14話 仕事オワタ。
会社の窓際に掛けてある時計を見た。
現在時刻は16:30。
15分後の16:45で一日の勤務が終わる。
勤務が8:00から開始する朝型にシフトしているゆえ、この時間に会社から解放される。通常勤務の場合は9:30~18:15だ。
終業時間ピッタリに帰ると、業務中に帰り支度をしていたように思われる……ので、避ける。
たいがいの社員は終業時間から10分~20分くらい、のらりくらりと過ごして退社するのだ。残業代も少し稼げるので一石二鳥でもある。
「荒海さん、メールチェックとかありますか?」
「うーん、今日はもうないと思う。また明日、よろしくお願いします」
「承知しました」
どうやら、予定どおりに退社できそうだ。
今日一日仕事をしたが、ぼくがレイカさんになっても、仕事自体は問題なくできた。
まっ、ヒューマン・コミュニケーションでいくつかトラブルがあった……が、それもなんとか乗り切った。
ちょっとした自信が一段積み重なる。
今までどおりこのまま仕事を続けていける手応えも感じた。
仕事について考えてみる。
社員は仕事をちゃんと遂行してさえすれば、その人が男性だろうが、女性だろうが、LGBTだろうが、会社にとってはどうでもいいことなのだろう。
会社は持続するということが最優先課題だ。
この課題を解決するために顧客から注文を受け、社員を働かせ、対価をもらって、利益をひねり出す。そのサイクルを年度ごとに繰り返すようにすればいい。
もちろん事業拡大とか、グローバル展開とかもする必要があるかもしれないけれど、それは社長とか、役員とかのお偉いさんのミッションだ。
ぼくはとりあえず目の前にあるミッションをこなせばいい。
だからぼくの仕事は変わらない。
そして今は、レイカさんの身体で仕事をしている。
仕事の対価として、会社から給料をもらい、家族に還元し、さらに社会に還元して、経済を回していく。
単純だが、日々その繰り返しを定年までずーっと実行していくのがサラリーマンだ。
フムフム……と自分の考えについて感慨にふけっていると、レイカさんが声をかけてきた。
『アツヤ君、君の話を聞いていると、なんか夢も希望もないな』
「えっ!?……だって、夢とか希望とかの前にまず現実ですよね?」
『リアリストだな、君は。それも悪くはないが、私に言わせればそれのどこがおもしろい?だ』
「……そうですか……」
このレイカさんの発言には正直びっくりした。
ぼくが今までアタリマエだと考えていたことが、瓦解して崩れていくような……そんな気がした。
『アツヤ君、君が私のこの身体を得たのに、楽しもう・遊ぼうとしないのが極めて遺憾だよ』
「えっ!?楽しむ・遊ぶ……ですか?」
『そうだ。さっきも幡中さんにやられっぱなしだったではないか。なぜハグの倍返しをしないのだ?』
「えぇ!?ハグの倍返しって……」
確かにそうだ。
やられっぱなしだった……。
そういえばユウにしろ、幡中さんにしろ、ずっとやられっぱなしではないか……。
……このままやれっぱなしの人生……になるのか……。
『アツヤ君、なにも一人で答えを導き出す必要はない。私を利用したまえ』
「えっ、レイカさんを利用する、ですか?」
『そうだ。今の私はしょせん自律型AIでコピー品かもしれないが、彼女の矜持に従って発言しているつもりだ』
「……レイカさん」
なんて、心強いんだ、と思う反面……。
彼女が居なくなったら、途方に暮れるのではないか、といった不安もよぎる。
それにしても、レイカさんの身体を楽しむ、遊ぶって、なんかエロくてヤバくないか!?
逆にそこには触れようとせず、いつもどおり過ごすことが、ぼくの本懐だと思っていたからだ。
……そうではないのか?……なら、どうする?
会社の窓際に掛けてある時計を見た。
現在時刻は16:55。
4台の端末をシャットダウンする。
女子トイレに行く……戻ってきて、クリアデスク&帰り支度をする。
最後に自席のまわりの同僚にあいさつして、帰途についた。
<登場人物>
・岡本淳也:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、人格は変わらないが、外観はレイカになっている。会社でLGBT社員として公認された
・桐生麗華:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある
・岡本結太:男性、15歳、アツヤ/ユキナの息子、中学3年生
・幡中茉莉菜:女性、24歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、隠れLGBT社員
・荒海千春:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚、アツヤの隣で仕事がしたい




