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【3話】崩れ始める。





 右を見れど、左を見れど、どこまでも景色は変わらない。荒く削られた岩肌は、そこに鉱石があった事を表している。


 何度か支柱や梁に触れてみるも、腐っている様子はなかった。しかし水の音は確かに先に比べて近くなっている。


 はて、と首を傾げ考え事をしていると、不意にギャーギャーと騒がしい音が耳を掠めた。何事か、とイェガーは前方を向いて身構えては、目を凝らしてじっと音の聞こえた方を見た。


 ちらりと赤い光がいくつか淀めいて見えたと思うと、次の瞬間、イェガーの身体にいくつもの衝撃が走った。




「っ!!?」




 慌てて顔の前で両手をクロスさせ頭を守り、目をぎゅっと閉じて少し身を屈める。衝撃が抜けた後、直ぐに振り返って後方に目をやると、蝙蝠の群れが自身を通過した事がわかった。


 イェガーは乱れた髪を整えながら額に青筋を立て、その不愉快な気持ちを吐き出す様に、チッと舌打ちを響かせ、前を向いた瞬間、イェガーの中に何とも比喩し難い焦りに似た感覚が、突如として身体中を巡り回った。冷や汗が一雫、こめかみを流れる。


 ゾワゾワと嫌な空気が身体を纏わりついて、鳥肌が立った。




「…………。……グリー……?」




 この嫌な感覚が何なのか、全く見当も付かなかった。今自身に危険が及んでいるのか、はたまた虫の知らせというものなのか、ただ単に気圧やら気温やら、そう言った類の物理的なものなのか、それすらわからない。


 ただ、何とは無しに兄の名を読んでみた。分かれてから暫く経っているのだ。もちろん相手の返事など返ってくる訳もない。


 心音が煩い程に高鳴る。


 ゴクリと息を呑み、踵を返してこの場を離れ様と右足を前に出した瞬間、微かな音が耳を付いてまた勢い良く後ろを振り返る。




『……グ……ル……』




 気の所為かと思ったが、やはり何か聞こえて来る様だ。人の声にも聞こえるそれは、もしかしたら生存者のものかもしれない。


 そう思うや否や、身体に纏わりついていた嫌な悪寒が消し飛び、気付けばイェガーの身体は、坑道の奥へ奥へと弾かれた様に走り出していた。


 周りの支柱が腐っているかも知れない等と言う事も忘れ、只々走り続ける。




 10数分程走り続けた先には、ずっと奥の方がぼんやり青白く光っている様に見えた。


 その光が何かは分からない。もしかしたら報告書に記されたクリーチャーかも知れない。もしそうだとすれば、尚更早く行かなくてはならない。


 万が一にも生存者が居り、今まさにクリーチャーに襲われているとすれば、助け出さねばならないのだ。




 イェガーは切羽詰まった険しい表情のまま、これでもかと言うほどの速さで走り続けた。光の漏れ出た曲がり角を勢いよく曲がると、そこには広大な湖が広がっていた。


 その光景を目の当たりにして、イェガーは安堵からがくりと片膝を立てて座り込んだ。上がる息を整える様にゆっくり、長く息を吐き、右腕で額の汗を拭う。


 ぐるりと見渡して見ると、湖の周りはキラキラと輝いていた。成る程これが光の根源か、と納得しては、いつもの気怠げにも見える様な真顔を浮かべて、後ろ手に両の手をついて湖を眺めた。




「鍾乳洞があったのか……。通りで水の音がした訳だ……」




 石灰が固まって出来たその岩の塊に、指先が触れる。それはひんやりと冷たかった。よく見るといくつかほんのり光を帯びているものも見て取れた。


 何かの鉱石が溶けて混じっているのか、と首を傾げ、鞄から携帯用の小型ピッケルを取り出して幾つか削り取った。




「見た事ねぇ石だな……。魔石か? とりあえず持ち帰ってスカイに成分分析でもさせるか」




 削り出した塊は、角度によって様々な色にキラキラと光って見えた。


 その物珍しさに、暫くの間夢中で眺めていたイェガーだったが、不意にハッと我に返り、慌てて時計に目をやる。


 グリーと別れてから最早45分が経過していた。ここまで辿り着くのにかれこれ30分は掛かった筈だ。待ち合わせ時間までに戻るとすれば、全速力で走っても間に合うかどうかだろう。


