24話 会社にはいろいろな人がいる。
学校とは違って、会社にはほんとうの意味でいろいろな人がいる
突然、おっさんから若い女性になったぼくが言うのもどうかと思うが、ほんとうにいろいろな人がいるのだ。
社会人に成り立ての人は分かるだろうが、仕事という大義名分の下、かなり理不尽な要求が平気でまかり通る時があったりする……。
特にこのIT業界は顕著かもしれない。
例えば、この櫻田さんだ。
彼はまず、自分がやりたくない仕事はしない、というかなり身勝手な利己主義者である。
たとえ顧客の対応を行う当番の日であったとしても、気が向かなかったり、めんどくさかったりするとやらないのである。
なぜ、やらないのか、聞くと……。
「他にやるべき仕事が山積みだから」
……らしい。
彼のやるべき仕事というのは、顧客はおろか、上司を含め同僚の誰かに頼まれたわけではないこと……それは運用データの分析だ。
具体的には過去と現在の傾向を比較し、現在の傾向が過去データと異なると判断した時、システムに異常があるのではないか、と騒ぐ……とにかく騒ぐ……仮に根拠が希薄であっても。
騒いだ後は、すべてシステム班に丸投げしておしまい、というのが彼得意のワン・パターンだ。
残念ながら彼の分析結果のほとんどは、一時的だったり、アノマリだったりする。
よって、同僚たる我々一同は、彼を無責任なお騒がせキャラとして認定している。
彼が厄介なのは、同僚に迷惑かけている、とはこれぽっちも思っていないことだ。
むしろシステムの異常となる前に警告したという、先見性を強くアピールしてくる……これにだまされるのは運用の班長くらいである。
すなわち、このような彼が相談を持ちかけてくる、ということは少なくともウェルカムではない……。
でも、無視するわけにもいかないので、話を聞くことにする。
「櫻田さん、何でしょうか?」
彼は無言で、本来荒海さんが座るべき椅子に座ったままスライドし、ぼくのとなりまでぴったりと寄せてきた。
そして、ぼくの端末の画面を見て、説明する。
「メールを見てみてください。あっ、このメールです。岡本さんに対応してほしいんですが……」
メールを見る。
ある法人ユーザアカウントのパスワード初期化などの対応だった。
「えっ!?……これって、運用班の担当じゃないですか……なぜ、ぼくが?」
「いやー……今日、私が担当になってて……ちょっと、手放せない急ぎの仕事があり、それで岡本さんに……」
「えーと……システム班のぼくではなく、運用班内でディスパッチしてもらっていいですか」
「いやー……私もそう思ったんだけど……みんな、忙しいみたいで、断られちゃったんですよ」
そーゆーことか……。
運用班において、誰にも引き受けてもらえていないのか……。
彼に塩を送る義理はないが、顧客も困っているだろうし、とりあえず依頼を承諾する。
「承知しました。そのような理由であれば、こちらで引き取ります」
「岡本さん、ありがとう。恩に着ります。助かったー……」
いきなり彼は、椅子から立ち上がりぼくの背後に回る。
ぼくの両肩に手を置き、おもむろにマッサージを始めた……。
「岡本さん、お礼に肩こりを解消して差し上げます。さっ……さっさと仕事を片付けましょう」
はっ!?……自席に戻らないの?……ってゆーか、マッサージ上手だな……まいったぞ、こりゃ。
ちょっと待て……ぼくがおっさんだった時は一度もこんなことされたことないぞ??
……このままで……だ、大丈夫か??
「あ、あの……手放せない急ぎの仕事は大丈夫ですか?」
「あー……大丈夫ですよ。戻ったら瞬殺しますから。それより、お願いした仕事を片付けちゃってください。私は後ろで見てますんで」
もー……後ろに立たれた上に肩を揉まれまくり……しかも、モニタをガン見されてる……あのー、仕事しにくいんですけどー……と叫ぶ……心の中で。
それにしても、ちょっと彼キモいな……仕事無茶振りしてくる櫻田さんが、ぼくの肩をマッサージって……どういうつもり??
この状態はとても危険な気がしてならない……とりあえず、自席に戻ってもらおう……。
「あの、櫻田さん……後はやっておくんで自席に戻ってもらっていいですよ」
「岡本さん、困るなぁ……岡本さんがちゃんと仕事をし終わるまで見届ける義務が、私にはあるんですよ。ですから、気にせず仕事を続けてください」
き、気にせずって……肩を揉まれながら、キーボード打てないでしょ……と心の中でツッコミつつ、この男の対処に為す術もなく途方に暮れてしまった……頼りの荒海さんは居ないし……ど、どうしよう……??
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・荒海千春:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、システム班所属
・櫻田昌史:男性、48歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、運用班所属、得意技はマッサージ




