ですから、嘘ではございません〜完璧令嬢と呼ばれた彼女の真実〜
「『耳で聴きたい物語』コンテスト」
公式ページ
https://www.animate.co.jp/special/417988/
一次通過致しました!
いつも励まして下さる皆さんのお陰です。
ありがとうございます。
「嘘を言わないでくれ!君が、僕の為に犠牲になろうとしているのは、分かっているんだ!」
卒業式と言う晴れがましい場所で、この国の王太子スベティ・シッテルンは、婚約者ライヤー・エブリシンを前に涙を流して懇願していた。
今日共に卒業を迎える二人は、子供の頃より婚約者として過ごしてきた。
少々タレ目で膨よかなライヤーは、コテンと首を傾けて熱弁を振るう婚約者を見上げる。
「はて?どこに、疑う余地が?ですから、全て、嘘では、ございませんの」
ライヤーは、目をパチパチと瞬き、手に持っている空のグラスを振った。
「私が、たった今このグラスのワインを、そこの身分卑しき平民上がりの男爵令嬢に引っ掛けたのを見ていなかったと?」
正に、悪役令嬢の所業。
しかし、スベティは、切なげな眉をひそめてライヤーに手を伸ばしてくる。
「あぁライヤー、そうやって己を悪者にしてでも、私を庇おうと言うんだね?」
「はぁ」
何言ってんだ、コイツ?
思い切り顔でものを言うライヤーだが、熱に浮かれた様なスベティは、潤んだ瞳をライヤーに向けてくる。
「確かに私は、ほんの一時期その娘に心を傾けそうになった事がある。それを知った君は、心痛めながらも私の気持ちを汲んで、その娘との恋を成就させようとしてくれているんだろ?」
「いえ、全然。ただ、『してやったり』って顔がムカついただけですの」
浮気しておいて、今更、ヨイショか?
私の初恋、返しやがれ。
バーカ、バーカ、バーカ。
ライヤーは、頭から赤ワインを被った女を見て、タヌキ顔の癖に悪代官の様な笑みを浮かべ、フンスと鼻を鳴らした。
「ライヤー様、その様なことを仰ってご自身を汚してはなりません。私を思って苦言を呈して下さったこと、感謝しかございませんのよ」
酒臭い匂いをプンプンと撒き散らしながらも、健気さ満載で声を上げたのは、ブリコット・マツダンテ。
フワフワの髪に、キュートなおちょぼ口。
ピンクのドレスには、これでもかとレースが取り付けられている。
「私、貴女に名前で呼ぶ許可は、与えていません事よ」
ライヤーは、何かぶっ掛ける物は無いかと周りを見回したが、液体物は全てメイドによって撤去された後で、仕方なく空のグラスを投げつける。
ポヨン
割れると思われたソレは、ブリコットのフワフワヘヤーでワンバウンドし、その後、レースのスカートを転げ落ちて無事床に着地した。
チッ
ライヤーの舌打ちが、会場に響いた。
それなのに、観客達も、まるでライヤーが悲劇のヒロインかのような痛ましげな視線を向けてくる。
「なんなんです?新手の嫌がらせですの?」
ジタバタするライヤーに、ご婦人達は、ハンカチを目元に当てて涙した。
何が起きた?!?
ライヤーは、なんだか恐ろしくなって、パチリと見開いた目で周りを見回した。
すると、群衆の中から一人の青年が飛び出してくる。
「我が領は、エブリシン公爵令嬢様のお陰で、今年疫病の流行から難を逃れました!」
彼が言うには、ライヤーが休暇で避暑地を訪れた際、通過地点として通った彼の領で一泊したらしい。
その時・・・
なんですの?この汚ったない道は!
こんな汚物まみれだから、空気が澱むんですのよ!
あぁ水も濁って、臭いわ!
浄化槽でも設置すれば宜しいのでは?
え?浄化槽も知らないの?
ちょっと調べりゃ分かるでしょ?
仕方ないわね、誰か、ペンと紙を!
え?集めて、どうするかですって?
東の国では、畑に撒いて肥料にするそうよって、私、何親切に教えてんのよ!
彼女の毒舌に奮起した領民により、街中の清掃が行われた。
そして、簡易の浄化槽が各家に置かれ、川に直接汚物が流れることはなくなり、集められたそれらは、肥料として転用することになった。
「全ては、貴女様のお陰でございます」
「いや、頑張った領民のお陰ではなくて?」
ライヤーは、ほとほと呆れた。
領主として彼の父親は、能無しとしか言いようがない。
たかが小娘の指摘でどうこうなるなら、さっさと領主が指揮を取れば良かったのだ。
「たかがそれっぽっちのことで、恩を感じてくれるのは悪い気しないけれども、大袈裟すぎるのではないかしら?」
ホホホホホ
口元を扇で隠しながら、内心、
めんどくせーな、オイ
と呟いていた、
ただ、話はこれだけでは終わらない。
「私も、エブリシン公爵令嬢様に、命を助けられたのでございます」
一人のメイドが飛び出してきた。
「私は、その昔、奴隷として売られそうになっていたんです!その時、颯爽とエブリシン公爵令嬢様が現れて」
貴方達、とーっても邪魔なのですけど?
え?関係ないやつは、黙っていろ?
ここ、公の道路ですわよね?
そこで、こんな汚ったない者並べて私の目を穢しておいて、関係ないと仰るのね?
分かりましたわ。
衛兵〜〜〜〜、コイツら捕まえて。
ん?逆らうの?
私がライヤー・エブリシン公爵令嬢と知ってのこと?
そうそう、言うこと聞いてれば宜しいのよ。
この汚ったないのをどうすればよいでしょうかって?
知らないわ。
孤児院でも何処でも、拾ってくれそうな所の前に置いておけば良いのではなくて?
「私は、その後教会に引き取られ、教育も受けさせて貰え、今ここにおります。全ては、エブリシン公爵令嬢様のお陰でございます」
いや、貴女を最初に売った親を恨めよ。
ライヤーなら、地の果てまで追ってでもギャフンと言わせた所だろう。
「貴女、本当に、善人なのね」
「善人は、エブリシン公爵令嬢様でございます!」
「それは、100%ないと思いますわ」
「ご謙遜を!何故ご自分を偽り、嘘で身を固められるのですか!」
どんどん面倒臭くなってきたライヤーは、扇でパタパタ自分を扇ぐと、フゥとため息をつき、
「ですから、嘘ではございません」
と明言した。
しかし、彼女の言葉は、その真意を誰にも理解されることは一生無かった。
ライヤー・エブリシン公爵令嬢。
のちに、彼女の強い希望で他国の王族へと嫁ぐことが決まった時は、国家の損失であると全国民が涙したと言う。
善人にされ過ぎて、辛い。
咽び泣く国民に向けた一言が、今も語り継がれている。
そんな彼女を語る物語が、各地にも残されている。
その全てが、彼女の功績を称える物であり、類稀なる善人として、描かれている。
聡明で
博識で
心優しく
本来は、穏やかな女性でありながら
毒舌で武装し
感謝されることを嫌い
最後まで
ですから、嘘ではございません
と言い続けた完璧令嬢。
彼女の真実を知るのは、彼女だけだった。
完