 イェガー自身見ての通り、ここに来るまでにかなりの体力を消耗していた。


 更に身体に鞭を打って帰路に付かねばならないのだから、げんなりと肩を落としてため息を吐く彼の心境はあまり良いものではないだろう。


 ゆっくりと立ち上がり鍾乳洞に背を向け、来た道を戻ろうと一歩足を踏みしめた瞬間、只ならぬ悪寒を感じ取り、イェガーは勢いよく後ろを振り返った。





 先程まですっかり忘れていたこの緊張感に、また身体が支配されていく。


 胸騒ぎが止まらない。


 確かに先程までこの地には自分1人しかいなかった筈だ。


 こんなにも開けた広い空間に、身を隠す場所も存在しない。


 なのに、それなのに……。





 今目の前には1人の少年が立っている。





 青々と怪しげな光に包まれた彼は、見た目にして6.7歳程の様に見える。しかし人間にしては耳が異様に長い。


 イェガーは目を凝らし、じっと相手の様子を伺った。嫌な汗が、強く握られた拳をじとりと濡らす。呼吸すらも忘れてしまったかの様な静かな沈黙が緊張感を更に加速させる。


 しかし悲しい事に、人間は生理現象に抗う事など出来ないもので、ほんの一瞬、本当に0.1秒と満たない、たったそれだけの時間、イェガーは目を瞑ってしまった。


 相手の瞬いたその隙を好機とでも言うかの様に、目の前の少年はいとも容易く姿を眩ませてしまった。イェガーは驚きと焦りに身体中を強ばらせ、ぐっと上体を下げて銃を抜く。静かに目だけを動かして辺りを見渡してみたが、やはり少年の姿はどこにも見当たらない。




『グリュ……ル……』




 不意に耳元で聴き慣れない声が響いた。


 迂闊にも後ろを取られたらしく、探し他人は今まさに自身の真後ろにいるようだ。ぞわりと鳥肌が立ち、脳が瞬時に全神経へ逃げろと働きかける。


 しかしどういう訳か全く身体がぴくりとも動かないのだ。やられた、とイェガーは歯を食いしばった。先程相手と目があった時に、特殊な魔法を掛けられたのだろう。




「……お前は何者なんだ」




 薄々勘付いてはいたが、やはり相手は人間では無い様だ。右肩に異常な程の冷気を感じた。伸縮するのでなければ、恐らく相手は浮遊している。


 報告書にあった 『子供の霊』 と言うやつなのだろうか。だとしたら、好都合だ。行方不明者との繋がりが出来たのだから、このチャンスを逃す訳には行かない。




 人ならざる『ソレ』は、徐々に肩から首筋へ、首筋から右頬へ、とイェガーの体温を奪っていく。その気持ちの悪い事に、ぞわぞわと悪寒が走る。




『グリュ……』




 そう言えば、相手は先程から何か呟いている様だった。何を言っているのか上手く聞き取れない。先程投げ掛けた質問には答える気が無いのか、答えられないのか、そもそも意思の疎通が出来るのかすら怪しい。


 初めこそイェガーも諦めず、何度も相手の名を尋ねたり、行方不明者を知らないかと声を掛けたのだが、10回目を迎えた所から、首筋の不快感も相極まって、等々我慢の限界という様に声を荒げた。




「聞こえねぇんだよ! もっとはっきり喋れねぇのか!」




 そう叫んだ瞬間、相手はそれに答えるかの様に、耳をつんざく程の声量で叫んだ。





『グリュックフェル!!!』





 ビリビリと鼓膜が揺れる。


 あまりの大きさに耳が痛む程だ。




 しかしイェガーはそんな声を聞い、怒りや嫌悪感を抱くでもなく、何かに恐怖するかの如く顔を青ざめさせた。


 先程までピクリとも動かなかったはずの身体が、ガタガタと震える。力の入らない眉はへの字型に下がり、目を白黒と泳がせる。


 それに比例する様に、呼吸すらも徐々に荒くなっていく。どんどんと響く心音が脳みそを圧迫し、考える事を遮断する。


 上手い言葉が出てこない。状況の把握が出来ない。ただ今は、何故?という疑問ばかりがぐるぐると脳内を巡り廻る。




「な、んで……。」




 ようやく放たれた言葉は、実に弱々しいものだった。背後の ソレ は、その反応を楽しんでいる様に見えた。ケタケタと汚い笑い声が後ろから響く。


 しかし次には、探し人を見つけたとでも言わんばかりに、愛おしそうにイェガーの頬を至極丁寧に撫でまわした。嬉しさを全面で表現するかの様に、相手は酷く恍惚としている。


 それでもイェガーの足は、まるで地面に張り付いてしまったのかと疑うほどに、頑なに動こうとしない。 


 ソレ はイェガーが抵抗しない事をいい事に、ゆっくりと両腕を広げてイェガーに覆い被さっていく。驚いた事に、その身体はじわり、じわりとイェガーの中へ溶け込んでいく様に見えた。


