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紅玉の瞳クラウディア その5 ☆

 * * *


「さあ、降伏してくれりんごちゃん。女の子はあまり傷つけたくないんだ」


 黒髪の少年は剣を突き付け、私に降伏を勧告してきた。


 私が……負ける……?

 そう思った瞬間、蓋をしていた記憶が一気に溢れ出した。


 私は三人兄妹の末娘として生まれた。

 優秀な兄と、天才肌の姉。

 小さい頃の私は、自分にも特別な才能があると思っていた。

 しかし……学力も、運動も、芸事も、私は平凡だった。

 私は努力した。ものすごく努力したが……才能というものは、まるで開花しなかった。


 テストで、部活で、コンクールでも優勝を取れなかった。

 何故かここ一番の勝負に勝てないのだ。

 周囲の期待の目は、いつしか疎ましいものを見る目へと変わっていった。


 ”どうしてお前は一番を取れないんだ……”

 ”落ちこぼれの妹ちゃん……”

 ”このグズが……”


 私は現実から逃げるように空想の世界へと入り浸った。

 物語の主人公は輝いていて、自分にないものを持っていた。

 私は主人公に憧れるようになっていた。


 ようやく叶ったのに。

 ようやく主人公になれたのに。

 この闘いに負けると、全てが崩壊するような気がした。


「……。……だ」

「うん?」

「……やだ、やだやだ! 負けるなんて絶対に嫌ッ!」


 私はまだ負けてない! 

 クラウディアなら……クラウディアなら負けない、諦めない。

 だからクラウディアはここで負けられない!!


『メルトイラプション!!』


 心にマグマのような激情が沸き立ち、呪文を口走らせる。

 周囲が轟音を出して大爆発するけど、最早関係なかった。


「私は負けない……私は落ちこぼれじゃない……私はグズじゃない……」


 感情が次々と溢れ出し、涙が止まらなかった。


「……禁忌解放伍式きんきかいほうごしき

同響調和ハーモニクス・ユニオライズ


 クラウディアが使った切り札で、”深淵の禁忌”と呼ばれる術。

 術を解き放った瞬間、私の意識が途切れた。


 * * *


 意識が、身体から切り離される。

 意識が、心の奥深くへ沈んでいく。

 深く、深く。ずっと奥深くへ……。


 沈んでいる間、私はあるビジョンを垣間見ていた。

 クラウディアの過去だと、すぐに分かった。



 クラウディアは類稀な魔術の才能……”紅玉の瞳(クリムゾンルビー)”を持って産まれる。

 無自覚に自然災害のような魔法を使う彼女は、幼い頃から忌み子として恐れられていた。長い間虐待を受けた彼女は、ある日魔力が暴走し、両親を焼き殺してしまう。


 荒れ狂う彼女を救ったのは一人の老婆……魔法学園アカデミアの学園長。クラウディアの瞳と記憶を封印して、魔法学園の生徒として迎え入れたのだ。


 クラウディアは学園で知り合ったアナスタシアという少女と共に、魔術師の才能を開花させていく。彼女達は長い年月を学園で共に過ごし、親友と呼べる存在になった。


 しかし、平和な日々は突如引き裂かれる。軍が戦争の道具として魔術師を徴集するようになったのだ。特別な血筋のアナスタシアは真っ先に取り立てられ、とある儀式で半人半魔の魔装兵器へと変わってしまう。


 黒い翼を靡かせて戦場を飛び、敵国の兵士に死を運ぶ彼女は、死翼の天使(デスエンジェル)と呼ばれた。彼女は非常に大きな戦果を挙げたが、力の代償として自らの命を削っていた。


 あと数ヶ月でアナスタシアが死ぬという事を知ったクラウディアは、彼女の救出を決意する。そして……彼女は封印された記憶と”紅玉の瞳”を取り戻す。



 ……このビジョンは、波乱に満ちた彼女の人生そのものだ。

 宿命を背負った主人公としての人生。

 平凡な私とは全てが違っていた。


 私は深海へ潜るように沈んでいき、心の最深部へ辿り着く。

 暗闇の奥底であり得ない人物と遭遇した。

 クラウディア……私の憧れの女性。

 彼女は裸のまま体育座りをしていた。


「クラウディア――」

「アナスタシア……何処にいるの……?」


 私は――変わり果てたクラウディアを見て、ショックを受けた。


 地面を虚ろに見つめながら、ぶつぶつと呟く少女。

 瞳には泣き腫らした跡があった。

 クールで、情熱的で、不屈の信念を持った格好いいクラウディア。

 そんな彼女に会えたと思ったのに……目の前の少女にその面影はなかった。


「あの子を助けないと……。早く……早く……。でないと、あの子が死んでしまう……!」


 その言葉に背筋が凍る。

 それは、バッドエンドで呟いたクラウディアの台詞……!


 ゲームがそこまで得意ではない私は、一周目でアナスタシア救出を失敗してしまった。

 バッドエンドの彼女は悲惨なものだった。

 アナスタシアを失った彼女は魔力を暴走させ、破壊の限りを尽くして国を滅ぼし、助けられなかったアナスタシアに侘びて自らの炎に灼かれ自殺するのだ。


 何故彼女がこの台詞を呟いたのか。

 まさか……、まさか!!


 私がこの世界に来てから早二ヶ月。

 クラウディアの中では、アナスタシア救出を決意してから二ヶ月経っている事になっている……!?

 そう勘違いしているのであれば大問題!


 私はこの世界で、アナスタシアを()()()()()()()()()()()()()んだから!!


 * * *


 りんごちゃんが蒼い炎に包まれて、はや数分。

 彼女は俯いたまま動かなくなっていた。

 俺含め、試合を見ていた全員が困惑していた。


「一体どうしたってんだ……」


 対応に困っていると、急に彼女が動き出した。

 彼女は虚ろな目で周囲を見回す。


「アナスタシア……何処……?」


 な、何だ? 様子がおかしい!


「りんごちゃん、一体どうした!?」

「……違う、貴方じゃない。……アナスタシア、何処にいるの……?」


 俺の心配を華麗にスルーして、彼女は必死に辺りを見回す。

 アナスタシア? もう一人のヒロインが……何故急に出てきたんだ?


「なあ、急にどうしちまったんだよ、りんごちゃん!」

「邪魔をしないでッ! 私はあの子を助けないといけない!!」


 少女の声は演技とは思えない程逼迫していた。

 ……おかしい。目の前の少女は、今まで闘っていたりんごちゃんなのか?


「君は……誰だ?」

「……」


 彼女は冷たく、睨みつける目で俺を見据えた。


「そう、貴方……機関の者ね? 私の友人をあんな姿にさせて……! 許せない。絶対絶対、許せない」

「待て、違う! 俺はユーリだ。君と同じ異世界転移者だ! 機関なんて知らない!」

「しらばっくれないで! 私のアナスタシアを返してよ!!」


 だめだ、まるで話が通じない。

 彼女、本当にどうしちまったんだよ!


「私はクラウディア! 私の大切な人を奪った存在は全部、全部、全部……灼き尽くす!!!」


 赤い瞳を憎悪に輝かせて、少女は悲痛な叫びを上げた。

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