31話 ぼくはただ、彼と話をしたかった。
一日の仕事が終わり、現在帰宅中……ちょうど会社のあるビルを出たところだ。
ビルの周りには大きな木々が植え込まれ、緑道もほどよく整備されて、ちょっとした憩いの場となっている。
日が落ちそうな黄昏の中、まさか自分に装備されるとは夢にも思わなかった漆黒のロングヘアを揺らしながら、颯爽と街を歩いていた。
……。
信号待ち……おもむろにスマホを見る。
LINEにメッセージあり……なんとタクミ君からだ。
次からはしばらくLINEによる会話である……。
→アツヤさん、こんばんは。今夜、お会いしたいです。ご都合はいかがでしょうか?
身も蓋もないストレートなお誘いだ……気持ちいいぐらいに。
とりあえず無碍に断るのも悪い……ってゆーか、わざわざ恩を売るように返信する……ぼくはいじわるである。
←仕方ありませんね。貴重な時間ですが、今回はあなたに差し上げます。
→わがままなぼくにお付き合いくださり、ありがとうございます!
レス早……そこまで卑屈にならなくても……と思ってしまう……。
←では、1時間後に……葛西駅の中央改札口にて。
→承知しました。本当にありがとうございます!いつまでも待っていますから。
いつまでも待っているって……着いたらすぐ捕まえてあげるよ、タクミ君……。
それにしても唐突だな……いったい何の用事だろう……?
タクミ君こと橘拓海とは、電車での痴漢騒ぎが縁で知り合った。
身長は178cmほど……ぼくより5cmほど背が高い。
肩幅があり、ガッチリしている……が、太っているわけではない。
耳まで流れる爽やかなヘア……色は栗色、正確に言うと茶薄か……とにかく軽やかである。
知的な雰囲気を醸し出すリムレスのメガネ……余裕を感じるクールな大学生だ……しかも誰がどう見てもイケメン……。
彼が歩いているだけ、若い女の子は視線を向け、噂話に花を咲かしてしまうだろう。
こんなタクミ君が彼氏だと、さぞかし自慢できるのでは……と思ってしまう。
……。
葛西駅に着いた……彼と約束してから40分ほど経っている。
彼はまだ着いていない……はずだ……とりあえず改札を出て、ドラッグストアやコンビニに行って時間を潰そう……。
改札を出て、いきなり誰かに腕を捕まれる……。
そのままグイグイ引っ張られ、連れて行かれてしまった……人混みから外れたバスのロータリーまで。
誰!?……と思ってその横顔を見る……タクミ君だった……ってゆーか、無言で人の腕掴んで、そのまま引っ張って行くか、普通……??
彼の問題行動に疑いを抱き、思わずジト目で睨み付けてしまった……。
「すみません……人が多かったもので……ぶつかったら危ないかな、と思い、回避を優先しました」
「あ……」
そーゆーことか……。
確かに一方向に流れている人混みの中で立ち止まったら危ない……後ろから来た人も、当然前の人は進むと思っているからだ。
彼はぼくのことを考えて行動してくれたのだ……それを問題行動と決めつけてしまって……ぼ、ぼくは……。
「あいかわらず綺麗ですね、アツヤさん……あなたにまた逢えて、ぼくはうれしいですよ」
「へっ!?……あ、ありがと……」
タ、タクミ君!?……そのイケメンなセリフを、ぼくに言う必要があるのかい……??
ど、どう反応していいか分からない……なんか……恥ずかしい……じゃないか。
彼の双眸がぼくを見つめ続ける。
そんなに見つめられたら、視線を合わせられるわけがない……ので、顔を斜め横に伏せる。
時間が過ぎていく……ふたりで向かいあったまま……。
とりあえず当たり障りのない言葉を放った。
「あっ、夜ご飯、食べたかな?……ぼくはまだなんだけど……」
「すみません……ぼくはもう食べました」
……。
「そ、そーなんだ……じゃ、ぼくはそろそろ帰るけど、タクミ君はどうする?」
「ぼくもアツヤさんと一緒に帰りますよ……自宅までお送りします」
……。
「えっ!?……ぼくの家にあがるつもり?」
「まさか……アツヤさんの家にはあがりませんよ……着いたら、ぼくはそのまま元来た道を引き返します」
えっ!?……ってことは、ぼくと散歩しに来たの?……わざわざ??……別にいいけど……。
ちょっと、待て……こんなにかっこよくて目立つ彼がとなりを歩くなんて……。
元おっさんのぼくでもドキドキしちゃうじゃないか……鈴原倫の時は、ホスト風&格闘家風3人組に襲われた後だったんで、別の意味でドキドキだったけど……。
ぼくは彼がわざわざ家に来てあがりもせず、そのまま引き返すことを不憫に思った。
「タクミ君、ぼくの家は遠いよ……徒歩25分も耐えられるかな?」
ここで、タクミ君が項垂れる。
こめかみに複数の縦線が見えてしまった……肩も落としていて、いかにもガッカリしました風である。
な、なんか変なこと、言っちゃったかな……??
「そ、そんな……アツヤさんと一緒にいられる時間がたった25分なんて……み、短すぎる……」
「そ、そうなんだ……徒歩25分って足りないんだ……だったら、ゆっくり歩くことにするよ……と、遠回りしてもいいし」
は、話が噛み合わない……うーん、困った……。
とりあえずぼくらは歩き出す……ふたり並んで。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・橘拓海:男性、21歳、独身、大学3年生、イケメン
・鈴原倫:女性、19歳、独身、大学1年生、ロリ巨乳




