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29話 イヤなことがあってもぼくは会社に行く。

 今日も元気に会社に行く……イヤなことがあっても……ね。

 そう……これがぼくの生きる道だ。


 昨日は、ぼくのとなりの席に座っているブロッカー荒海さんが不在の中、櫻田さんにいいように(さわら)られ、()られる、というひどい一日だったのだ……。


 詳細はこうだ……。

 ぼくが椅子に座っている状態で、櫻田さんが背後から密着する……しかも、背もたれの外側から。

 彼は、身長が180cm近いんで、ぼくに余裕で(おお)(かぶ)さることができた。

 

 ぼくの頭の上に、彼はあごを乗せた……顔を前傾し、上目遣(うわめづか)いでモニタを(にら)む……この時、ぼくの頭は、彼にキスされてしまっていた……。

 さらに肩ごしから両手を伸ばしてきて……おもむろに胸の上に両肘をのせる。

 この瞬間、ぼくというかレイカさんのお胸がアームレスト化してしまう……そして両方の手のひらをキーボードに添え、打鍵するのであった。

 端から見るとほとんど二人羽織(ににんばおり)でかなり滑稽(こっけい)である……ただし、羽織(はおり)レスで、目撃されれば一発レッドカードではないだろうか。


 ま、このような悪夢はさすがに、2日連続では起きないだろう。

 というか、普通の会社ではありえない……ですよね……。


 ……。

 いつもどおりいくつかのドア(トラップ)をクリアし、朝一番にオフィス入りする。

 4台の端末を立ち上げ、業務スタートだ。

 メールやグループウェアをチェックし、勤怠の入力、問い合わせ一覧の確認などをして過ごす。


 ……。

 気がつくと、定時前であるため、社員もボチボチ増えてきた。

 会社ではドレス・コードも秋冬向けに変わり、ネクタイ・上着着用が義務付けられる……なかにはぼくみたいにシャツ1枚の社員もいるけど。


 ここで、荒海さんが襲来(しゅうらい)……じゃなかった、出勤。

 彼はスーツの上下で、ネクタイを着用している。

  15.6 インチのノート PC がすっぽり入りそうな手提(てさ)(かばん)(たずさ)えて登場する。

 彼の見てくれから、一瞬、どんなに困難な依頼でも、ターゲットを確実に仕留(しと)める殺し屋のようで、とても頼もしく感じられた。


 よし……今日はいつもどおりの会社ライフである……気がする。


「おはようございます、荒海さん」

「岡本さん、おはようございます。いやいや、あいかわらず綺麗ですねー……」


 ぼくはあいかわらず綺麗なのか……うーん……。

 ここは、こっちもリップサービスを……。


「荒海さんこそ、そのビッとしたスーツにネクタイ……まるで伝説のスナイパーみたいですよ」

「あはは……光栄です……俺の後ろに立つな、なんてね」

「「あはははは」」


 現在時刻は9:30……朝礼が始まった。

 その場にいた人は席を立つ。空席が目立つのはテレワーカー&休暇人(きゅうかびと)のせい……。

 いつもと変わらず川内さんのありがたい言葉を聞く。


 朝礼が終わると、4台の端末に向かい、仕事再開だ。

 端末はそれぞれ全社員用、プロジェクト作業用、システム・メンテナンス用、インターネット接続用である。

 プロジェクト作業用の端末のメールやグループウェアは、ここ会社でしか参照できない。

 よって、問い合わせ一覧の進捗状況や重要な情報共有などは、ここに集中する。


 昨日休暇だった荒海さんは、メールやグループウェアの掲示板・回覧板など、ひととおり目を通す仕事が溜まっているみたいだ……それでも、荒海さんが声をかけてくる。


「岡本さん、昨日は平和だったかい?」

「いや、平和じゃなかったですよ……」


 ぼくは返答した……それはそうである。

 櫻田さんに大したことのない仕事を依頼され、あまつさえボディ密着されたのだから。


「また、あいつか……櫻田でしょ?」

「はい、昨日は完全にタゲられました……荒海さんがいないからですよ、もう……」


 そうなのだ……。

 ボディ密着の他、頭のてっぺんチューと胸の上側アームレスト化……。

 ぼくがレイカさんだったら、左手・人差し指・第三関節脱臼の刑となっていたはずだ……運のいい人である……。


「えっ!?……マジで?……じゃ、俺、岡本さんに責任取らないとね」

「はい、責任取ってもらいます……よろしくです」


 はい、責任取ってください……。

 ぼくが櫻田さんに(おそ)われたのは、荒海さん、あなたがいなかったから……冗談ですけど。


「「あはははは」」


 荒海さんとの会話は、いつもこんな感じだ。

 お互い、慣れたもんである……意気投合(いきとうごう)とはこういう関係なのでは……とてもグッドな関係だ。


 ……。

 噂をすればなんとやらである……。

 櫻田さん、襲来(しゅうらい)……今度はマジで出勤ではなく襲来(しゅうらい)……。

 でも、大丈夫……今日はブロッカー荒海さんが陣取っていますから……ぼくに近づけないですよー。

 それと、昨日までのぼくじゃないのだ……同じ手は通用しない……から……。


 ……。

 彼は仕方なく、荒海さん越しで、ぼくに話しかけてきた。

 遠いので、ちょっと聞き取りづらいがしょうがない。


「岡本さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが……昨日、幡中さんとはどんなお話を?」

「いや……別に……監視カメラがどうとか……」

「か、監視カメラ……そうですか……ありがとうございます」


 櫻田さんは、荒海さんによって一切ぼくに近づけず、かなりもどかしそうだった。

 気がつくとスタスタと自席に戻って行ってしまった。


 ニヤニヤしながら、フンと鼻を鳴らし、責任を(まっと)うした(かん)満々(まんまん)な荒海さんが話しかけてくる。


「岡本さん、今日は平和なりそうじゃない?」

「はい、そうなりそうです……ありがとうございます」


 ぼくは椅子の上で姿勢を正し、両腕を胸の前にかざす。

 右手を握り、左の手のひらで、右手の(こぶし)を包む……まるで古代中華の将軍が行うようなかっこいい礼をした。


 でも、荒海さんばかりに頼っていられない。

 ぼくはぼくで、防御力を上げないと……今のまま会社に勤めたいから……よし、がんばるぞ。

 さて……どうやって防御力アップしようかしら……。


 ……。

 ここで、全社員用端末のスカイプからメッセージが届く。


「Hatanaka> 岡本さん、少しお時間いただけますでしょうか」

「Okamoto> はい、大丈夫です。何でしょうか?」

「Hatanaka> 監視カメラの映像を確認しました。ですが、一部のデータが欠損していて……何か心当たりありませんか?」


 えええええー……。

<登場人物>

岡本淳也オカモトアツヤ:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている

桐生麗華キリュウレイカ:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある

川内祥二カワウチショウジ:男性、55歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの上司で課長

幡中茉莉菜ハタナカマリナ:女性、24歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマンかつ隠れLGBT社員、アツヤの同僚、システム班所属

荒海千春アラウミチハル:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、システム班所属、アツヤとは席がとなり同士で仲良し

櫻田昌史サクラダマサシ:男性、48歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、運用班所属、得意技はマッサージとペッティング

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