 静かにゆっくりと、着実にイェガーの身体は侵食されていく。それでもイェガーは抵抗の一つもせず、ただ震えながらその時を待つかの様に、地面を見つめて動かない。絶望に伏した彼の目には、最早光すら灯っていなかった。





 あと少し、と言う窮地の最中、唐突に バン、と言うけたたましい爆発音が鍾乳洞内を木霊した。


 あまりに急な襲撃に、思わず ソレ は動きを止めて音のする方を振り返って見た。


 その目線の先にいたのはグリーであった。


 彼は拳銃をこちらに向けて真っ直ぐと立っている。いつも温厚な優しい顔をしているグリーが、今は別人の様に額に青筋を立て、瞳孔を開き、怒りに震えている。




「……イェガーから離れろ……」




 いつもより2オクターブは低いだろう声が、静かに響く。その声からすらも、怒りがしっかりと伺える。


 そのまま拳銃を相手に向けた状態で、グリーはちらりとイェガーの様子を伺った。彼はすっかり戦意を喪失してしまった様に、小刻みに震えながらただただ死んだ魚の様な目で地面を見つめている。


 何があったのだろう、と心配になり声をかけようとした瞬間、ソレ が勢いよくこちらに向かって突進してくるのが見えた。




『邪魔ヲスルナァアア!!!』




 ソレ からは、はっきりと強い敵意が見てとれた。相手の反応から見ると、なるほどどうやら狙いはイェガーであるのだろう。グリーは身体を跳ね除け、相手の突進をすんでのところでかわし、空中でぐるりも腰を捻り、相手に拳銃の先を向けて銃弾を打ち込んだ。


 確かに相手の眉間に弾が当たったというのに、ソレ は全く気にも留めぬ様子で地面を蹴り上げ、また勢いをつけて再度こちらへ突進してくる。


 グリーは地面に着地するや否や、右手に握る拳銃を左手で強く叩いた。すると拳銃であったはずのそれは、瞬時にマシンガンへと姿を変えた。


 実のところ、彼らの持つ武器は魔道具なのだ。持ち主の魔力に反応し、姿を変える造形魔法の様なもので、様々な武器を変幻自在に作り出す事が出来る。


 しかしながら、なんでも と言うわけではなく、色々と条件はあるのだが…。


 そうして作り出したマシンガンを、グリーは相手に向けて連射する。バラバラと火薬の弾ける音が響く。何発も食らっていると言うのに、ソレ は全く動きを鈍らせる事もせず間合いを縮めてくる。


 それだけでは終わらず、相手はさも愉快げにゲラゲラと笑った。まるでグリーを小馬鹿にするかの様に、辺りを優雅に飛び回って挑発する始末だ。




 もう何発の弾丸を打ち込んだだろうか。彼の魔道具は魔力を消耗して弾を作り出しているので、決して無限ではない。魔力は体力に比例しているのだ。あまり連写を続ければ体力が尽きて動けなくなってしまう。





 全く効いていない様子の攻撃を一度辞め、グリーは疲れを和らげる様に、深く息をついた。その一瞬の隙を見つけた ソレは、好機とでも取ったかの様にグリーを指差しニタリと笑って見せた。


 その瞬間、グリーはぶるりと震え上がった。全身の産毛が逆立ち、嫌な悪寒と、ただならぬ殺気が瞬時に身体を包み込む。


 身の危険を察知した身体が、弾かれた様に左へ飛んだ。それが正解であったと直ぐに思い知らされる。


 ソレ の指先からは青い雷の様な光線が放出され、光の通った先を烈火の如く青々と焼き尽くした。瞬時に体を跳ね除けたというのに、少し掠めたらしい右肩がビリビリと痛んだ。


 なるほどもろに当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。掠めたかそこは酷い火傷を負い、深い切り傷が出来ていた。




 グリーは肩を押さえ、グッと相手を睨みつける。得体の知れない子供の姿の霊。先程読んだ報告の通りだ。だとすれば、目の前を舞う得体の知れないこいつが、人攫いの犯人か…。


