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32話 ぼくはただ、あなたと一緒にいたかった。

 彼女はぼくの女神だ。

 いままでのぼくの周りにはいなかった……いや、これからも……彼女こそ最後の女性(ラスト・シンデレラ)だ。


 意を決して連絡した時は、ぼくはすでに葛西駅の改札前にいた。


 目を閉じて彼女を思い浮かべる。


 (つや)やかで腰の下まで流れる漆黒(しっこく)のロングヘア。

 顔の輪郭は卵形……美しく()んだ、髪と同じ色の瞳。

 筋が通った鼻……唇は薄くもなく厚くもない、ちょうどよい厚さだ。

 母性を象徴するかのような豊かな胸。

 本当にこの中に内臓が詰まっているのかと疑ってしまうほどの細い腰。

 腰の下の、ほどよい肉付きの部位からスラリと脚が伸びている。

 そして全身、白雪のように透き通る肌。


 白いブラウスと濃紺のスーツ・パンツで、この世のものとは思えない身体を包み、胸を張って颯爽(さっそう)と歩く容姿(ようし)を思い浮かべる……この至福(しふく)の時よ……永遠なれ。


 ぼくの妄想(イメージ)は現実に(つな)がった。

 気がついたら、既に彼女と合流している。

 立ち話も済んでいた……今後の行動は、彼女は家まで徒歩で帰宅、ぼくは彼女につきそうこと……になった。

 そう、これ……望んでいたことは、これ……ぼくはただ、あなたと一緒にいたかった……のだ。

 

 ……。

 駅前の繁華街を抜け、ホテル街に差し掛かった。

 道端(みちばた)でホスト風の男2人と格闘家風の男が、路上に座り、缶コーヒーを飲みながら、たばこを吸っている。

 ホスト風の男1人と格闘家風は、2人が同じく左手人差し指を包帯で巻いていた……缶が持ちにくそうだった……無理矢理(むりやり)飲んでいる感あり。


 いきなりアツヤさんがぼくの腕に(すが)りついてきた……ピトっと体を密着させる。

 そして早歩きし始める……ぼくも彼女の歩調に合わせた。


「タクミ君、悪い……ちょっとだけ恋人みたいに演技して……理由は後で話すから」

「は、はい……」


 ぼくの右肩に密着する彼女の頭部から、なんともいえない(さわ)やかな甘い(かおり)(ただよ)ってきた。

 まるで朝の森の中をさまよっているような錯覚に陥った……もう空はまっ暗だったけど。


 ちょっと、待て……ぼくの二の腕にすごい圧力がかかっている……。

 こ、これは……アツヤさんの……お、おっ……。

 その圧倒的な温もりがダイレクトに伝わってきて……僥倖(ぎょうこう)のあまり卒倒(そっとう)しそうになる……この至福(しふく)の時よ……永遠なれ(本日2回目)。

 

「先日あいつらにナンパされてさ……もう、しつこくて……手握られちゃったりして」

「手握るって……」


 さっきまで、幸せで感謝いっぱいのぼくの心に、突然(とつぜん)怒りの感情が吹き荒れた。

 そんなことがあったのか……アツヤさんに、なんてことしやがる!?……もし彼女が同じことをされたら……ぼくはそんなことをするヤツらを生かしてはおかない……。


 ……。

 ホテル街を抜けると、そこは住宅街だった。

 彼女はそそそと、ぼくから離れる。


「協力、ありがと……彼らもさすがにカップルにはナンパしないようだね」

「いえ……お役にたてて……よかったです」


 そっか、それで腕を組んできたのか……。

 あのままどこか異世界にでも行ってしまえればよかった……と本気で思った。


 ……。

 彼女は背負っていたデイパックをお(なか)側に(かた)()けすると、マグボトルを取り出した。

 (のど)(かわ)きを(うるお)すべく、彼女はグビっと一のみする。

 続いてチラっとぼくを見て、マグボトルを渡そうとした。


(のど)(かわ)いたでしょ……お茶だけど……どうぞ」

「あ……」


 ここでぼくは逡巡(しゅんじゅん)する。

 コロナ禍なので、回し飲みは許されない……。

 そもそも間接キスとなってしまうので、なおさら許されない……。


「いや、結構です」

「そう……欲しかったら言ってね」

「……はい」


 ア、アツヤさん……わ、わざとか?……わざとぼくを試しているのか……??

 (のど)(かわ)いたからアツヤさんが口付けたマグボトルをくれ……なんて、口が裂けても言えないですよ……。


 ……。

 彼女はデイパックにマグボトルをしまった。

 今度はコッペパンが出てくる。

 袋を開けて、一口食べた。

 またもやチラっとぼくを見て、袋ごとパンを渡そうとする。


「一口、食べる?」

「え……」


 ここでもぼくは逡巡(しゅんじゅん)する。

 コロナ禍なので、回し食いは許されない……。

 そもそも間接キスとなってしまうので、なおさら許されない……。


 アツヤさんはコロナ感染防止とか、間接キスとか細かいことは気にしないのか……?

 そもそもぼくがオスとして見られていない……そ、それは問題だ……けど。


「結構です、お気遣いなく……」

「そう……わかった……」


 アツヤさんとお近づきになる大いなる2度のチャンスを……逃した魚はデカいと言うが、身を持って体験してしまった……。

 ちょっとへこむ……いや、かなりへこんでいる……間違いなく。


 パンを食べ終わって、お茶を飲んでいる彼女が声をかける。


「ちょっと図書館寄るね……」

「はい、どうぞ……」


 借りていた小説を返却するみたいだ。

 アツヤさんが借りていた本の表紙を見る……ラノベだった……いかにも少年が読みそうである。


「アツヤさん、ラノベが好きなんですね?」

「そーそー……息子の影響なんだけどね」


 えっ!?……息子って?……ってゆーか、結婚してるの??

 えええええーーー……。


 ぼくらは図書館を出た。

 さきほどの圧倒的な現実がじわじわと伝わってきて……失意のあまり卒倒(そっとう)しそうになる。

 夜風にさらされるように、ぼくの意識は途切れそうになった……が、なんとか持ちこたえて歩み続けた。

<登場人物>

岡本淳也オカモトアツヤ:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている

桐生麗華キリュウレイカ:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある

橘拓海タチバナタクミ:男性、21歳、独身、大学3年生、イケメン

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