」

 一度、聞いてみたかった。男爵は来ないので、その娘に聞いてみました。

「王妃様とのことを家族に話したところ、物凄く叱られたそうです。遠い異国から一人来た王妃様に、なんて厳しいことをいうんだ、と。だから、許してもらえるまで、お詫びを続ける、と言っていました」

「………そうですか」

「今では、そんなこと、忘れているでしょうね。もう、習慣です。だから、王妃様、気にしないでください」

「わかりました」

 こうして、わたくしとユメールは歓談するのですが、アレンはずっと緊張して固まって、黙り込んでいました。仲を深めるのは、なかなか時間がかかりそうです。




  侯爵の娘アスラ、公爵の娘サイファのことは心配がないわけではありません。アスラは、戦の加護だからか、王妃教育はうまくいっていませんでした。サイファは、言われた通りのことは出来ますが、財貨の加護が邪魔をして、どうしても、金で物事を見てしまう悪い所がありました。

 実は、男爵の娘ユメールが、最も、王妃教育の成績がよいのです。だけど、アレンは相変わらず、甘えた、何も出来ない子でした。ユメールが婚約者であることを嫌がって、それを理由に、さぼっているのです。

 どれも問題ありです。どうして、こうなったのか。せめて、生まれる順番が違っていれば、もっと良かっただろうに。

 わたくしが頭を抱えているというのに、国王は国政にばかり目を向けています。

「子どもたちにも目を向けてあげてください」

「私の子どもの頃も、父は全く何もしなかった。こういうものだ」

 逆に言われてしまった。そう言われてしまうと、仕方ないと納得するしかありません。

「女神の娘の子孫との結婚は決まり事だ。アレンが何をしたって、これは変わらない」

「子爵家が、口出しをしてきていますよ」

 女神の末娘の子孫である男爵家から子爵家へ婿養子といったことから、娘のアイナこそ相応しい、と一族総出で訴えているのだ。しかも、社交の場でも吹聴している。

「子爵は言っているのか?」

「いいえ。沈黙しています」

「あまり酷いようなら、公爵に任せよう。子爵家は、公爵の派閥だ。公爵が言えば、黙るだろう」

「そうであればいいのですが」

「男爵からは、まだ、詫びの花が送られているのか?」

「続いています」

「そうか」

 何か言いたげに見てくる国王。お互い、子を五人も作った仲だというのに、不貞を疑われているみたいです。

 それ以前に、わたくしからは連絡をとっていませんし、男爵は領地から一歩も出ていませんから、不貞すらありませんけどね。

「そういえば、公爵夫人がご病気だとか」

「だから、公爵は城にも来ない」

 常に金儲けのことばかり考えていそうな財貨の加護持ちの公爵だが、愛妻家で有名でした。

 公爵夫人がなかなか難しい病気にかかったという話です。その治療のために随分と金を使って、薬を集め、としているのに、全く、良くならないとか。

「サイザン国に、いい薬があるというが、金を積んでも売ってもらえないとか。かなり貴重なんだと」

「………」

 どうだろうか。サイザン国としては、公爵へ嫌がらせをしているのでしょう。貴重以前に、薬なんてさっさと売ってしまえばいいでしょうに。

 財貨の加護持ちの公爵は、商人たちの評判はとても悪いのです。ともかく、公爵は大陸中で一人勝ちをしています。だから、商人たちは、公爵から物を買うしかないのです。

 それを許せないサイザン国が、珍しいかどうかわからない薬をあえて国外に出さないように妨害しているのでしょう。

「薬というと、どういったものですか?」

「確か、名前をメモしたな。あった、これだ」

「兄にお願いしてみます」

 わたくしがラッツェン国に嫁いでから、兄も国王として、地盤を固めていた。サイザン国の不当な要求もはねのけられるようになったと聞いています。もう、貴族たちの傀儡でもありません。