 そう冷静に分析をしながら、血の上った頭を冷ます様にグリーは相手に質問を投げかけた。




「……何が目的だ。他の人たちはどうした」




 相手はグリーの問い掛けに応える気がないらしく、ニタニタと気味悪く笑ったままふわふわと宙を舞っている。


 何度問い掛けても一言すら返してこないまま、2人は暫く睨み合っていた。そんな中、先に動きを見せたのは相手であった。睨み合いに飽きたらしい ソレ はグリーに背を向けイェガーの元へ向かっていくではないか。




 まずい、と危険を察したグリーは、その行く末を止めるが如く、地面を蹴り上げて勢い良く走り始めた。グリーに興味を失った相手は、また高揚した様子でイェガーに両手を開いてふらふらと近付いていく。




『グリュックフェル……私ノモノ……』




 まさに今、イェガーの身体に触れようとしたその瞬間、ソレ は勢いよく弾き飛ばさた。


 大きなクリスタルをも粉砕する程の勢いで叩きつけられると、先程まで銃弾すらも受け付けなかった珍妙な身体からはこれまた奇妙な青い血液が流れ出た。


 あまりの唐突な事に、ソレ は愕然とした表情を浮かべたままふらふらと立ち上がっては、現状を把握しようと辺りを見渡した。




 ふと視界に映るグリーの姿を確認するや否や、ふるふると小刻みに震えて眉間に多数の皺を寄せる。


 目の前に立つグリーの身体が、驚く事に青白い光に包まれていたのだ。吸い込まれそうなほどに深く青い右目も、今は同じ様に青白く光っている。


 当の本人は、そんな奇妙な現象をまるで気にしていない様だった。人は怒りが頂点に達っすると冷静になると言われるが、今の彼は正にその様で、怒りや憎悪と言う様な感情が一切見て取れない。




『貴様ァ! ソノ力! 何者ダァ!!』




 先程とは見違えるほどにただならぬ気配を帯びた相手を前に、怯えた様子で ソレ は叫ぶ。


 しかし、今度はグリーが応える気がないらしい様子で、無言のまま地面を蹴り上げ動き出した。


 驚いた事に、グリーが蹴り上げたその地面は、ボコリと周囲1m程を瞬時に凹ませた。


 それだけではない。相手とグリーの間合いは、元々100mはあっただろう。それなのに、グリーはたったひと蹴りで、一瞬にして ソレ の目の前まで飛んで行ったのだ。





 人並外れたその力が一体何なのか、考える隙すら与えずに訪れた襲撃に、ソレ は慌てて身を引こうとした。しかし、遅かった。


 思い切り地面に殴り付けられると、ソレ の骨はバキバキと音を鳴らして砕けて行く。あまりの力の強い事に、地面すらも半径10m程を共に抉る。振りかざした腕の風圧だけで、辺りのクリスタルすらと砕かれていった。


 複数の骨を細かく粉砕された ソレ はくの字型にひしゃげていた。それでも必死に抜け出そうとバタバタと手やら足やらを無様にばたつかせて抵抗して見せていたが、グリーの身体はピクリとも動かない。


 



 等々圧に堪え兼ねた地面がガラガラと崩れ始めた。深く暗い地下層が足元に出迎える。先程まで地面だったはずの塊と共に、2人は深い穴の中へ落ちていく。


 落下して行く地下層の深い事を確認するや否や、グリーは思い切り相手の頭を蹴り上げて上空に飛んだ。蹴り落とされた ソレ は這い上がる事も出来ずに無惨にも闇の中へと消えていく。


 崩れていく地の塊を軽快に蹴り上げ、グリーは崖となったその穴を難なく這い上がって行った。元の地層まで上り詰めた後、暫くの間下の様子を眺めていたが、相手の姿は確認出来なかった。


