突然の訪問
「——ちょっと、邪魔するぞぉ」
「隠れて」というアイリの言葉を聞いてすぐに、新たな人影がクチールの工房内に訪れた。
筋肉が隆々といったその人物は、整った顔立ちをした壮年の男性でヅカヅカと俺たち3人の方へ近づいて来た。
「あ、あのボーンさん? どうしてここに?」
冷や汗を垂らしながらアイリがその男に問いかける。
どうやらこの人はボーンというらしい。
「けっ。俺が小娘の付くウソを見抜けないようなボンクラに見えたのか? お前の後をつけて来たのさ」
「えっ! そんな、わたし全然気付かなかった……」
尾行されてたことに気付いていなかったアイリは驚愕の顔をしている。
まぁこんなマッチョに後を追われてて気付かないって、不注意にも程があるとは俺も思うが。
『ギルマスは、こう見えて斥候役もやってた。アイリが気付かなかったのも無理ない』
「こう見えてってなんだよ! 俺は現役の頃はパーティで1番器用だったんだぞ?」
クチールがアイリを励ますように声をかける。
……ギルマスって、ギルドマスターの事だよな。
まだこの世界のギルドについて詳しくないが、いきなりそこのお偉いさんと対面することになろうとは。
先ほどまで、俺は霊機で、その存在は「人類の敵」だとか色々話しをしていたのもあって、ギルマスを前に身体が強張る。
俺はまだメンテナンス中で、とても動ける状態ではない。
もし、今ここでギルマスが俺を破壊しようとしたら逃げる事など出来ないだろう。
「で、それが報告にあった機獣か……。確かに偉く珍しい意匠だな。おお、なんだこの角! 何で出来てやがんだコレ……」
俺のほうをマジマジと見る男の眼は、ただ品定めをしているだけに感じるが、まだ安心はできない。
「……で、ネクストのとこのお嬢さんよ。コイツは霊機なのか?」
すっと、自然に問いかけられた質問に場の温度が下がったような気がした。
普通の口調で言われたにも関わらず、有無を言わせない程の圧力がその言葉にはあった。
アイリとクチールも顔色が悪く、その言葉に反応できずに黙っている。
これは……ヤバイ。
どうするか。
正直に話しても、隠しても、悪い結果にしかならなそうだ。
でもどちらにしろ俺のことだし、素直に俺から告げた方が印象は良いかもしれない。
そう俺が覚悟を決めた時、横から小さな声が上がった。
「……ハヤテは霊機ですが、わたしの専属機獣です。契約した機獣の責任は主人が負うんですよね? なら、全部の責任は私が負います。……だから、ハヤテを壊さないでください。お願いします!」
そう言ったアイリの脚はプルプルと震えていて、彼女がどれほどの勇気を出して今の言葉を口にしたのかが分かった。
『アタシも保証する。メンテナンスしながら調べたけど、危険は一切感じなかった。この機獣にネクスト商会の保証をつける書類も申請する。だから大丈夫』
クチールからも俺を擁護する言葉が出た。
アイリを思っての言葉だったのだろうが、俺にとってもその台詞はとても嬉しかった。
「……」
なんか出遅れてしまったぞ。
俺も何か言うべきだろうか……。
(——礼儀正しく会話してくださいね)
ジラから注意が飛んでくる。
だから、お前は俺の保護者かよ!
「あの、ギルドマスターさん。初めまして、ハヤテと言います」
「ん? おお! 今の機獣の声か。やけに人間っぽい喋り方するんだなぁ」
アイリとクチールの言葉を聞いて黙っていたギルマスが、俺の声に反応した。
「俺は自分が霊機だっていう事もさっき知ったくらいで、まだ何も知らないんですが、それでもアイリたちを傷つけるようなマネは絶対しません。そうなる前に必ず自分でどうにかします」
俺は自分の言葉に力を籠める。
説得できるだけの材料も、具体的な案もない以上、俺が提示できるのはこの心と覚悟だけだ。
もしそうなるようなら、この手で自分を破壊してみせる。
それくらいの覚悟を持って話し続けた。
「なので、どうかしばらくチャンスを下さい。お願いします」
そう言って俺は、あまり自由の利かない身体で何とか頭を下げる。
しばらく、重苦しい沈黙が続いたがギルマスのボーンがそれを打ち破った。
「いいぞ。許すっ!」
と笑いながらそう言ったボーンに俺たちはホッとした顔になる。
「最初から壊す気なんてなかったしな! がっはっは!」
……ん?
