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【書籍化&コミカライズ企画進行中】龍の贄嫁〜虐げられた少女は運命の番として愛される〜  作者: 碧水雪乃@『龍の贄嫁』重版&スクエニ様にてコミカライズ企画進行中
【第一部】第1章 巫女選定の儀

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第9話 龍の贄嫁


 霊力のない鈴には、神気も瘴気もわからない。

 ただ、異様な寒さの中、彼がなにか深く傷ついているのだと感じ取った鈴は、彼の腕の中で自分の役割を悟った。


(そっか。私は堕ち神様に生贄として選ばれたんだ。……だけど唯一、私を選んでくれた彼に人生を捧げるのなら、それも運命かもしれない)


 春宮家の使用人として一生を終えるより、この強い悲しみを抱えている神様を癒す生贄になれるのなら、本望だ。


「せ、青龍様……。霊力のない『無能な名無し』の私でも、青龍様のお役に立てるでしょうか……?」

「今までのことはすべて忘れろ。俺にとって、君が君でありさえすればいい」


 鈴の問いかけに、生気のない氷の彫像のようだった美しい神様は、先ほどまで纏っていた空気を和らげて微笑みを浮かべた。

 そして、彼は鈴を強引に抱き上げた。いわゆるお姫様だっこだ。

 彼は甘い蜂蜜のようにとろけた青い瞳で、鈴のすべてを絡め取るように見つめると、


「俺の番様に、未来永劫の愛を――」


 そうするのが当然のように、他人へ見せつけるかのごとく鈴の唇を奪ってみせた。


「…………っ!」


 鈴は神様からの容赦のない口付けに、顔を真っ赤に染め上げて、目を白黒させてながらはくはくと言葉にならない声で抗議する。

 彼はそんな鈴を愛おしげに見つめると、青い氷の世界でうっとりと笑う。


「嫌だと言うのなら、今すぐ君を攫って閉じ込める。神の独占欲を甘く見ないことだ」


 美しい神様は、鈴を本当に現世から連れ去るつもりなのだろう。

 彼は中断された儀式にも構わず、鈴を抱き上げたまま来た道を帰っていく。


 その前方には、『巫女選定の儀』のために神世からやって来た他の神々が、こちらの状況を見守っていた。

 鳥居付近で歩みを止めていた他の神々たちは、どうやら神域となる道をそれ以上進んでまで自らの巫女を探す気はないらしい。

 神々たちが自らの巫女の霊力を感じなかったのか、興味すら湧かなかったのか。それはわからない。

 ただ、見目麗しい神々たちはそれぞれに鈴への興味や反応を小さく示し、無言のまま踵を返して神世へと戻っていく。

 神々たちの一番後ろで歩みを進めている鈴を抱く彼の、神気と瘴気が入り乱れる様子に、わずかに緊張を走らせながら。


 鈴は彼のことが自分のことのように心配になった。

 火照った頬の熱がはまったく引かないままだったが、彼の腕の中から彼を見上げて、気遣うようにして様子をうかがう。

 すると、甘さを含んだうっとりとした青い双眸が再び向けられる。


(ううう、恥ずかしい)


 鈴がハッと視線を逸らす。と、神域でいつまでも立ち尽くしていた日菜子とちょうどすれ違うところだった。

 鈴は意図せずして視線が合ってしまった日菜子の形相を見て、身を固くする。


「……名無し。あなたのことは、絶対に許さないんだから」


 鈴にしか聞こえないような声で囁かれる。

 日菜子の目には烈火のごとき怒りと嫉妬心が浮かんでいた。



   ◇◇◇



 この日。『巫女選定の儀』で〈神巫女〉に選ばれたのはただひとり。

 四季姓を戴く春宮家の長女ではあるが、霊力もなく巫女見習いでもない――ただの使用人の生徒にすぎない〝無能な名無し〟だった。

 しかも、〝無能な名無し〟があの美しく恐ろしい青龍様の〝番様〟なのだという。

 このことに驚き激昂したのは日菜子だけでなく、巫女見習いとしてこの時を待っていた多くの生徒たちだ。


 どれほど期待に胸を膨らませ、どれほどこの奇跡に近い選定の日を待ちわびたことだろう!


 彼女たちは誰も、『巫女選定の儀』で起こった出来事を認めようとはしなかった。

 そんな彼女たちの話題は、〝無能な名無し〟に関する噂で当分のあいだ持ちきりだった。

 儀式で起こった出来事は、決して外部には漏らしてはいけない秘密。

 だからこそ……彼女たちは百花女学院内で、全国に散らばった〈準巫女〉や〈巫女見習い〉たちが集う研修で、神世と現世の境で催されるパーティーで、ひそひそと囁きあう。


「十二神将がひとり〈青龍〉は、『巫女選定の儀』にてあろうことか霊力のない使用人を番様として選んだらしいわ」

「でも青龍様は堕ち神になる寸前の状態で、危険な状況だったらしいじゃない?」

「次の本命巫女を選ぶために生贄を娶ったというのが、百花女学院の巫女見習いたちの見解だそうよ」

「無能な使用人の少女は、不幸にも堕ち神様のために捧げられというわけね」


 百花女学院の生徒たちから始まった噂話は、瞬く間に神世に関係する人の子のあいだで囁かれ、その場を賑わせる。


 ――〝龍の贄嫁〟。


 そんな言葉が、あたかも真実のようにして広まり始めていた。



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