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10話 会社でのコミュニケーション

 ぼくが仕事で使う4つの端末は役割が違う。

 役割はそれぞれ全社員用、プロジェクト作業用、システム・メンテナンス用、インターネット接続用だ。

 全社員用とプロジェクト作業用の端末ではメールを扱う。

 全社員用はテレワークでも使え、自宅からもアクセスできるので休み中でもメールが読めた。

 プロジェクト作業用のメールは、会社に来ないと読むことはできない。1週間ぶりだったので100件ほど溜まっていた。メールの内容によってはほとんどスルーできたり、対処済みだったりで、ぼくが行うべき作業はそんなに無かった。

 グループウェアの共有情報にアクセスしたり、仕事のファイルを開いたりしていると同僚が出勤してきた。


「おはようございます!」

「お……おはようございます」


 ぼくも折り返しあいさつする。

 彼女は同僚の幡中さん。この部署の紅一点だ。ぼくをチラっと見て会釈し、自席の方へ行ってしまった。いつもと変わらない仕草でほっとする。


 それから課長およびその他3名ほどが来て、朝のあいさつを交わす。

 彼女と同じく、ぼくをチラっと見て、自席に移動する。


 上司で課長の川内さんには、彼の席の側まで行き、一言あいさつをした。


「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

「あぁ……こちらこそ」


 自席に戻る。

 隣の荒海さんも来た。

 同じくあいさつを交わす。

 彼はぼくを見て、少しギョっとしたようだった……。


 時刻は9時30分になった。

 朝礼が始まる。

 その場にいた人は席を立つ。空席が目立つのはテレワークしていたり、休暇を取得している人がいるからだ。

 川内さんからのありがたい言葉が続く……最後に一言あった。


「今日から復帰した岡本さんだが、見てのとおりだ。各位、今までと同じく接するよう強く望む」

「「「「「はい……」」」」」


 LGBTに寛容な社風でとりあえず助かった、と胸をなでおろす。

 ……と同時に、実は先手を打っていたことを思い出す。

 フィジカル・インポートが完了した日、上司の課長と上位上司の部長にメールしたことだ。

 メールの中身はこんな感じである。


「正直に言います。

 私はLGBTです。

 次に出社した時にはおそらく見た目は女性になっていることでしょう。

 ですが、仕事は今までどおり、いや今まで以上に取り組ませていただきます。

 会社のみなさんに迷惑をかけないこともお約束します。

 ですから、お願いです。

 今までどおり、私を一人の社員として扱ってくださると幸いです」


 要は前々から、ぼくがLGBTであることをカミングアウトしていたのだった。


『あのメール、効果覿面こうかてきめんだったんじゃないか?』

「そうですね。一週間前にメールしたのでそこそこ猶予があり、会社側で対策を練る時間があったのも大きいですよ」

『越後屋、お主も悪よのう……』

「いえいえ、お代官様ほどでは……」


 ……。

 いろいろ経緯を思い出していたところ、隣の荒海さんから声がかかる。


「岡本さん、ポータルアップロードとメールのチェックをお願いします」

「了解です」


 座席ごとスーっと移動し、いつもどおり荒海さんの脇にぴったり寄り添う。

 そして彼が操作する画面に目を向け、ポータルサイトへアップロードするファイルの中身をチェックする。

 続けてメール文面も同様にチェック。

 指摘箇所を画面に手を伸ばし、指でフォーカス……どこをどう直すべきか伝える。


 ぼくが説明している時、荒海さんの反応が鈍いんで不思議に思い、彼の顔をチラっと見た。


 彼はぼくの指先ではなく、胸を見ているようだった。

 そりゃそうですね、彼もオスですよ、オス……。

 100Jという尋常ならざるサイズのレイカさんお胸は、破壊力ハンパないですから。

 そんなのが間近に来たら、ガン見できなくても、チラチラ見てしまいます……よね。

 ……ったく、男という生き物は、と上目線でつぶやく……心の中で。


 一応、ぎこちなくではあったがチェック作業も終わり、彼はファイルのアップロードとメール送信を行った。


 作業が完了した彼はニコっと笑い、右手のこぶしを突き出す。

 ぼくも右手のこぶしを突き出し、ゴチっと彼のこぶしに軽くあてた。


「やっぱり岡本さんだ。こりゃいい。これからもよろしく頼みます」

「いえいえ、こちらこそ……よろしく頼みます」


 彼が言葉を続ける。


「先週なんだけど、オレの隣にスゴい妖怪が来たらイヤだなーって思ってドキドキしてたんだ。でも今の岡本さんはとても綺麗だし安心したよー」

「スゴい妖怪なんて……ひどいなぁー」


 彼はグリグリとさらにこぶしを突き出してきた。

 僕も負けてられないと思い、左手のこぶしも参戦させ、両こぶしでグリグリ押し返す。

 そして、ふたりして笑う。


「「あははははは……」」


 気がついたら、彼も両こぶしでグリグリ。

 ぼくは支えきれず、おもわず両手のひらで彼のこぶしを包み込んでいた……。


 この和やかな雰囲気もここで終了……。

 いきなりキツい声がオフィス中に響いた。


「そこまでです、ふたりとも!」


 両腕を胸の前で組み、まゆを少しつり上げた幡中さんが、ぼくらの脇に立っていた。

<登場人物>

岡本淳也オカモトアツヤ:主人公、男性、52歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、人格は変わらないが、外観はレイカになっている

桐生麗華キリュウレイカ:女性、25歳、独身、ニューロ・コンピュータ・サイエンスなどなどの権威、故人、自律型AIに生前の人格をコピーし、DCのサーバに潜伏する。アツヤとは脳内チップを経由して会話する。古武術の使い手でもある

川内祥二カワウチショウジ:男性、55歳、妻子あり、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの上司で課長

幡中茉莉菜ハタナカマリナ:女性、24歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚

荒海千春アラウミチハル:男性、53歳、独身、IT企業に勤めるサラリーマン、アツヤの同僚


・2020.9.18.Fri 誤字等修正しました。

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