55話 アウトプットすることについて……
アウトプットする、とはどういうことであろうか?
何かしら生み出すのがアウトプットである。
アウトプットとは例えば、書いたり、話したり、行動したりすることである。
アウトプットする際、とにかく質より量が重要である。
量をこなしていくうちに質も磨かれる。
アウトプットの質は量をこなしてこそ、よくなっていくのだ。
よって勉強も、ブログも、小説もまずは量である。
勉強はアウトプットではなくインプットではないか??……ある意味、両方だ。
勉強は学習というインプットをした結果、試験の回答というアウトプットを作成するのだから。
最終的には試験合格という、人生における果実を摘み取ることができる。
この勉強、やらない手はないだろう。
ブログは完全にアウトプットだ。
ぼくの場合は、ほぼ備忘録となっているが……。
つまりぼくが行動したことを忘れないように残しているのだ……以外と参照することがあり、とても役に立っている、と言える。
例えば、PCのセットアップとか、読んだ本から学んだこととか……当時、自分はこんなことをやったり、考えていたりしてたんだな、と再確認する。
このブログ、やっぱりやらない手はないだろう。
最後は小説だ
小説は書くというより、よく読む。
小説によってはその世界にどっぷりハマる……ちょっとした現実逃避で、心地よい。
できれば、この小説、自分でも書いてみたい……と沸々と欲望が……あわよくば本になったらいいな、と。
しかし、商用の小説のように完璧な描写や比喩がてんこもりな、読ませる、かつ売れるものはそう簡単には書けないだろう……。
でも無理と決まったワケではない……チャレンジすればそのうち……ワンチャン……。
だから、小説を書く……勉強やブログのように。
やるだけやる……やらないで後悔するより全然いいでしょ!
小説の主人公に限らず登場人物から勇気をもらい、そのエネルギーを糧として、自分のアウトプット活動に心血注ぐ。
『この小説の主人公はアツヤ君、キミだ……キミは読者に勇気を与えているのか?』
「それは読者が評価するのです(と言って、誤魔化してみた……)」
……。
確かにそうだ。
この小説で勇気をもらって、今まさに、生きる糧を得た読者を増やしていかねばならぬ。
だとしたら、ストーリーで読ませるべく、筆を進めていかねば……。
今はレイカさんのキャラクターにおんぶにだっこである。
これではいかん……。
『アツヤ君……この小説だがキミの妄想がひたすら展開されているだけでは?』
「はい……すみません、とにかく質より今は量なんで……頭に浮かんだことを片っ端から書いております」
そう、このままではよくない……。
これはあくまでも繋ぎ……ストーリーを、物語を紡がなくては……。
『私がいきなり死ぬとかないよな?』
「それはないっす……たぶん……」
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある




