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41話 成り行きとはいえレンさんと……。

 リビングは真っ暗だった……リンさんはおろか誰も居なかった。

 ぼくの後ろに、ガウンの袖の端を摘まんでいるレンさんが居るだけだった。


 彼女の出で立ちは空色というかライトブルーのスウェット上下だった。

 赤いメガネをかけている……メガネのフレームは下側のみで、薄いスクエアタイプだ。

 メガネをかけたレンさんはとても知的に見えた……お風呂の中で、何度も眼を細めてぼくを見ていたことは、これで納得である。

 ぼくの肩越しから、彼女が話しかけてきた。


「アツヤ……ここに座るの……」


 彼女にソファを勧められる、というか指定される。

 そして常温のミネラル・ウォーターのペットボトルが手渡された。


「ありがと」


 ぼくは礼を言うと、ペットボトルを開け、喉を潤した。

 彼女は無言でぼくの左隣に腰を下ろす……そしてぼくにぴったり寄り添う。

 彼女からシャンプーの爽やかな香りとボディソープの甘い香りが漂ってくる……と同時にリンさんと同様のボリューム・ボディの感触と熱がぼくの身体を通して直接感じられた。


 ……。

 彼女は何も話さず、ぼくの隣に寄り添い、ぼーっとしていた。


「リンさんはどこに行ったの?」

「……」


「他の家族の方は?」

「……」


 彼女の沈黙は続く……知らないのか答えたくないのか、彼女の真意は不明だった……。


 ……。

 ちょっと待て……これはチャンスなのではないか?

 レンさんみたいに沈黙を持って答える人は(まれ)だ……これは沈黙を多用する人に対するコミュニケーション・スキルを上げる絶好のチャンス、と言える。


 そもそも明日の朝になれば、早々に会社に出勤しなくてはいけないのだ。

 一人悶々としていないで今、この時を大いに楽しむ……いや活用……いや行動すべきだろう……間違いなく!


『そのとおりだ、アツヤ君!さっきからレンに圧倒されてて不甲斐ないこと、この上なかったぞ』

「おぉ、レイカさん……あなたもいよいよ沈黙破りですか?」

『いや、別に……ツッコミどころがなかったと言うか……』


 ……。

 ぼくがボケないと、レイカさんは話してくれない……のか??


『そんなわけないだろ……そもそも君から話しかければよかろう』

「言われてみればそうですね……」


 そうなのだ。

 端から見るとレンさんとぼくが二人っきりでソファに座り、入浴後の幸福な一時(ひととき)を過ごしているかのようだが……ここにはもう一人レイカさんがいるのだ。

 ぼくにはレイカさんが憑いて……じゃなかった、ついてくれている……さぁレンさんの沈黙を恐れず楽しもう……ではないか。


「アツヤ……変なの……」

「……へっ!?……」


 気がついたら、喉もとという極めて近くにレンさんの顔があった。

 お風呂と違って眼を細めず、メガネごしにぼくの顔を見る……眉の端をつり下げ、心配そうな眼差しで。


 頭の中で一人というかレイカさんと二人で、ポジティブなレンさん沈黙対策について妄想全開だったのが表情に出ていたのか……??

 とりあえず冷静に対処する。


「変って?……何がかな?」

「……」


 はい、いきなり来ました、沈黙……おっと、チャンスだった……さぁ慣れ、慣れっと。

 

 レンさんの顔を改めて覗き込む……彼女のかわいさを強く意識した刹那、心臓が高鳴る。

 しかもこのZERO距離……はヤバい……彼女がとても(いと)おしく思えてしまって……。


 気がつくとぼくはレンさんをハグしていた……優しく、包み込むように……。

 彼女はびっくりした表情で顔を向ける……そして頬を淡く染め、視線を背けた……だけど、ぼくのハグを拒絶するまで至っていない……ようだった。


 ……。

 彼女はそっと両手を伸ばし、ぼくにもハグしてきた。


 人との温もりってなんでこんなに安心できるんだろう……と本気で思う。

 この時は決してエロとかには考えが至らない……ただ、一緒にこうしていたい……思っていることはそれだけだった……。


 そうなんだ、ことレンさんとは言葉は不要だ……お互い感じ合えばいい、身体の感覚で。

 そして沈黙する……本当に自分の気持ちを伝えたい時だけ、そっと言葉にするのだ。


 それにしても妙な成り行きになってしまった。

 たった一晩泊めてもらうだけだったのに……しかもリンさんに双子の妹がいるなんて聞いてなかったし……。

 しかもしかも……その妹ちゃんと一緒にお風呂に入り、最終的にはリビングのソファでお互い抱き合っているなんて……。


 これは夢??……それとも、ぼくの頭の中の妄想がリアルを越えたから??

 それにしても彼女の震えている身体の感覚がとてもリアルに感じてしまう。

 これは夢でもなく、妄想でもない……現実だ……いいのか、こんなことをして??……ぼくはおっさん……なんだぞ。


『あのなー、アツヤ君……私の外観で、もはやおっさんは通じないぞ』

「で、ですが……こんなかわいい妹みたいな()とハグし合っている現実が受け入れられなくて……」


 成り行きとはいえ、この現実はヤバい……クセになりそうだ。

 クセになったら終わりだ……それは中毒であるからだ……ゲーム中毒、ネット中毒及びアルコール中毒と変わりない……。


『落ち着け、アツヤ君……レンをハグしたくらいでなんだというのだ?』

「いや、だって……相手は女の子ですよ……ぼくはおっさんなんですよ」

『だから、言っただろ……君はもう……その……私が言うのもなんだが……誰がどう見ても容姿端麗かつ仕事できる風な女性なんだよ』


 ……。

 だったら、ぼくは……ぼくは……どうすれば……。

<登場人物>

岡本淳也オカモトアツヤ:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている

桐生麗華キリュウレイカ:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある

鈴原倫スズハラリン:女性、19歳、独身、大学1年生、レンの双子の姉

鈴原憐スズハラレン:女性、19歳、独身、リンの双子の妹

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