 兄がどうにか、サイザン国とラッツェン国の間を渡り歩いていれば、この問題は簡単に解決したはずでした。

 ですが、サイザン国は、長年、大陸で二大大国の一つを名乗り続けていただけあり、容赦ありませんでした。

 わたくしが兄を頼ることなどサイザン国だってわかっています。だから、薬を祖国にすら流しませんでした。そこまで徹底して、薬を囲ったのです。



 そして、公爵夫人は、公爵が必死に薬を探している間に、亡くなってしまいました。



 公爵夫人が元気な間は、公爵は金にちょっと煩い人でした。ですが、公爵夫人を失ってから、がらりと人が変わりました。

「陛下、我が国を大陸一の大国にしましょう」

 その作戦は、血も涙もない方法でした。

 すでに、大陸中の市場を公爵が独占していました。そこから、食糧の売買を止めたのです。途端、商人たちは慌てました。

「なんで売ってくれないんだ!?」

「ラッツェン国には有り余っているのだろう!!」

「珍しく、飢饉が起きているんだ。食糧が足りなくなってきている。私としては、祖国を優先するのは当然の愛国心だ」

 飢饉と聞いて、商人たちは慌てた。

 そして、商人たちは無闇やたらと買い集め、保存がきく食糧はため込んだのです。そのため、市場に食糧が出回らなくなりました。

 最初は、ただの売り切れだと思っていた人々も、それが一か月も続けば気づきます。


 飢饉が起きている、と。


 こういうものは、情報を持っている商人たちのほうが有利でした。それ以外の国民たちは、無駄に走り回って、絶望するのです。

 食糧の貸し借りまで起きて、それで争いに発展することが日常茶飯事となってきました。

 大陸中で大変なこととなっているというのに、ラッツェン国だけは平和です。財貨の加護持ちの公爵は、ラッツェン国にだけ、食糧を出回らせたのです。

 それに気づいた他国の者たちは、ラッツェン国に押し寄せました。ですが、ラッツェン国は入国を拒否したのです。

「今、流行り病で大変になっているという。国内に病を入れないため、入国を許可しない」

「そんなっ!?」

「せめて、食糧をわけてくれ!!」

 あまりの剣幕に、ラッツェン国は拒絶の紙を国境の門に貼り付けて、一切、対応しなかった。こうして、大陸中の飢饉は加速化したのです。

 そして、飢え死にが出てきた頃に、財貨の加護持ちの公爵が動き出しました。

 大陸全土に、法外な金額で食糧を売りつけようとしたのです。

 特に、サイザン国は、他国の十倍の値段でした。完全な、恨みでの値段設定です。

「陛下、これでは、大陸全土が敵となりますよ」

 さすがに危険を感じました。わたくしの祖国にさえ、公爵は容赦しませんでした。その事実をわたくしは兄の密書から知りました。

「仕方がない。もう、公爵は止まらない」

 完全な公爵の私怨です。妻を死なせたかもしれないサイザン国に恨みを晴らすために、大陸全土を巻き込んだのです。

 ラッツェン国内部は平和です。外の情報を完全に遮断していました。国外に出ることを禁じたからです。

 だから、今日も普通に王妃教育を受けるため、男爵の娘ユメールが来ていました。いつも通り、男爵からのお詫びの花束を持参しています。

「ユメール、男爵に手紙を届けてほしいので、今日は帰ってください」

「ですが、アレンとの茶会をしていませんが」

 アレンは相変わらずですが、ユメールのほうが、アレンに夢中でした。月に一回のアレンとの茶会を楽しみにしていたのです。

 可哀想なことだとは思います。祖国にいた頃のわたくしと辺境伯を思い出します。辺境伯は、今、どうしているでしょうか。わたくしはあんなに覚悟まで決めていたというのに、辺境伯はわたくしを簡単に捨ててくれましたね。

「とても、大切なことです。男爵にすぐ、手紙を見せてください」

「わかりました」

 わたくしから何かを感じたのでしょう。ユメールはわたくしのお願いを優先しました。

 わたくしはユメールを見送って、茶会の準備がされている庭園に行けば、アレンが座っていました。

「ユメールは、今日はわたくしの都合により、帰ってもらいました」

「そんな!? 楽しみにしていたのに」

「………」

 うまくいかないものです。アレンもまた、ユメールへと歩み寄っているというのに。


 そして、男爵家はラッツェン国の裏切者となりました。


 ユメールが月に一回の王妃教育のために城を訪れていました。王妃教育は、時間があえば、女神の娘たちの子孫である三人一緒に行います。だいたい、ユメールが合わせられないので、ユメールだけが別の日に行っていました。

 その日は、三人の娘たちが揃いました。ユメールは変わらず馬でやってきましたが、戦の加護持ちの侯爵の娘アスラは俯いて、ユメールに近づきません。それに対して、財貨の加護持ちの公爵の娘サイファがユメールの元にいくと、ユメールの顔を叩きました。

「いったぁー、何するのですか!?」

「裏切者!! よりによってサイザン国に食糧提供するなんて!?」

 サイファは怒りで顔を真っ赤にして、悔し泣きをしていました。

 誰も、サイファの行為を注意しませんし、止めません。城で働く者たちにとっても、ユメールは裏切者なのです。

 国を上げて行った謀でした。これで、サイザン国を大国からその他の国に貶められたはずなのです。

「飢えたこと、ある?」

「ないわ!!」

「わたくしは、あります」

「っ!?」

 ユメールは穏やかに笑っています。対してサイファは、初めて聞くことだけに、真っ青になります。

「三日食べられないこともある。だけど、領民とか、ラッツェン国の国民優先だから、男爵家が率先して、食を減らすの。それでも、作業はさせられる。だって、男爵領は、ラッツェンの食糧庫なんだもの。サイザン国も酷かったよ。王族は太って、食糧全部寄越せ、なんて威張り散らしていた。だけど、城で働いている人たちでさえ、ガリガリだったよ。悪いのは、王族なんだよ」

