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【書籍化&コミカライズ企画進行中】龍の贄嫁〜虐げられた少女は運命の番として愛される〜  作者: 碧水雪乃@『龍の贄嫁』重版&スクエニ様にてコミカライズ企画進行中
第4章 神巫女の権利

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第29話 日菜子の癇癪


「どうして……どうして、私じゃないのよッ!!」


 春宮本家の自室で、日菜子は自慢の華やかな容姿を映し出している豪奢な鏡に向かって、何度も何度もこぶしをぶつける。


「女学院内で最も〈神巫女〉に近いと評価されていたのは、まぎれもなく私だったのに!」


 だというのに、神々はひとりも日菜子を選ぶことはなかった。

 それどころか冷酷無慈悲と名高い〝氷の貴公子〟――〈青龍〉は、まるで最高傑作と呼ばれる彫像のごとく完璧な美しさを携えながら、あの無能な名無しに甘く微笑みかけてその手を取ったのだ。


「……こんなのぜったいおかしいわ。なにかの間違いよ……ッ!」

(ただの使用人としての価値しかない名無しが! 顔もプロポーションも霊力も家柄も、すべて完璧な私を差し置いて選ばれるなんて……!)


 幼い頃から祖父や両親といった家族だけでなく、社交の場においても『美人で明るく社交的』と評判なのは日菜子だった。

 初等部から通い始めた百花女学院でも、先輩や後輩だけでなく教師たちからもちやほやされ、ずっと尊敬の眼差しを向けられて生きてきたのだ。

 そんな環境の中で誰よりも愛されてきた日菜子には、神々からも(・・・・・)愛される自信(・・・・・・)があった。


 それに比べて、名無しの異母姉はどうだろう?

 いつもうつむいていて愛想はなく、身体はポキリと折れそうに痩せっぽち。青白い肌には艶もない。昔は黒髪だった気がする長髪も、いつの頃からか灰色だ。


『ねえ名無し。あなたの髪ってもしかして白髪(しらが)なの?』

『え……っと』

『あははっ、おかしい! それじゃあ似合うドレスもなさそうだわ。むしろお婆さんに間違えられても仕方ないわね?』

『……そんなに、その……おかしいでしょうか』

『ふふふっ、おかしいわよ! 和服を着てるから、後ろからじゃお婆さんにしか見えないもの! そうだ、先輩から〝お婆さんを使用人にしてこき使ってる〟なんて噂されたら嫌だから、いますぐ染めといて。……墨汁って、白髪も染められるのかしら? 名無し、試しに被ってみてくれる?』


 異母姉の灰色の髪に気がついたのは、ドレスアップした日菜子がパーティーに向かう際に声をかけた時だった。

 確か、そう、百花女学院の初等部高学年から高等部の成績優良者だけが集う『桜雛の会』に初めて参加した、九歳の時だ。その頃からずっと異母姉の髪は艶のない灰色で、お婆さんのような容姿をしている。


 その上、視えもしないのに巫女見習いの真似事をして、『こちらの食事には呪詛が……』などと言い出す大嘘つきだ。


(誰かに選ばれて、愛される資格など持っていない使用人。それが無能な名無し。そのはずでしょう……!?)


 思い出すだけでも、激しい怒りと嫉妬で狂いそうになる。

 あの最悪な『巫女選定の儀』が終わってからというもの、霊力が変に乱れて安定しない。

 授業では、いつものようにクラスメイトの巫女見習いたちの何倍も抜きん出た首席らしい成績を残せなかった日菜子に、同情や憐憫を含んだ視線が向けられているのを感じてイライラした。


『日菜子様、大丈夫ですわ』

『名無しが選ばれたのは、絶対になにかの間違いですもの』

『すぐに精査され、神城学園から連絡が来るはずです』


 取り巻きの巫女見習いたちが悲痛な面持ちで心配してくれるも、日菜子にはなんの慰めにもならない。

 日菜子を特に贔屓していた教師も取り巻きたちに同意し、『今は一時的に霊力を生み出しにくくなっているのかもしれませんね。春宮さんにはお休みが必要なのかもしれないわ』などと言っていたが、そうではないことは自分が一番理解している。


(……ぜんぶ、ぜんぶ名無しがいないせいだわ。名無しが近くにいないと、私の霊力が滞るじゃない!)


 日菜子に宿るはずだった春宮家の霊力のほとんどすべてを宿し長女として産まれるという、強欲な異母姉に重罪人として罰が下ったのは、日菜子が三歳の時。

 その日からずっと、日菜子は異母姉に奪われている自分に宿るはずだった霊力を返してもらっている。


 潤沢な霊力を取り戻してからの十数年、日菜子は春宮家を背負う巫女候補としてたくさんの努力をしてきた。

 名家の令嬢としての立ち居振る舞いだって、マナーだって、有名な家庭教師をつけて完璧に身につけている。


(それに比べて、霊力の欠片もない無能な名無しができることなんて限られてるわ。掃除と洗濯、それから毒味。たったそれだけ)


 異母姉には名家の令嬢としての教養などなにひとつなく、巫女見習いとして育ってきていないために霊力の扱い方すら知らない。

 十二の神々へ奏上する祝詞だってもちろん習えるはずもなく、四季幸いや恩頼(みたまのふゆ)を祈り願うことすらできないだろう。


 主人が使用人を評価して与える点数がそのまま成績に反映される使用人科の試験では、いつだって学年最下位。

 せいぜい落第せずに百花女学院を卒業し、将来は神世で番様か神嫁として暮らす予定である日菜子の〝大勢の使用人の中のひとり〟を目指すくらいしか、人生の選択肢がない少女だ。


(いいえ、それすら身に余る幸福だわ!)


 なぜなら日菜子という名家の令嬢であり、潤沢で高位な霊力を持つ巫女のそばで、誰もが羨む使用人として生きていけるのだから。



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