 あの様子なら、息絶えただろうか。十分観察し終えると、グリーは大きく空気を吸い、静かにゆっくりと息を吐いた。徐々に身体の発光は薄まり、やがて消えた。


 かなりの体力を使ったらしく、足元がふらつき、今にも倒れそうだったが、今はいち早くイェガーの安否を確認せねば、と身体に鞭を打ってゆったりと振り返り、歩みを進めた。




『ン、ギギ、ギ……。グリュックフェル……私.ノ……!』




 もう後数歩と言うところで、不意にイェガーの足元から青い手が伸びるのが見えた。


 イェガーの足元から地面を割って現れた ソレ は見るも無惨なほどにボロボロになっていた。


 それでも固執した欲望だけが動力源とでも言うのか、ソレ は勝ち誇った様な顔で目をいっぱいに見開いて声を荒げて笑った。




『今! ソノ力! 我ガモノニ!』




 そう叫ぶや否や、ソレ の身体が目を眩ます程に強く発光し始めた。


 考えるよりも先に動き出したグリーの身体は、抵抗出来ずに呆けていたイェガーの身体を思い切り突き飛ばした。


 イェガーを包む筈だったであろう眩い光が、グリーの身体を包み込み、覆い被さっていく。




「ぐっ……! ぅ、あぁあっ!!」




 身体がじりじりと高熱に焼かれているかの様に熱く、傷んだ。


 知らない思考が、意思が、脳をぐちゃぐちゃと掻き混ぜ、侵食していく。例えようの無い嫌悪感が身体中を巡る。




 先程突き飛ばされたイェガーは、その声に気付くなり漸くハッと我に帰り、グリーを見た。


 その光景は瞬時に理解出来る様な事柄ではなかったが、早く助けなくてはという脳からの伝達が、イェガーの身体を瞬発的に動かした。


 勢い良く起き上がり、グリーの身体を引き剥がそうと手を伸ばすも、その光は他者の接触を遮断する様に、イェガーの腕をばちん、と弾き返した。




「っっ!!? グリー!!」




 弾き返さた腕が痛む。高圧線にでも触れたかと錯覚させる程の激しい激痛と衝撃。


 近付けぬまま、相手の安否を確認する様に、イェガーは声を張り上げ兄の名を叫ぶ。




「イェ……ガ、ァ……に、げろ……」




 苦しむ兄の声が切なく胸を打つ。何としてでも助け出さなくては、と何度弾き返されようと、イェガーはグリーに駆け寄った。


 その都度青白い光に幾度と無く身体を焼かれた。そこかしこから血が流れる。掌は酷い火傷で爛れ、びりびりと痛む。


 しかしそんなことなど全く気にせずに、連れて行かせるものかと必死にイェガーはグリーに手を伸ばした。




「グリー!! 掴まれ!」




 そんな痛々しい弟の必死な様子を見て、グリーはその気持ちに応えんとばかりに最後の力を振り絞り、ゆっくりとイェガーの方に右手を伸ばした。


 イェガーもその手を掴もうと必死に光の中へ腕を突き入れる。侵入者を追い出そうとする力に、腕が持って行かれそうだ。


 爪が剥がれ、血が滲み、酷く傷む。


 それでも助け出したいという強い信念が、イェガーに力を与える。左腕がすっぽりとその光の内に収まり、頬まで焼かれながらも、漸く2人の指先が触れ合った。





 今正にその手を掴み上げようと力を込めた瞬間、イェガーの手は虚しく空気を握りしめた。


 ハッとして前を向くと、力なく伏したグリーの手は、弱々しく地に向いている。呼び掛けにも反応しない。目は固く瞑られていて、呼吸をしているのかすら疑われる程に静かに伏していた。


 まさか、と思いイェガーは息を飲んだ。次の瞬間、青白い光がまた強く発光し始め、イェガーの身体が弾き飛ばされた。


 強い衝撃に、数m飛ばされ地面に叩き付けられたが、すぐ様顔を上げてグリーの安否を確認した。


 先程まで訳の分からない青白い光に包まれていた筈の兄が、今は静かにそこに立っている。一瞬イェガーは安心した様に表情を緩めたが、相手と目が合った瞬間、直ぐにそれが兄でないことを察して飛び上がり、銃を構えて相手に向け、眉をしかめた。




『ンン……? コノ身体……悪クナイ……』




 コキコキと首を鳴らし、体の具合を確かめる様にぐるぐると腕を回す相手は、自分のよく知る兄の声であった。


 しかし、明らかに雰囲気が違う。相手の言葉を、行動を観察しながら、イェガーはやるせなさに奥歯を強く噛み締めた。




『フ、フフフ……! ハーッハッハ!』




 グリーという入れ物を手に入れ、上機嫌な様子で ソレ は高らかに笑う。


 自身に嫌悪を抱き睨み付けるイェガーなど他所に、彼は指先を天井に向けて雷の様な青白い光線を放出した。天井のクリスタルは激しい爆発音を響かせてガラガラと崩れ始める。あまりに大きな爆発に、鍾乳洞全体がごろごろと音を立てて振動した。




『予定外ダガ、マァイイ……。次ハオ前ダ。グリュックフェル!!』




 徐々に激しさを増す地鳴りが、鍾乳洞を埋めてしまわんとばかりに崩壊を始める。


 相手の声はそんな音の中紛れて消えていく。逃してなるものかと必死に片手を伸ばしたが、イェガーの手は虚しくも空を切った。崩壊の中木霊する嫌らしい相手の高笑いが、イェガーの怒りを煽る。








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