おい。どういうことだよ。
「え。ボーンさん、ハヤテの事を壊しに来たんじゃなかったんですか?」
アイリも驚いている。
「そこの小娘が嘘をついてるのは分かったからな、その真相を確かめようとするのはギルマスとして当たり前だろうが」
どうやらアイリは、ギルドの事情聴取の際に俺のことで嘘を言っていたらしい。
直前にクチールから霊機について聞かされていたから、とっさに隠してしまったのだろう。
まぁ言わない方がいいと思う気持ちは分かる。
『ギルマスは霊機に対して悪感情はないの?』
「ん? ああ、昔に戦争したからか? そんな事でどうこう思わねぇな。危険かどうかは冒険者が自分で見極めるものだろ。それは他人の噂だけで判断するもんじゃねーんだぜ、若造ども」
にやっと笑うボーンには老獪な戦士の貫禄のようなものを感じさせる。
というか、よく見るとこの男めちゃくちゃ強そうだな。
今は機能が制限されているから、ジラにもその力量は判断が付かないそうだが、もしかしたら俺を相手にしても余裕で勝てるという自信があるのかもしれない。
俺を危険と判断しないのもそういう所にあるんだろう。
「まぁ、何にしても面白そうな機獣に会えて良かったぜ。だが、俺以外に霊機の事は言って回ったりするなよ。厄介事になるのは目に見えてる。ハヤテって言ったか? お前も今度ギルドに顔出せよ」
楽しそうにそう笑って、ギルマスはクチールの工房を去っていった。
嵐のように現れて、嵐のように去っていくとは、まさにああいう事なんだろうな。
短い時間しかいなかったはずなのに、話をしただけでかなり疲れた。
この場を完全に支配していたな、あの人。
アイリとクチールも疲れを感じたらしく、その場に座り込む。
「怖かったよぉ……」
『ん。あのマッチョは、すぐ威嚇するから疲れる……』
2人とも満身創痍といった感じだ。
とくにアイリは少し涙目になっていた。
そんなアイリとクチールに、俺は改めて言っておきたい事があった。
「2人とも俺をかばってくれてありがとうな。すごく助かったよ」
恥ずかし気もなく、素直にそう言えた。
ギルマスは「壊す気はなかった」と言っていたが、
もしあの時、2人が俺をかばわなかったらギルマスは違う判断を下していたかもしれない。
アイリとクチールには、感謝してもしきれない。
「えへへ。わたしとハヤテはもう相棒だもの。当然だよ」
『ん。アタシもまだあなたの研究を終えてないのに、壊されるのはイヤ』
本当に俺がこの世界で出会ったのがアイリで良かった。
そしてクチールよ、散々イジリ回しておいて、まだ研究したりないのか。
まぁいいけどさ。
これから彼女とも長い付き合いになりそうだ。
◇◆◇
『とりあえず、ひと通りメンテナンスした。長期間、放置されていたって話だけど、経年劣化の問題もなかった』
その後、胴体とバラバラにされてた四肢をくっつけ直してクチールがメンテナンス完了を知らせる。
「おう、サンキューな。じゃあメンテモード切るわ」
「——メンテナンスモードを終了します」
ジラのアナウンスの数秒後、俺の身体にいつもの感覚が戻ってくる。
ふぅー。やっぱりこの状態の方が落ち着くわ。
「お疲れ様、ハヤテ」
アイリが俺の背中を撫でながら労ってくれた。
あぁ~、背中を撫でられんの気持ちいいわぁ~。
『もう日が暮れる。お土産の話はまた明日にする?』
「そうだね、本当にいっぱい先代物資あるから!」
『おー! 今から楽しみ……。少しくらい置いてってもいいよ?』
「え。うーん……、ハヤテ何か置いていっていいものある?」
ん?
置いていくものか……。
あ、あれならクチールが喜びそうだな。
「これとか、どうだ?」
俺はそういいながら、【次元収納】からアラクネ型のクィーンの残骸を出した。
人型部分に大穴が空いていたり、内部がボロボロに焼かれていたり無残だが、こいつもかなり貴重な機械だろう。
『ふぉおおっ!』
クチールはその巨体を見て、大興奮だ。
気持ちは分かる。
こいつは他の機械とは、明らかに格が違うからな。
『これ! お願い! 置いて行って!』
「わ、わかった! わかったから、揺らさないで!」
その小柄でどこからそんなパワーが出てるのか分からないが、アイリの肩を掴みゆっさゆっさと揺らす。
その後、クチールはクィーンの残骸に夢中になってしまって、俺たちは生返事をするクチールに挨拶をして工房を出た。
これからどこに行くのだろうと俺は思ったが、
どうやらアイリの家に帰るらしい。
それもそうか、もう夕暮れだしな。
このシマノエという町に来てからというもの、あっちこっちへと引っ張りダコだった。
なのでまだ町の様子を全然、見て回れていない。
少し残念だったが、これからこの町で生活するのだ。
いくらでも機会はあるだろう。
俺たちは海に向かって斜面都市のようになっている町を眺めながら、アイリの家へと向かった。
◇◆◇
アイリの家は、町の中でも辺鄙な場所というか、斜面状になっている町でもひときわ高く、自然が豊かで、人の気配が少ない所にあった。
建物は大きめの一軒家で、一見すると石や煉瓦のようなもので出来てるように見えたが、実際は違う物質で出来ているようだ。
1階にはガレージのような空間があり、魔導具で動くシャッターなども付いていた。
クチールの工房を見た時も思っていたが、アイリの家も俺が居た世界と同様くらいか、それ以上に近代的だ。
「ハヤテたちは1階のガレージを好きに使っていいよ。おじいちゃんの機獣もそこに置くけど、かなり広いでしょ?」
アイリの言う通り、1階にあったガレージ内はかなり広くて、床はコンクリートともまた違う、不思議な柔らかい金属で出来ていた。
ガレージの奥には、ひとつの部屋と2階へ続く階段がある。
「わたしは2階にいるから、何かあったら呼んでね」
「ああ、わかった」
アイリが階段を昇っていき、俺は久しぶりに1人きりになった。
(——報告。メンテナンス完了後に発覚した事があります)
いや。
俺が1人きりになれることは、なかったんだったな。
どうしたんだ、ジラ?
(信じがたい事ですが……、新たにスキルが発現してます)
おぉっと……。
詳しい話を聞かせてもらおうか?




