皇帝陛下はなろう作家として挫折を味わった様です
注:あくまでパロディネタであって、作者の実体験でも何でもありません
革のブーツから鳴らされる、カツカツと整然とした靴音が辺りに響く。しっかりとした、尚且つ素早い足取りで歩みを進めるのは、かつて人気を集めた過去作品達だ。ユーザーページに入ると打って変わって静かに足を運び、やがて立ち止まった。
彼らの視線の先で、灰色のコートを纏うやや太った男がこちらに背を向けている。
ほんの少し間を空けて過去作品達は作者である彼……ナポレオンに厳しい言葉を掛け始めた。
「もうおしまいです」
「敗北です」
「なろうでの栄光も終わりです」
「最新作も救えません」
ナポレオンはそれらに俯いていた頭を持ち上げた。
「最新作のブックマークが一気に剥がれました」
その言葉を受けると彼は、眼鏡越しの視線を落としたままゆっくりと身体の向きを変える。
過去作品の一人が代表するように現実を容赦なく突き付けた。
「ネガティブレビューも最新作に」
これにはナポレオンも厳しい表情を露わにして顔を上げる。
「感想欄には閑古鳥が」
別の作品も固い顔で声を絞り出した。
「最新作は……最早……四面楚歌……」
ナポレオンはゆらゆらと身体を揺らすように数歩歩くと、瞼を閉じて椅子に腰を下ろす。被っていた二角帽を取り、一度大きく鼻から息を吐いた。
先程レビューと感想欄の有様を報告した作品が一言提言する。
「更新放棄を」
ナポレオンはじろりと鋭い瞳を向けた。それに怯むことなく過去作品の一人が冷静な言葉を掛ける。
「更新を放棄して別作品の執筆を始める事も、なろう読者達はある程度認めています」
ナポレオンは掛けていた眼鏡を外した。再び冷静な声が掛かる。
「名誉ある転進です」
これに他作品も追従する。
「他に道はありません」
「陛下、我々の後日譚番外編を」
暫し黙り込んだナポレオンは、やがて瞑目すると重い口を開いた。
「なぜ?」
一度切ってから言葉を紡ぐ。
「お前たちの保身のためか、最近のお前達のPVは新たな読者を集めた最新作のお陰だぞ」
だが、それにも構わず言葉少なに過去作品が突き放すかのような口振りで告げた。
「最新作の放棄を」
閉じられていたナポレオンの瞼が開く。虚空を暫く見つめ、そして淡々と言葉を紡いだ。
「聞け、※【樽息】。私が最も軽蔑するのは、忘恩だ」
※(「樽職人の息子だけど革命のドサクサで陸軍元帥に上り詰めた件」の略)
そう言うと彼は遠い目で独り言のように呟き始めた。
「どうする? 何を? 感想での指摘も取り入れてきたがブクマは減った」
過去作達へ答えを求めるように視線を向ける。
「手があるか? どうすればいい?」
過去作品の誰もが何も答えられず、しかし答えを待たずにナポレオンは目を見開き、力強い言葉を放った。
「投稿するのみだ!」
勢いよく立ち上がり、小説編集ページを開く。キーボードを叩きながら己を鼓舞するかの如く声を張る。
「もっとニッチ層に切り込み、ストック作りを頑張り、連続投稿で離れた読者を呼び戻そう」
だが、再び過去作達は厳しい現実を口にした。
「不可能です」
「スランプ期の間、投稿を停止した事が響いています」
「テンプレからの乖離も……」
最後の言葉にナポレオンは強く反応する。
「テンプレ? なぜその名がいつも出る」
彼は編集ページから離れ、苛立ちを滲ませた。
「転生、転移、ハーレム、チート、なろうではそれらが強大だから怖いのか」
「読者も付いてはきません」
「一度良話を投稿すれば一気に付いて来るとも」
ナポレオンは鋭い目で言い切る。だが、すぐに一度身体の向きを変えて何歩か進むと振り返り、床に視線を下ろした。
やがて【樽息】と呼ばれた作品が告げる。
「無理です、ランキングはお諦めを」
「……ハッ」
これに可笑しくて堪らないとばかりに、ナポレオンは「【樽息】」と四度繰り返し呼び掛け、呆れ笑いを飛ばす。
「ランキングだと? 知らんのか。ランキングなど華美な指標にすぎん。重要なのはその背後だ」
そこまで言うと、思いを馳せるかのように目を閉じた。
「私の頭脳、野心、欲望、希望、想像力……特に私の意志だ」
彼は言葉を切って細かく頷く。
「信じられんぞ。全員でブクマ数を突きつけて『更新放棄を』」
そして拳で空気を叩き、急に声を荒げて喚き出した。
「I will not! I will not! not! nooot!」
フーッフーッフーッ……
目を見開き思い切り叫んだ後、興奮気味に鼻孔からの息を荒げていたが、すぐに呼吸を落ち着かせる。目を見開いたまま過去作達を見渡し、やがて眼を伏せるようにして視線を外した。
一度溜息を吐くと目を伏せたまま肩を落とし、ふらふらと歩いてマイページの前で椅子に座る。
その時、一人の作品がメッセージを携えてやって来た。
ナポレオンの傍に立つと腰を大きく曲げて身を屈め、彼の耳へささやき始める。
過去作品達が怪訝な目で見つめる中、しばらくの間不動だったナポレオンが、やがて顔色を変えて振り返った。
「本当か?」
呆然とした様子で首をゆっくりと前に戻し、椅子から立ち上がる。
両手を前で組んで取り留めも無く歩き出し、やがて身体を翻してメッセージを齎した作品に尋ねた。
「いつ?」
「今朝です」
ナポレオンは瞳を閉じて大きく息を吐く。その後に開かれた目は、気力がこそげ落ちていた。
――万事休す、だ。……最新話を削除する。
彼は身体を大きく揺らすようにして足を動かし、ホーム画面の前に立った。
……また更新停止か、なぜ最新作がこんな目に。
投稿済み小説の項目を開き、全てを諦めた表情で最新話の削除を行う。編集を終えると名残惜しそうにマウスから手を放し、寂しげな背を見せながらユーザーページから出て行った。
メッセージを齎した作品は、重々しく過去作品達に訳を告げる。
「最新話の描写がR18として通報された。……最後の望みだった」
その瞬間、鋭い視線を感じて全員が視線の飛んで来る方へ顔を向けた。
そこにはユーザーページを出て行った筈のナポレオンが腹立たしげに双眸を尖らせている。大層不機嫌な様子でぎろりと過去作品らを睨むと、改めてユーザーページから退出した。