絶望と転生と記録更新
連投2 ※主人公の生い立ちですが、少し暗い話になります。
俺の名前は忍足 颯
陸上を愛する男子高校生だ。
俺が陸上を愛するようになったきっかけは、小さな頃に観戦した大きな陸上大会だった。
優勝を決める最後の短距離走を間近で見た時の衝撃を、今でもハッキリ覚えている。
人間の身体とはこんなにもパワフルに、野性的に、躍動的に…動けるものなのかと。
うまく言葉にできないがストレートに表現するなら俺が感じたもの。それは、
純粋な感動だった。
俺は全力で走っている人体を見て身震いし、圧倒された。
間違いなく俺の『人生で一番衝撃を受けた出来事』だった。
あの頃の子供たちの中では、足が速い男子こそが正義だ。
男女関係なくクラスから注目されて、その立場はちょっとしたヒーローのようなものだ。
俺は幼少期からよく走り回る子供で、同学年の中でも足が速い方だった。
それが自慢で少し有頂天になっていた所もあっただろう。
しかし、そんな幼く小さな自尊心は巨大な感動を前にして一気に吹き飛ばされた。
あれこそが、真にカッコいいものだ。
と頭ではなく身体と心で理解してしまったのだから。
あんな風に走ることができたら、きっと最高の気分だろうなと。
それからはひたすら速く走れるように頑張った。
周りの誰よりも速く走りたい。大会で見たあの人のように感動させるような走りができるようになりたい。
そんな想いで走りまくった。
その結果、小中学校での運動会では常勝を誇り、県内でも1~2を争う走者として成果を出し続けることになった。
中学を卒業後はスポーツ推薦で、国内でも有名な陸上部を抱える強豪高にも入学することもできた。
俺自身、毎日走ることが楽しくて、より速くなることに確かな幸せを感じていた。
間違いなく充実した日々を送っていたんだ。
——あの日までは。
……その日は雨だったのを覚えている。
傘を刺して歩く通学路、通りがかった交差点で俺は居眠り運転の車に轢かれた。
『脚だけは守らないと』
衝突する瞬間とっさにそう考えた事を朧げに覚えているが、轢かれた直後に俺はそのまま意識を失った。
目を覚ました病院で、俺は自分の状態を確認し絶望することになる。
脚の感覚がほとんどなかったのだ。
それは俺にとって、人生が終わったような感覚だった。
俺が目覚めたことに気付いた看護師が呼んできた医師や、心配してくれている家族の言葉は耳に入らず、ただ零れ落ちていく。
受け入れられない現実。
拒否感なんてレベルじゃなく、自分の中に自分が居ないようなそんな虚脱感しかなかった。
その後しばらく、俺は自分が生きる意味を見失っていた。
走ること以外に自分は何をしてきたんだっけ?
ほかに何が好きだったっけ?
かわいい女の子とか大好きだったな。
兄さんが勧めてくれた漫画や小説、アニメ、ゲームも好きだったはずだけど。
……今はとにかく何もする気にならない。
そんな絶望感が数か月ほど続いた。
しかしある日。
ずっと心配してくれる両親や兄妹、友達などの困った顔や悲しそう顔を見て、このままじゃダメだなと思った。
その日から俺は少しずつ無理してでも笑うようにした。
リハビリも頑張った。
挫けてばかりもいられないのだと。
俺が憧れたのはカッコいい男になる事だったのだからと。
少しずつ元気を取り戻す俺に、家族は安心した顔を見せてくれた。
それだけでも頑張って良かったと思える。
これは間違いなく本音だ。
しかし、どうしても——
どうしても笑顔の裏で、心の底で、絶望が積もっていく。
そして毎夜、1人でひっそりと思ってしまうのだ。
「明日なんて来なくてもいいのに」と。
そんな俺の願いを聞き届けたのか知らないが……
ある朝、俺に明日は来なかった。
いや、正確には明日は来たんだけど。
目覚めた場所は病院ではなくて。
——そして俺は俺じゃなかった。
◇◆◇
「……目を覚ましてください」
……ん? 誰の声だ。看護師さん?
ぼんやりとした意識が徐々にハッキリしていき、目の前に広がる光景に息をのむ。
土埃まみれの広い部屋。
蜘蛛のような多脚の下半身に、人間の女性のような上半身を持つ謎の巨大なメカ。
部屋の内部はコンクリートとは違った不思議な金属で出来ており、どこか近未来的だ。
しかし、所々に苔が生えていて廃墟っぽい雰囲気だった。
そんな部屋の空中にはプカプカと大きなドローンみたいなものが浮いていて……。
よく見るとその上には砲台みたいなのが載っていて……、
さらにそこには、遠目でも分かるほど可愛い少女が座っていた。
「……なんぞこれ」
その時、俺にあったのは純粋な困惑だけだ。
あたりめーだよ。
俺の『人生で一番衝撃を受けた出来事』の歴代記録が更新された瞬間であった。




