27話 ようやくその日の仕事は終わった。
全社員用端末のスカイプからメッセージが届く。
ぼくが突然LGBT社員となってから、フォロワーとしてお世話になっている愛しの幡中さんからだ。
「Hatanaka> 岡本さん、少しお時間いただけますでしょうか」
「Okamoto> はい、何でしょうか?」
「Hatanaka> 櫻田さんとの仕事の件です。何かトラブルがあったのでしょうか?」
うーん……正直に言うべきか??
ど……どうしよう……。
『幡中君は、櫻田をどうするつもりなのだ?』
「まさか……彼の悪事を暴き、某ドラマのように倍返しするつもりなのでは……」
「Okamoto> いや、たいしたことではないんですよ……ちょっと軽くセクハラされ…… 」
「Hatanaka> セ……セクハラですって……それは聞き捨てなりません!」
『アツヤ君、その表現はストレート過ぎだぞ』
「あわわわわ……受け流すつもりで書いたのに……」
ぼくはこの時、思考停止に陥ってしまった。
しかも幡中さんとのチャットにおいて、レスポンスよく返信しなきゃいけないのに、打鍵も滞ってしまって……。
「Okamoto> えーとですね……セクハラというか密着されたというか…… 」
「Hatanaka> 密着された!?……あ、ありえません!!」
『アツヤ君、彼女とのコミュニケーションが悪化の一途をたどっているぞ』
「あわわ……レ……レイカさん……た……大変申し訳ありません……が……ちょっと、代わってもらえたらなー……と……」
『……やむを得ん。代わろう』
「はい……すみませんが……フォース・チェンジ!っと……」
身体に対する直接制御が、ぼくからレイカさんに変化する。
ダラーっと座っていた姿勢が、ピンっと背筋が伸びると同時に、キーボードの初期位置に両手が配置された。
眼が光ったと思った刹那、信じられないスピードで文字が打ち込まれる……しかも、正確に。
「Okamoto> ご心配かけて申し訳ありません。彼からセクハラ気味な態度を取られたのですが、迷惑であるとはっきり明言し、今後二度としないよう、彼に強く警告しております。また同じようなことがあった場合、幡中さん、あなたに相談させていただきます。従って、今回の件においてはこれ以上、調査不要と考えております」
「Hatanaka> ……承知しました。岡本さんが、櫻田さんと仕事のやり取りをしていた時間帯を教えてください」
「Okamoto> 13:30~14:00 ぐらいです。もう、よろしいでしょうか」
「Hatanaka> 結構です。一応、監視カメラの映像を確認しておきます。ありがとうございました」
……。
「フォース・リロード!」
「あ……ありがとうございます……さ……さすがですね」
『ン……でも、ほとんど嘘であるがな』
「そうですけれど、落としどころはいいと思います……これ以上、騒ぎは大きくしたくないし……」
『まったく同意だ……こんなことで時間を無駄にしたくないからな』
……。
ようやく定時になった。
さ……さっさと帰ろう……。
現在時刻は17:05……こんなに早く帰れるのは朝当番の特権なのだ。
4台の端末のシャットダウンし、オフィスを出る。
ロッカーからスマホを取り出し、入れ替わりに特別なICカードをロッカーに戻した。
続いて、次室でタイムレコーダーの打刻を済ませる。
最後のドアをくぐり、ぼくは悠々と帰途についた。
その時は、監視カメラの映像が基で、騒ぎになるなど想定していなかった。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・幡中茉莉菜:女性、24歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマンかつ隠れLGBT社員、アツヤの同僚、システム班所属
・櫻田昌史:男性、48歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、運用班所属、得意技はマッサージとペッティング




