23話 荒海さんがいない……
会社があるビルに着いた。
いつもどおり地下1Fから入る……ここで、ビルの非常用出入り口専用ICカードをかざす。
目的フロアまでエレベータで昇る。
そして、会社の入り口ドアから、自席に着くまでは認証の嵐だ。
3回も開けなければならないドアを解錠するには、社員証、指紋、特別なICカードと、それぞれ別の認証メディアが必要になってくる。
さらにタイムレコーダーの打刻やら、スマホなどのデバイスの職場持ち込み禁止からのロッカー預けなど、自分の席に着くまでの対応工数がハンパない。
どんだけセキュリティ・ガチガチなんだよ……いまさら思ってしまうが、特別な職務であるから致し方ないとあきらめる。
自席に着いた。
4台の端末を起動し、仕事に着手する。
端末起動にしばらく時間を要する……ここでほっと一息だ。
……。
慣れ親しんだこの職場……今回のLGBT騒動で首にならなかったのがうれしかった。
会社にとっての社員は、仕事をすることが大事で、見てくれなんて関係ない……のだろう。
……と真意は定かではないが、一方的に納得する。
むしろ、おっさんより容姿端麗なレイカさんの方が全然いいはずだ。
……とさらなる自分の優位性を誇張する……心の中で。
自分の存在理由について、いろいろ肯定していたところ、ふと、ドアに掲げられている社員の行動予定表を見た。
今日は終日、となりの荒海さんが休暇だった……。
えもいわれぬ寂寥感に襲われる……。
となりの席がポカンと空いてしまっている。
……しかも、今日まるっと一日……もだ。
『アツヤ君、君はとなりに誰かいないと仕事ができないのか?』
「そんなことないです……ただ……ちょっと、さみしいなと」
ぼくはとなりで仕事している荒海さんがお気に入りなのだ……同じおっさんということで……今は違うけれど。
日々欠かさないアルコール摂取やマニュアル・シフトの自動車をこよなく愛するおっさんだが、正義感もあり、仕事も真面目にこなしている。
たまに業務中、寝落ちしちゃっている……けど。
そんな彼がとなりにいるだけで、ぼくは孤独感から解放されるのだ。
この寂しいという気持ちの克服は難しい。
今日は定時になったらさっさと帰ろう。
仕事に限らず、人はやっぱり誰かと思いを共有したい、繋がっていたい……なはずだ。
何でもいい……さすがに犯罪はまずいけど……自分がやっていることを肯定されて……褒めてもらいたいし、鼓舞してもらいたい……なはずだ、間違いなく。
ぼくと荒海さんはもう信頼関係がMAXなのだ……持ちつ持たれつモードですよ、ほんとうに。
……。
とにかく定時退社時刻である16:45までがんばろう。
ここで、やることやっておかないと絶対後悔してしまう。
サラリーマンって、自分の人生という時間を売って、お金を稼ぐ商売である……と、いまさらながら確認してしまう。
仮になんにもやることが無くても、仕事ということで、オフィスに居なくてはならない……要は会社に自分が拘束されるのだ。
逆のことを言うと、仮に仕事で成果を出せなくても、会社に居さえすれば給料がもらえる、というすばらしいシステムだったりもする。
これは、これでいい……。
いろいろ理屈を捏ねて自問自答していたら、いきなり荒海さんの椅子に誰かが座った。
「岡本さぁーん……ちょっとお願いがあるんだけどー……」
となりの班である運用班の櫻田さんだ……システム班に何の用事だろ?
いつも彼をブロックしてくれる荒海さんがいないので、今回に限ってぼくのところまでたどり着いてしまったようだった。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・荒海千春:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、システム班所属
・櫻田昌史:男性、48歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、運用班所属