「うぅ、ううううぅ」

 サイファはその場に蹲って、嗚咽を洩らして泣いた。

 ユメールはわたくしの元に来て、いつものように花束を差し出した。男爵は、領地を不在にしていても、人を使って、毎日、花を送り続けてきた。

「もうやめてもいいのですよ」

 花束を受け取って、とうとう、わたくしは口にした。

「いつか、父に直接、言ってあげてください。公爵の時も、手紙や人づてで伝えても、やめなかったと聞きました。本人に直接言ってもらって、やっと、わかるものなんです」

「どうしてですか?」

「手紙は、他人でも偽造出来ます。人づてだと、気持ちが伝わらない。公爵の時は、命に関わる病気だったと聞いています。公爵が元気な姿を見せてくれるまで、安心出来なかった、と聞きました。わたくしも、そう思います」

 泣き続けるサイファを見るユメールには、恨みとか、怒りとかはない。

「わたくしも、父も、男爵領の領民全てで、薬の材料となるものを領地全てを駆けずり回って見つけては、公爵に送ったのです。でも、治りませんでした。もっと、探せる場所があったかもしれない。薬の知識も、もっとあれば、材料の種類も増えたかもしれない。ごめんね、サイファ」

「うぁあああああー------」

 とうとう、大声で泣くサイファ。ユメールが近くに行くと、ユメールの腕に縋りついて泣き続けた。

 もう、その日は王妃教育どころではありませんでした。茶会も中止となり、三人の娘たちは帰らせました。

「王妃様、そちらの花、お持ちします」

「どうせ、このまま活けますから」

 男爵から送られてくる花の世話は、もう、わたくしが行っていた。こんなことをしているから、国王に不貞を疑われるのでしょうね。

 仕方ありません。女ですもの。こういうふうに、毎日、綺麗な花を送られれば、どうしても嬉しいものです。国王も、そういう所がわかっていませんね。国王がしてくれれば、もっと嬉しい事だというのに。

 だけど、そのことは国王には言いません。こうして、わざと嫉妬させて、気持ちを確認しています。

 いつもの通り、花を束ねる紙を開いて、気づきました。手紙が入っていました。

 わたくしは、大陸全土の飢饉をどうにかしてほしい、とお願いの手紙を送りました。その返事でしょうね。終わった後に返事がくるなんて、今更です。

 ところが、その手紙は、ただの手紙ではありませんでした。

 男爵の娘ユメールはとても優秀です。きちんと教育されていることもありますが、その優秀さは才能でしょう。それは、父である男爵から受け継がれていたことでした。

 男爵は、手紙を通して、政治的に男爵領を貶めることをお願いしてきました。

 誰かが償わなければなりません。これは、国をあげて行った飢饉です。今、国中が、男爵を裏切者と見ています。目先の欲しか見ていません。

 実際は、この策略は、最後は失敗すると決まっています。大陸全土を敵にするようなことをしたのです。一度は、ラッツェン国は大陸一の大国となるでしょう。ですが、大陸全土が力をあわせて、恨みを晴らそうと動き出せば、いくら女神の娘たちの加護があっても、滅ぼされてしまいます。

 今、そうならないのは、飢饉がやっと収まったこともあります。大陸中の抑止力として働いているのは、豊かさの加護持ちの男爵はラッツェン国にいるからです。大恩人であり、女神の子孫である男爵を危険に晒すわけにはいかないのです。

 だけど、国内はそうではありません。だから、男爵にそれなりの罰を与えなければ、国民たちは納得しないのです。

「こんな手紙を送るなんて、世の男は、本当に女心をわかっていませんね」

 男爵だけではありません。公爵のことも言っています。

 わたくしだって、公爵夫人のお見舞いに何度も足を運びました。そして、公爵夫人の愚痴を聞きました。

「手に入らない薬なんかよりも、先の短いわたくしの側にいてくれればいいのに」

 痛み止めでどうにか苦しさを紛らわせた公爵夫人は、呆れていた。

 長く生きたいとは、誰だって思います。世の中は楽しいことがいっぱいです。わたくしだって、ラッツェン国に嫁いで、色々と楽しい経験をしました。祖国では得られない経験がいっぱいありました。

 その中で、愛する人と過ごす時間というものは、思ったよりも短いということです。その事に、病気となって、動けなくなった公爵夫人は気づいたのです。

 元気な時は、夫のために、と公爵夫人は社交に励んでいました。娘サイファを連れて、社交界の支配者となっていました。それも、病気となって、実はどうでもいいことをしていた、と気づいたのです。

 その事を公爵夫人はサイファに伝えていましたが、子どもですし、母親がまだまだ必要ですから、サイファは泣いて縋るばかりでした。

 どこの男も、本当に、女心を何もわかっていません。

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