世界を選択
ようやく移動し始める3人。
「あ、もうこんな時間! 日暮れまでに探索しないと!」
アイリがそんな声を上げたので、取りあえず遺跡を簡単に探索してここを離れることに決まった。
「≪眷属ネットワーク≫」
「——コネクト開始。……完了しました」
俺は、施設の中を歩きながら停止状態になっている機械蜘蛛を発見しては眷属にしてる。
今眷属にしたので5体目だ。
この【眷属ネットワーク】で眷属にした蜘蛛の機虫たちは『バグズ』ではなくなるようだ。
支配していたクィーンが『バグズ』になってたから、眷属たちもそうなっていたらしい。
今では俺の指示に従ってくれるだけじゃなく、ある程度はそれぞれのAIが自己判断で行動してくれている。
試しにと、眷属にしたらすぐ施設内に放って探索を手伝ってもらった。
その蜘蛛機械から得た情報によると、この施設は地下1階と地上2階がある建物らしい。
俺たちが居るのは地下だ。
さらに眷属たちが調べたところ、地下に停止している機械蜘蛛はもういないようだった。
さっき巨大蜘蛛と戦った部屋には無数の残骸があったし、違う階にも残っていないのかもしれない。
「おぉ、これはまだ使えそう! ハヤテさんこっち来てー!」
俺と少し離れた所では、アイリが部屋のあちこちを漁っていた。
使えそうなものを発見するたびに、俺の【次元収納】に詰め込んでいってる。
このスキルはやはり相当に珍しいらしく、実際に使って見せた時のアイリの驚きようは手品を初めてみた子供のようだった。
どうなってるのかとか、どうやって出したり入れたりしてるのかとか矢継ぎ早に聞かれたが、そんな事は俺も知らん。
今は良いように荷物持ちとして使われている。
まぁ彼女がマスターなんだから当然の扱いだが。
ちなみに倒したクィーンの身体もジラに言われて【次元収納】に入れているが、それでもまだ容量には余裕があるようだ。
「こっちもマナマテリアルがあればイケるかなぁ……。取りあえず目に付くものを片っ端から持って帰ればいっか!」
ルンルン気分というか、ずいぶんと楽しそうにお宝探しに興じているアイリ。
非常に可愛いのだが、そろそろ別の階へ移動したい。
「おーい、そろそろ上の階に行きたいんだが……」
「んー? 上の階よりここの方が良い物ありそうだしなぁ……もう少し待っててー!」
指で自分のほっぺたをぷにぷにと触って悩んだあと、そう言って笑うアイリに俺はため息をつく。
何その可愛い動作。
狙ってやってんの?
あざとい……。
ではなく、このままじゃ日暮れになってしまうのではないか?
「日暮れまで後どれくらいだ?」
「え? えっとね……」
「——およそ1~2時間で日没だと思われます」
時計を見るアイリより先にジラが答えてくれた。
おいおい、もうすぐじゃねぇか。
大丈夫なのか?
「……。あはは、ヤバイね。どうしよ?」
やばかったらしい。
お宝漁りに夢中になりすぎて時間を忘れてたようだ。
「たしか、夜になると危ないんだろう? どこか安全な場所はないのか?」
「わたしの町くらいしか、近くの安全な場所は知らないよぉ。街道沿いには野営できる場所はあるだろうけど……」
「——提案。当施設の入り口を封鎖して、夜が明けるまで待機するのが良いと思います」
俺の質問に対して頭を抱えるアイリに、ジラがこの施設でのキャンプを提案してくる。
眷属の機械蜘蛛たちも危険な物を発見してないようだし、いい案ではないだろうか。
「うーん、確かに外で魔物に襲われるよりは安全か。ただ……」
アイリもその案に賛成なのかと思ったが、どうにも煮え切らない反応だ。
「ただ……どうかしたのか?」
問いかけるとアイリは、少し困ったような恥ずかしそうな顔をしてこう言った。
「食料が……ないの。お腹空いた……」
きゅーというお腹の音と共にアイリの頬が赤く染まった。
◇◆◇
「それに私の機獣が外に置きっぱなしなの! あれはおじいちゃんの形見だし、長時間も放っておくなんてできないわ。決して、そこに食料が置いてあるから行きたいわけじゃないのよ!」
最初にそう言っていれば良かったのだが、今さら言っても説得力がまるでない。
しかしわざわざそれを指摘するのもかわいそうなので、黙って聞いておこう。
そんな事を思いながら俺は施設の外へと繰り出した。
正面口らしき場所から出ると、外はすでに夕暮れ時で空がオレンジ色になりつつあった。
そこは海へ突き出した崖のようになっている岬で、少し先に海が見える。
耳を澄ませると微かに波の音も聴こえてきた。
外に出てすぐの所に小さな銃器を搭載したような、目新しい機械蜘蛛が数体ほど停止していたので、それらも眷属にして【次元収納】につっこんでおく。
多分、正面口を守ってた機械たちだったのだろう。
そして、アイリの案内に従って俺たちは歩き出した。
◇◆◇
今俺は、アイリを背中に乗せて移動している。
アイリの機獣が置いてある場所まで距離があるらしいので、俺に乗って行った方が早いだろうという話になったのだ。
しかし——
この背中に伝わる柔らかい感触が……やばい。
そして俺の胴を挟んでる、ふとももよっ!
