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第4話 肌の痕


「はぁ……。この朝食はもうダメね。名無し、新しいものを作ってもらえるようにシェフへ頼んできてくれる?」

「……はい」

「日菜子様、私たちが先にシェフに頼んでおきましたわ!」

「こちら新しい朝食をお持ちしました!」

「毒味の必要がないように私たちで祈祷いたしますわね!」


 日菜子の取り巻きをしている巫女見習いの少女たちが我先にとやってきて、その使用人が新しい朝食のトレーをテーブルに置いていく。

 日菜子は「ふふふっ、ありがとう。有能なあなたたちの姿勢を、うちの使用人にもぜひ見習わせたいものだわ」なんて笑ってから、湯気の立つ作りたての朝食の前で両手を合わせた。


「ちょっと、名無し。いつまでここにいる気? 早く着替えて準備をしてきてちょうだい。ボロボロの使用人を連れてたら、主人の私が神々に疑われるわ。そんな薄汚れた制服で今日の儀式に来たら許さないんだから」

「……はい、日菜子様」


 鈴は震える両脚に必死に力を込めて立ち上がって頭を下げてから、その場を離れる。

 満身創痍の状態で向かう先は、学生寮。日菜子の部屋の隣に作られた、使用人用の小さな部屋だ。


(制服を着替えたら、すぐに講堂へ行かなくちゃ)


 部屋に戻った鈴は粗末な箪笥から包帯を取り出すと、爛れた左手の甲に手早く巻きつける。

 使えなくなった衣服から切り出して手作りした包帯は、洗濯しながら何度も使っているせいでボロボロだが、これしかないのだから仕方がない。新しい傷は血が滲んでいるので、ないよりは少しマシだった。

 それから予備の制服に着替えるために、急いで汚れた制服を脱ぐ。


(もしも今日、日菜子様が神様の巫女に選ばれたら……私は、どうなってしまうんだろう?)


 神様に選ばれた巫女様と、ただの使用人として、もっと辛く当たられるだろうか?

 それとも……。それとも、少しは人間として真っ当に扱ってもらえるようになるだろうか?


(……どちらにしろ、いつか名前を返してもらえるように一生懸命頑張るしかない。お母さまからもらった命を、自分だけは、大切にしたいから)


 使用人部屋に設置された安っぽい姿見に映った鈴の素肌には、これまでに呪詛をかけてきた術者の苗字と名前が、赤黒い傷となっていたるところに刻まれていた。




   ◇◇◇




 普段なら一限目が開始する頃。百花女学院の講堂には、全学年の生徒や教師たちが集まっていた。

『巫女選定の儀』を前にして、講堂には静かなざわめきが広がっている。

 それもそのはず。神々が自分にとって唯一となる巫女を選ぶと言い伝えられているこの儀式が行われるのは、まさに二十年ぶりなのだ。


 この二十年間、巫女見習いになった少女たちは神々に選ばれる機会すら与えられず百花女学院を卒業し、〈準巫女〉として様々な職に就くことになった。

 しかし今ここにいる少女たちは、誰もが『もしかして私が』という夢を見る機会に恵まれたのだ。それだけでも幸運なことと、卒業生の誰もが思うだろう。


 なんと言っても、霊力のない一般人たちからも強く憧れられている儀式だ。

 神様の巫女に選ばれて、もし、もしも、自分がその神様と生まれる前から運命を約束された番であったならば――。

 神の命よりも大切な妻として娶られ、一生涯、誰よりも大切に溺愛されて生きることになる。


 神々は人智とかけ離れた絶世の美貌を持つだけでなく、その出自と家柄ゆえに、将来的には誰からも羨望されるような高い社会的地位に就くことが約束されている。

 さらには、まるで魔法としか例えようのない特殊な力である〝異能〟を操るらしい。時には、そう、大切な番だけを守るために。


 そんなすべてが理想的で完璧な神様に、たったひとりの人の子が底なしに甘く甘く愛されるなんて。

 見目麗しい神々と共に過ごせる〈巫女〉は少女や女性たちの憧れの職業で、御伽噺のような極上の幸福と深愛を一身に受けるかもしれない番様(つがいさま)は、多くの女性が一度はその立場に立った自分を想像したくなる特別な存在だった。


 テレビの報道や新聞各社の記者は立ち入り禁止とされているが、この儀式の開催自体は政府の会見で発表されている。

 ワイドショーや新聞の一面、それに各種雑誌は神様の巫女や番様の話題でもちきりだ。

 それほどの大きな話題性を持つ『巫女選定の儀』が、どうして二十年ぶりに行われることになったのか。

 それは神々と呼ばれている十二神将の幾人かが、巫女を欲しているからに他ならない。


 神々の子孫――眷属と呼ばれる者たちは神世に多く暮らしているが、十二神将の力を受け継ぎ生まれる神は一代にひとりきり。先代の十二神将が亡くなると、それから数年、時には数十年後に新たな十二神将が生まれる。

 そのため二十年前の『巫女選定の儀』を迎えた後に生まれた今代の神々は、多くがまだ未成年で、巫女を持っていなかった。


 神々本人の意志で選んだ巫女がいない場合、その存在を守るために政府はいくつもの法律を定めている。

 過去にあった事件などから、十六歳未満の神々が現世へ降り立つことは法律で禁じられているため、巫女を持っていない神々が存在しても『巫女選定の儀』は行われていなかったのだ。


 だが今年は、神々やその眷属が通う〝神城学園(かみしろがくえん)〟から政府と百花女学院へ、【『巫女選定の儀』を執り行う】と二十年ぶりに書面での通達が来た。そこで初めて、日本中に周知されることとなったというわけだ。

 神城学園高等部には、現在六人の巫女を持たない神々が在籍しているという。


(よかった、まだ始まってなかったみたい)


 他の生徒たちよりも少し遅れて講堂へ到着した鈴は、周囲の状況を見回してホッと胸を撫でおろす。



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