半人狼ワァフ その2 ☆
得体のしれない黒い気配が、少年の体全体に纏わり付く。
例えるなら闇の塊と言うべきか。
少年は、ヒトの形を黒一色に塗りたくったような、何かに成り果てた。
黒色のヒトガタの中で、目と口だけがハッキリと視認できる。
なんだあれは? あいつ一体何をしたんだ?
「ガッ、ガガガガッ…………肉ゥ」
黒いナニカは、こちらを見てニタリと大きく口を開けた。
目と口しか見えないが、間違いなく愉悦の表情をしている。
黒いナニカが一瞬で距離を詰め、抉るような爪撃を放ってきた。
ガキガキガキィン!
くっ、早い! それに力が増している!!
「喰ワセロ! 肉、喰ワセロ!!」
口を開け、だらりと唾液を出すナニカ。
なんだコイツは? 最早、少年とは別の存在だ。
荒々しい爪撃の連打を剣で捌いていたら、黒いナニカが大きく口を開けた。
「グルォォォォォォォ!!」
「ぐあっ、痛ってえ!」
左腕を噛まれた! まるで獣そのものだ!
シャーマニズムで一体何の霊を降ろしたんだよ!
「クソ、離しやがれ!」
『流渦槍!』
俺は右手の剣で、渦のように風巻く突きを放つ。
「グルァァァァッ!」
吹き飛ばされて、ようやく俺の腕を離す黒いナニカ。
腕には深く噛み跡が残り、血がぼたぼたと零れていた。
危ねえ、下手すると噛みちぎられる所だった。
止血したい所だがそんな時間はない。
幸い腕は動くし、痛みは我慢するしかない。
「マズイ! オ前、美味クナイ!」
「ダガ渇ク、肉ガ足リヌ! モット喰ワセロ!!」
謎の降霊術でパワーが上がり、スピードも早くなったが、その程度だ!
動きを捕らえろ! 獣じみてるとはいえ、所詮人間の動きしか出来まい!!
黒いナニカ……黒狼とでも言うべきか。
黒狼は口から舌を覗かせて、四つん這いで疾走してきた。
完全に俺のこと食い物としか思ってねえ!
クソ、そっちがその気なら、やってやる!
『流刃斬!』
襲いくる黒狼の頭を吹き飛ばすつもりで、スキルを発動する。
一見スキルが命中したように思えた。
ギャリッッ
しかし、黒狼は歯で剣を防いでいた。
「何だと!?」
「フーー! フーーーッ!!」
興奮した黒狼は剣を咥えたまま、暴れまわる。
くそ、なんちゅう顎の力をしてやがる! 剣を奪われそうだ!
……いや待て、徒手空拳でも問題ないか。
俺はすぐさま剣を手放してスキルを発動する。
『双炎拳!』
黒狼は俺の双拳を受け、吹き飛ばされた。
そのままシュババと距離を取り、ぺっと剣を吐き出した。
舌を切ったのか、口からつっと血が出る。
黒狼はこちらを忌々しげに睨みつけるが、直後、様子がおかしくなった。
「……グッ、ガガガガッ」
「グルァァァッ! グルガアアァァッ!!」
悶え苦しむ黒狼。何もない場所で手を振り回したり、喉を掻き毟ったりしている。
何だ? 何をしている?
錯乱した行動を十数秒間続けて、ぴたりと急に静止した。
その後ばっとこちらを見て、四つん這いで疾駆してきた。
さっきよりも早い!
『クッ……、開眼!!』
スローモーションの世界で黒狼を観察する。
よく見ると、眼が金色へと変わっていた。
分析をしてみたが、やはりあの姿は術によるもの。ラーニングはできない。
氣の性質は読みきれないが、見たことのない赤黒い血管のようなものが、頭から心臓、両腕と両足に行き渡っているのが見えた。
どくん、どくんと体全体へ、赤いナニカを行き渡わらせていた。
推測に過ぎないが……、この術は力が増すかわりに、凶暴化が進み制御できなくなるのではないか。
今の状態は暴走と言っていいほどだ。
こんな状態じゃ恐らくスキルは使えない。本能のまま襲う獣でしかない。
スキルを使わないんじゃ、相手をする価値がない。そろそろ幕引きといこう。
じゃあどうやって倒すか、というと少し悩む。
拳法家の少年からラーニングした技を使ってもいいんだけど……さすがに連発すると俺がラーニングできる事がモロバレになるよな。
スロー世界で、ううむとネタを考える。
ぴんと閃いた。
あの技、使えるんじゃないか?
もし暴れられてもアレで押さえられるし……。
うん、いけそうだ。試してみるか。
俺は開眼を解除する。
口を大きく開けた獣が、すぐそこまで襲いかかってきていた。
『突進!』
「ギャウッッ!!」
俺は飛びかかってきた黒狼にカウンターする形で、ショルダータックルをかます。
一瞬宙に浮き、二人してずさぁとグラウンドに倒れ込む。
黒狼は俺の喉元を噛み千切ろうとしてきた。
させるか!
俺は黒狼の攻撃を躱して背後を取り、片腕で首の頸動脈を圧迫し、もう片腕でガッシリと固定した。
そう、これこそプロレスの技――
「スリーパーホールドッ!」
高らかに技名を宣言する。
うん、SPが減った気配はないね!
スキル認定されなかったのは少し残念だが、この技、存在を知ってても実際に使ったことなかったしなあ……。
当然ながら黒狼は暴れに暴れた。
爪で引っ掻きまくるし、体全体を使って大暴れした。
しかし、それも想定済みよ。
『頑健!』
締めを継続した上で俺はスキルを発動した。
これで引っ掻きなど何のそのだ。
防御スキル発動中には体が硬化する特徴がある。
要するに、より強固に締まるいう物だ。
気付けば、黒狼状態ではなく少年の姿に戻っていた。
バンバンと地面を叩いてタップするが、俺は手を緩めない。
決闘はプロレスルールじゃないんでね。このまま落とさせてもらおう。
声にならない声を出す少年。
しばらくすると、全く反応がなくなった。
――落ちたな。意識的な意味で。
ホールドを解除して少年を開放する。
少年は白目を剥き、口から泡を吹いていた。
「勝者、ユーリッ!!」
ワアアアアアアッ!!
かくして決着は付いた。
あの黒狼が何だったのか、今となっては分からない。
闇の力を纏って変身するなんて、ちょっとダークヒーローっぽいけどな。
力を制御できれば闘技者として化けるかもしれない。
少年の今後に期待するとしよう。




