リアルモグラたたき
訪れたゲームセンターに、モグラたたきがあった。モグラたたき自体はそれほど珍しくはないけれど、モグラたたきを売りにしているゲームセンターというのは珍しいと思う。
売りにしている――店内には、モグラたたきの壁紙がぺたぺたと貼ってあった。こんな風にアピールするということは、一般的なモグラたたきと異なるところがあるのだろう。僕はモグラたたきをやってみることにした。
モグラたたきの台には『1ゲーム200円』と書かれてあった。僕はモグラたたきをやった経験が豊富というわけではないが、大抵1ゲーム100円だったと記憶している。200円ということは倍の金額だ。高級モグラたたきである。
まあ、200円程度の出費なら惜しくはない。これが1ゲーム1000円を超えてくると、躊躇というか思案してしまう。200円なら、コンビニでおにぎりを二つ買ったくらい。……いや、最近はおにぎりも値上がりしたから、200円じゃ二つも買えないか……。
とにかく、僕は200円を投入した。ピカピカと台が光る。上部に最高得点が表示されている。やるからには、これを超えるという意気込みで。
僕はおもちゃのハンマーを握った。叩くと、ピコッと音がしそうだ。
3、2、1、……スタート!
ぽっかりと空いた10個の穴から、にょきにょきと素早くモグラが出てくる。僕は素早くハンマーを振るう。一切の容赦はない。モグラを叩くと、ピコッと音がした。その音とかぶさるように、んぎゃっという悲鳴じみた声が聞こえたような気がする――のは気のせいか……?
「ふん! ほっ! よっ! おらっ!」
ピコッ、ピコッ、ピコッ、ピコッ。
んぎゃ、んぎゃ、んぎゃ、んぎゃ。
僕はモグラたたき職人じみた動きを止めずに、思考する。体の動きと脳の動きを切り離したのだ。次から次へと現れるモグラ。それは妙にリアルで、まるで本物のモグラのようじゃないか……。
一分が経過し、モグラたたきが終了した。なんと、僕は記録を更新した。モグラたたきキングとなったのだ。
汗を拭いながら、満足感に浸っていると、台の中からしくしくとすすり泣くような声が聞こえた。なんだか不気味だな、と思いながらも、僕は声をかけてみる。
「泣いてるの? 誰だい?」
すると、金を投入したわけでもないのに、一体のモグラがにょっきりと現れた。
「モグラ?」
「はい、モグラです」
喋るモグラなんて初めて見た。
「え、機械じゃなくて、本物のモグラ?」
「はい、本物です」
「でも、モグラって一般的に喋らないよね?」
「私たちは人語を解するモグラなのです」
「ははあ。賢いモグラがいたもんだ」
僕はモグラ語は喋れないし、日本語以外の言語も喋れない。しかし、彼は少なくともモグラ語と日本語を喋ることができる。その点で、僕より言語力は上である。
「それで、モグラさんはどうしてモグラたたきに使われてるんですか?」
「騙されたんです」
「騙された? 一体誰に?」
「このゲームセンターのオーナーに、です」
ある日、モグラたちの集落に、ゲームセンターのオーナーがやってきたそうだ。彼はモグラたちにゲームセンターで働かないか、と提案した。モグラたちは裕福な生活がしたくて、その提案を受託した。しかし、いざ働いてみると、頭を殴られるという過酷な仕事で、住み込みで給料も低い、という恐ろしいブラックゲームセンターだったのだ!
「見てくださいよ。我々はこの筐体から出ることもできません。こんな狭い空間で暮らすことを強いられているのです」
「かわいそうに」
「そう思ってくださるのなら、どうか我々をお助けください」
「うーん……でも、どうやって?」
「夜、営業終了後に店に忍び込んで、この筐体を破壊してください」
それは思い切り犯罪だったが、彼らモグラたちをこんな閉所に閉じ込めることも、犯罪のようなものだったので、僕は彼の頼みを引き受けたのだった。
◇
夜。
僕は金属バットを手に、ゲームセンターに侵入した。変に小細工するより、堂々と大胆に犯行を行ったほうが良い。というわけで、バットをフルスイングして、入口ドアのガラスを破壊した。防犯ブザーが喧しく鳴るものだと思ったが、意外なことに音はない。防犯に金を惜しんだのだろう。
まっすぐにモグラたたきの台へと向かう。
「来てくれましたか!」
中からくぐもったモグラの声が聞こえた。
「今からこの筐体を破壊するから」
金属バットをフルスイング。
バキッ、バキッ、バキン。
筐体が壊れ、中からモグラたちが出てきた。
「ありがとうございます」
「いやいや、早く逃げなさい」
モグラたちはどこかへ去っていった。
僕はゲームセンターから出ると、その辺の路地に金属バットを捨て、変装用のサングラスとマスクをコンビニのごみ箱に捨て、アパートの裏で上着と帽子を焼いた。
その後、一週間ほど身構えていたが、警察は我が家にはやってこなかった。テレビのニュース番組を見ると、ゲームセンターのオーナーが逮捕されていた。彼はモグラ以外にも、奴隷のごとき待遇をしていたのだ。
僕のモグラ逃がしの所業は、正義の犯行ということで、ネットのごく一部で称賛された。警察は犯人を追ってはいないらしい。警察には他に追うべき事件がたくさんあるのだ。
その後、僕は行く先々のゲームセンターでモグラたたきをした。その度に、モグラに声をかけてみるが、返事はない。どうやら、機械のモグラのようだ。周りの人は、モグラたたきのモグラに話しかける僕を、不審者を見るかのような目で見てくる。
僕は苦笑しつつ、遠慮なくモグラを叩くのだった。