豪華客船沈没事件(笑)
このお話はフィクションです。
作中の描写は演出です。
『本船は、沈没の恐れがあります。乗客の皆さんは、落ち着いて、甲板へと移動してください。乗員は、乗客の皆さんの避難誘導をお願いします。甲板には、十分な数の救命ボートがあります。乗客の皆さんは、どうか落ち着いた行動をお願いします』
豪華絢爛な巨大客船での世界観光ツアーが催された。
世界中の、ありとあらゆる贅を尽くした娯楽と美食の数々、客船が立ち寄る世界各国で催される歓迎セレモニー、乗客は皆微笑みを浮かべるセレブたち。
そんな、この世の楽園のような豪華客船で、退屈などする暇がないほどの贅を貪り続けるある日のこと。
突如、立っていられないほどの大きな衝撃のあと、上ずった声のアナウンスが船内に響き渡る。
不安に駆られた乗客たちは、押し合い圧し合い、我先と甲板へ急いでいた。
微笑みは焦燥へと変わり、突き飛ばし、引き倒し、人を人へぶつけてでも、助かるべくがむしゃらに進む人々。
仕立ての良いスーツやドレスも、裂けたりほつれたりとひどい有り様だった。
そんな中、余裕の表情で甲板とは逆方向の船底へと進む男性がいた。
彼は知っていた。救命ボートには限界があることを。
彼は知っていた。この泥船は、世界を裏から牛耳る害悪の巣窟だと。
そして、彼は知っていた。甲板ではなく船底にこそ、脱出の手段が用意されていることを。
豪華客船の沈没に巻き込まれ、世の害悪は海の藻屑となる。
しかし、自身は無事帰還を果たす。
これは、世直しである。
確信をもって、スタッフオンリーのドアを開け放つ。
そこから進んだ先にあったのは、小型の潜水艦。
あとはこれで脱出するのみ。
世界を裏から牛耳る害悪どもを、一度に抹殺する唯一の手段。
参加することがステータスと言われてしまえば、虚飾にまみれた害悪どもが食いつくのは必然。
あとは、計画した同志たちと脱出するのみ。
元々、乗員・乗客のリストに載っていない同志たちだ。
あとは報酬を受け取り、故郷で静かに暮らすだけ。
……その、はずだった。
『やあ、同志。上手くいったな。しかし、この船はすでに定員だ。キミの乗るスペースはないよ。さようなら』
乾いた破裂音が響き、男の意識は………
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「……という夢を見たんだ」
ある朝、見た夢を妻に告げる。
夫婦仲は、悪くはないと思う。しかし、妻は、
「夢の話は分かったから、早く食べてちょうだい。いつまでたっても片付かないじゃない。それと、遅刻するわよ?」
呆れたため息をついて、野良犬を追い払うようにシッシッと手を払った。
「おっとそりゃまずい。無遅刻無欠勤が僕の取り柄だからね。じゃあ行って来ます。今日の朝食も美味しかったよ。愛してる。また夜にね」
いつものように投げキッスしたなら、愛する妻の頬はひきつっていた。
「……もうじき還暦なのに、まだ新婚気分だよね、父さんは」
子どもたちも呆れていた。
けれど、これが日常。
愛する家族たちとの、守るべき日常。
このお話はフィクションです。
作中の描写は演出です。(念押し)