3話 エンカウント
自宅に着いた。
暗いトンネルのような廊下を抜け、リビングに入る。
テレビのスピーカーから、ニュースを読み上げるアナウンサーの声が聞こえる。その声は感情による抑揚がなかった。
「福岡県博多市在住の桐生麗華さんは、何者かに腹部を果物ナイフで刺され意識不明の重体でしたが、本日22時15分に亡くなりました。福岡県警は殺人事件として捜査を進めています」
視線を画面に向けたところ、女性の顔が映っていた。
笑顔はない。
証明写真のようだ。
それでも美しく整った顔だった。おそらく誰もが振り向かずにいられないような、そんな美貌だった。
ちょっとまて、ついさっき会社のエレベータで会った人ではないか。
あれは夢だったのか。
いや、違う。
そういえば彼女は「見つけた」と言っていた。
何を見つけたのか……?
しばし思考を巡らすが、答えを導けなかった。
時間も時間だったし、サクっと風呂入って、歯磨いて、寝ることにした。
翌日になった。
普段から健康には気を付けていることもあり、休みの日でも早く起きることにしているが、この日に限ってはなぜか起きられなかった。
心配した妻が声をかける。
「パパ、大丈夫?」
「ちょっと体調が悪いみたい。しばらく寝ている」
「そう……」
このしばらくが、丸一日となってしまった。
熱はなかった。
ただ、だるかった。
せっかくの休みなのに、こんなことになってしまって、自分の健康にいまさらながら不安になる。
ぐぅーっとベットに潜りこむ。まるで甲羅に頭を引っ込めるカメのように。
日曜日の早朝4時ごろ。
聞き覚えのある女性の声が頭の中に響く。
声は小さかったが、流麗で威厳があった。
『アツヤ君、おはよう。今日からよろしく頼む』
まどろみの中、心地良いその声に聞き入ったまま、ぼくはベッドに体をゆだね続けた。
『聞こえないのか?私に声かけられて無視した輩は、君が初めてだぞ』
「ど、どなた?夢……?」
『夢ではない。とにかく眼を開き、自分の体を見てみたまえ。』
それは、ふたつ存在した。
パジャマで覆われてはいるが、ロケットの先端のような迫力ある突起が見える。
にもかかわらず、たわわに実った瑞々しい果実のようでもあった。
愛おしくもあり神々しくもあるその存在に、ぼくは目だけではなく心も奪われた。
「……おっぱい?」
『私のだがね。いや、今は君のものだったな』
「……」
窓の外から車が去っていく排気音が微かに聞こえた。
静寂な闇が去ろうとして、代わりに澄んだ光が差し込んでくる。
まるで時間が止まったかのような錯覚の中、『今はぼくのもの』をぼーっと見つめた。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人
・岡本幸菜:女性、58歳、アツヤの妻、主婦