30話 セキュリティを専門に扱う会社にあってはならないこと
以下は、テレワークでも利用可能な、全社員用端末のスカイプでのメッセージやり取りだ。
同じシステム班で、プロジェクト・ルーム内の紅一点であり、ぼくのフォロアーでもある幡中さんからだった。
「Hatanaka> 監視カメラの映像を確認しました。ですが、一部のデータが欠損していて……何か心当たりありませんか?」
幡中さんは、昨日の櫻田さんとぼくのやり取りに、何かしらのハラスメント疑惑を持ち、実態を調査すべく監視カメラの映像を確認していたみたいだ。
それにしても……一部のデータの欠損って!?
監視カメラ本体の一時的な故障?……それとも録画コントローラのバグ??
そもそも監視カメラの映像の確認って、手順は知ってはいるが久しく触っていないし、実際何もしていない……。
ここは正直に返事する。
「Okamoto> まったく心当たりありません」
「Hatanaka> そうですか……岡本さんから提示された時間帯、かつ岡本さんが映っているであろうエリアのみ、データ欠損しているんですけど」
そんなことがあるのか……。
監視カメラだって、このプロジェクトに属するフロアだけで数十台ある。
その中から、あの時間帯、あの場所に限定って……偶然にしては、条件が重なり過ぎている……。
「Okamoto> そうなんですか……すみません、本当に何も知らない……です」
「Hatanaka> 承知しました。この件はシステム班の班長に相談の上、必要に応じてベンダに調査してもらおうと思っています」
「Okamoto> こちらも承知しました。お手数ですが、よろしくお願いいたします」
監視カメラのデータ欠損……。
しかもピンポイントで正確にデータを削除する……おそらく人の手によるもの……。
人に見せたくない映像が録画されているから……?
ってことは、櫻田さんか……??
でも、監視カメラの録画コントローラを扱うアカウントは、皆が共通で使用するシステム管理者アカウントだから、個人の特定は難しい……はず。
『そんなことは朝メシ前だ。該当の映像データ削除時刻と同時刻にシステム・メンテナンス用端末で操作している人物は1人だけだった……当然、犯人は彼だ』
「は、早……これじゃベンダはおろか、某金田一君や某コナン君も要らないじゃないですか」
櫻田さん……元システム班だけあって、システム管理者アカウントのパスワードも入手済みってことか……。
ってゆーか、もうこれ、立派な犯罪じゃね……??
……。
なんか釈然としない……。
身の危険を冒してまで、会社の資産であるデータを削除する……。
そんなことわざわざ犯るくらいなら、最初から会社でセクハラしなければいい……。
その方がリスクが確実に低い……というかリスクゼロだ……なのになぜ?……わざわざそんなリスクを冒すの……??
『みんながみんな、君のようにリスクをヘッジする、とは限らない』
「リスクって危険じゃないですか?……回避できればそれに越したことはないし、せめて低減したいと思いますけど」
『それは正しい……だが、それのどこがおもしろいのか……リスクはテイクすることによってスリルが生まれ、感情も高ぶり、莫大なリターンをも期待してしまうものだよ』
「確かにおもしろそうですけど……それ以上にぼくは恐いですね」
またもやレイカさんと、価値観の違いで少々言い合ってしまった……。
レイカさんからしたら、ぼくの行動が慎重過ぎて、おもしろくないのだろう……だって、元おっさんなんだから……と言い訳してみる。
とりあえず、櫻田さんの件は、警戒こそすれ、今はあまり考えないことにする……。
仮に彼のセクハラを立証しても、ぼくには何の利益もない……はず。
こんなこと考えているだけでも時間がもったいない……だ。
……。
さぁ、仕事、仕事っと。
荒海さんがこちらを見ている……子犬のような素振りが、何かしてほしい風だ……。
「岡本さん、メールチェックお願いします」
「了解です……どこ宛てですか?」
これはいつもの仕事のやり取りだ。
荒海さんが作成したメールの宛先や標題について、誤りがないかチェックする……それとメールのフォーマットについても。
指摘する箇所があったら、モニタに指さして丁寧に説明する……そして彼が理解を示すか否か、仕草や表情からそのフィードバックを受けとる。
「OKです……メール送信しちゃってください」
「ありがとうございます」
ここで、荒海さん、右拳をぼくの方へ向けてくる。
当然ぼくも右拳を彼のものにガツンとぶつける。
彼は、売店にある最後の焼きそばパンをゲットした時の少年のように、ニカっと笑う。
ぼくも負けじと、その少年の幸運を心から祝福する少女のように微笑……んでみた。
職場でのこの一体感が……ぼくにとっては、とても心地がいい。
テレワークだと、こうはいかないな、と本気で思う……オンラインって慣れてないせいか、やっぱり寂しい……早くコロナ禍が収束して、元の密環境になることを願うばかりだ。
……。
今日は何事もなく仕事が終わった。
現在時刻は17:10……朝当番のぼくは、もう帰っていい時間だ。
4台の端末のシャットダウンして、オフィスを出る……その前に荒海さんを含め、システム班のみんなに帰るあいさつをした。
ロッカーからスマホを取り出し、入れ替わりに、特別なICカードをロッカーに戻す。
続いてドアをくぐり、タイムレコーダーの打刻を済ませる。
廊下に繋がる最後のドアを抜け、ぼくは今日も帰途についた。
スマホをおもむろに見る……LINEメッセージあり……おぉ、タクミ君だ……元気にしてるかな?
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・幡中茉莉菜:女性、24歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマンかつ隠れLGBT社員、アツヤの同僚、システム班所属
・荒海千春:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、システム班所属、アツヤとは席がとなり同士で仲良し
・櫻田昌史:男性、48歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、運用班所属、得意技はマッサージとペッティング
・橘拓海:男性、21歳、独身、大学3年生、イケメン




