17話 会の解散……そして、
「もう飲み物も尽きたし、そろそろ店を出ようか」
ぼくは話を切り出した。
もう夜の7時だし、家に帰り入浴などやることをやって、明日の出勤に備えたかったからだ。
「イヤーっ!……アツ姉と別れるのはイヤだぁーっ!」
リンさんはとなりのタクミ君をハグならぬベアハッグで締め上げ、彼の心臓が収まる左胸に額をグリグリ押しあてていた
彼はリムレスのメガネがまっ白に、逆に目元がまっ暗になっていた。それと数本の縦線が見えた……気がする。身体を小刻みに震わせながら、静かに口を開いた。
「アツヤさん、不躾で申し訳ありませんが、連絡先を教えていただけますか」
「ぼく、アツ姉とLINE交換しない限り、テコでも動かないんだからー」
ことを穏やかに収めようとするクールな彼と、わがまま全開でアグレッシブな彼女の態度がとても対照的だった。
2歳の年の差で、ここまで言動が違うのか……と感心してしまう。
いや、こりゃもう性格の違いだよな……。
電車内痴漢さわぎの反省会?のオチとしては、悪くなく思えた。
せっかくここまでお互いお近づきになれたのに、永遠にさよならじゃさみしいし、ぼくも彼らと繋がっていたかったのだ。
連絡先を交換しておけば、後日会いたいと思った時のアクセス手段になる。
ただし、個人情報なので相手が信頼できる人でないとリスクが生じる……が、まさかヤクザじゃあるまいし問題ないと判断した……その時は……。
「そうだね、LINEを交換しよう……それとリンさん、電車内でさすがにアレはダメだから」
「えへへへへーーー……気持ちよかった、アツ姉?」
タクミ君へのベアハッグ&頭突きは終わっていた。
彼は自分の胸あたりをさすっている……がっちりした身体の持ち主なんで大丈夫だろう。
イタズラ顔で笑うリンさんが、運動会のかけっこで一等賞をとった時の小学生のように得意げ満面だった。
くっ、この娘、悪気ないんだな……困った娘だ。
しかも、かわいい……ちょっと触れてみたい……まいったな。
『アツヤ君、彼女にエロいことしようとしているな』
「し、しませんって……」
『じゃあ、彼とヤるつもりか?』
「レ、レイカさん……」
……。
ツッコミはリンさんだけだと思って油断していたら、まさかのレイカさんキラーアタック。
こんなにぼくの感情を読み取れるなんて、ほんとうにレイカさん自律型AIなの?と勘ぐってしまう……。
ぼくはこのすばらしい友情を健全に育もうと企んで……じゃなかった、育くむつもりなのに。
2人とLINE交換して店を出る。
この会の支払いは最も年食ってるぼくの役目だ。
「自分の分はぼく払います。いくらですか?」
「アツ姉、ごちそうさまでした!」
ぼくはふたりの言葉をそれぞれ予測していた。
もうふたりのイメージは完全に出来上がっている。
ここで要注意なのは、間違いなく彼女のほうだ。
下手したら、彼女にはやられっぱなしになるリスクがとても高いと分析、対抗手段を考えることにした。
「タクミ君、まだ学生だろ?ここは社会人のぼくに任せて。それにぼくは君に救われ、感謝しているんだ。ありがとう」
「そんな……すみません……今回はアツヤさんのお言葉に甘えさせていただきます」
タクミ君、ほんとうに君のことが好きになりそうだよ……当然、心の中。
店の前から2人と別れる。
彼らは駅の方に向かい、歩いて行ってしまった。
ぼくと違ってここ葛西が最寄り駅ではないのだろう。
今度会うのはいつになるのだろうか……寂しくもあり、これからどんなことが起こるのか少し期待しつつ……おもわず口元がほころびてしまう。
さて、自宅に帰るとしようか。
顔を上げる。
やや猫背気味だった状態から、ピンと背筋を伸ばした。
明るい街灯が煌めく中、ロングヘアをなびかせ、颯爽と歩き出す。
……が、歩き出した瞬間、右手を握られる感覚がした。
振り向くとそこに……。
リンさん!?……なんで??
『彼女の行動は予測できるんじゃなかったのか』
「……自意識過剰でした」
ここにはもうタクミ君はいない。
この状況の打破は、自力でなんとかするしかないみたいだ。
しょせん小娘一人、なんとでもなるだろうと甘く見ていたぼくの考えが、とても浅はかだったことが証明されることになる。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマンかつ公認LGBT社員、人格は変わらないが、外観はレイカになっている。電車内痴漢さわぎに巻き込まれた
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・橘拓海:男性、21歳、独身、大学3年生、イケメン、電車内痴漢さわぎに巻き込まれた
・鈴原倫:女性、19歳、独身、大学1年生、電車内痴漢さわぎを巻き起こした