ぷにぷにしててまさに至高。
俺、脚フェチなんですよ……。
まさか馬になって、こんな幸せを感じることになろうとは。
いや、いかんいかん!
こんなセクハラまがいな事を考えているなんて知られたら変態だと思われる!
アイリにバレたら大変な事に……。
「————はぁ」
のおぉ! そうだよ!
ジラは俺の心を読めるんだからすでにバレバレじゃん!
物凄く哀しげにため息つかれたんだけど……。
あのジラさん?
もちろんアイリには黙っていてくれるよね?
俺たちは一蓮托生、一心同体ならぬ二心同体。
言わばズッ友だろ?
……お願いします、言わないでください、何でもしますからっ!
(——言いませんから。その煩わしい思考をさっさと停止してください)
おお。内部通信的なこともできたのか。
今までスピーカーみたいなのでしか喋ってなかったから、ちょっと驚いた。
(主の定着が安定したことで可能となりました)
ふむ。
文字化けしていたスキルの件もそうだが、俺の魂か何かが定着するまで時間がかかっていたってことかな?
そこらへん詳しく聞きたいんだが……
「あ。見えたよ。あの岩場の陰にある茂みに機獣を隠してあるんだ」
ジラと内緒話をしていたら目的地に着いたらしい。
話の続きは気になるが、いつでも話せるしまた後にしよう。
よいしょっと言いながらアイリが俺から飛び降りる。
そして茂みに隠してあった機獣に駆け寄った。
あれがアイリの機獣か。
そこに鎮座していた機獣は大型犬より一回り大きいくらいの体躯で、全体的に若草色をしていた。
アイリ曰く魔力源タンク……要は燃料タンクが破壊されているらしい。
そのタンクを修理するためにさっきの建物を探索していて、俺を見つけたそうだ。
置いていた荷物などを確認していると、いいかげんに日が沈みそうだった。
アイリの機獣を【次元収納】に入れて、俺たちは手早く施設に戻ることにした。
◇◆◇
施設の1階にあったロビーのような場所で、アイリが野営の準備をし始める。
俺はアイリの機獣を【次元収納】から出して近場に置き、その準備している様子を眺めていた。
アイリの機獣のそばに置いていた荷物には、食料や、火を起こすもの、寝袋などのちょっとしたキャンプ道具が入っていて、次々とアイリはそれらを取り出す。
「アイリは冒険者ってやつなんだよな……」
手慣れているその様子に俺はそんな事を呟いた。
ここまで落ち着く時間がなかったので、考えるの保留してきたことが次々と頭に思い浮かぶ。
機械の馬になっただけでも奇想天外だが、今俺に起こっている事は常識外な事だらけなのだ。
まずここはどこなのか?
実はこれについては少し情報がある。
俺は元いた世界から異世界に召喚されたのだ。
それも魂だけこちらに来て、それを機械の馬の中に押し込められたらしい。
そこらへんの事情は最初の命令を聞いた時に、頭に流れ込んできた情報の中にあった。
麒麟の製作者というか、製作チームが、起動とともに麒麟と能力が適合する魂を探し、喚び寄せるシステムを作っていたそうだ。
そして見事に適合したのが俺の魂だったわけだ。
というか、生きている人間の魂を無理やり引っこ抜いてきたのだろうか?
それとも寝ている間に元の世界にいた俺が死んでしまったのか。
詳しいことは分からない。
ただ、俺の前に広がっている世界はどう考えても俺の知っている世界とは別物だった。
最初はもしかしたら未来にタイムスリップしたのかとも思ったが、スキルや魔法などが存在しているので可能性は低そうだ。
少なくとも俺がいた世界の常識なんて、まともに通じない世界なのは間違いない。
それはもう異世界と同じだろう。
そして元の世界に帰りたいかと考えると悩んでしまう。
家族には申し訳ないが、どちらかといえば帰りたいとは思わなかった。
あの病院での日々は俺には辛すぎた。
仮に退院したとしても、あの絶望感から逃れられる未来がくるとは到底思えない。
1度は立ち直ろうとしたし、折り合いをつけようと頑張ったが俺にはやっぱり無理だった。
……俺は、俺が思ってたより弱かったのだろうな。
あのまま夢や願いが叶わずに生きるのは俺にとって耐え難く、それは死と同じように思えた。
それならこの異世界で馬になって生活した方が、ずっと良いというのが俺の出した結論だ。
そもそも元の世界に戻れるのか、これからどうなるのかも分からないが。
それでも俺はこれからこの世界で生きていこう。
こうして人間の身体と、家族と、元の世界の全てと引き換えに、
——俺はまた走れるようになった。
ジラ(——この主、ウダウダ悩んでるの筒抜けだって分かってるのかしら)
自分に相談してもいいと思っているのに、話しかけてこないから静観していたジラさんでした。




