クチール・ネクスト
まったり更新
『アイリッ! その機獣ちょうだいッ!』
出会いがしらにそんな事を言う少女。
『その機獣』って……、俺のことだよな?
彼女がアイリが言ってた専属のエンジニアなのだろうか。
アイリにとって妹みたいな存在らしいが、確かに全体的に小柄で可愛らしい。
そして大の先代物資好きって話だ。
それなら確かに俺のような、いかにも珍しい機獣を見たら欲しくなっても不思議じゃないかもしれない。
今もキラキラとした瞳でこちらを凝視している。
俺だって男の子だ。そんなに熱っぽい目で見られるとドキドキする。
……しかし、少女が抱いてるのは恋愛感情とかそんな甘い感情ではないだろう。
きっと研究対象として身体中をイジリ回されたり、バラバラにされて調べられる事になる。
さすがの俺にも、そういう趣味はないな……。
「ごめんなさい」
俺は取りあえず、お断りの意味を込めて謝っておく。
人生で初めて告白されたのに(?)、非常に残念だ。
「え。なんでハヤテが謝ってるの!? クチールもさすがにいきなり過ぎるでしょ!」
白いぶかぶかなパーカーの少女はクチール・ネクストという名前らしい。
パーカーのフードをすっぽりと被った彼女の頭には、ケモ耳用と思われる三角の盛り上がりがあった。
その部分だけフードの色が違うので、耳として強調されている。
フードの隙間からは長いクリーム色の髪が溢れていて、顔には風邪用マスクのようなもの付けている。
そのマスクはどうやら機械のようで、ステレオのアンプみたいな、円状の音を出す部分が左右の側面にあった。
さっきから彼女の声が拡声器を使ったみたいな音で聴こえるのは、あのマスクを使っているからだろう。
こちらをじっと観察している瞳は、髪色に近いクリーム色で、パッチリと大きくてキラキラしていた。
顔のほとんどがマスクで隠れているが、目元だけを見てもかなり可愛い気がする。
アイリに負けず劣らずの美人さんだ。
しかし、やっぱりスプラッターな彼女はお断りです。
俺がバラバラにされても血などは出ないだろうけど。
『むぅ~。ダメ?』
「……ごめんね。ハヤテは、もうわたしの専属機獣だから」
クチールが部屋の隅からこちらにやってきて、とっても不満そうな声でねだっている。
最後は上目遣いで懇願のポーズまでしていた。
しかし、そんな猛攻にも負けず、アイリはキッパリと断ってくれた。
さすが俺のマスターだ!
……あの子のおねだりに負けてしまうんじゃないかと、一瞬ヒヤヒヤしたのは内緒だ。
(——了解しました)
うむ。
ありがとうよ、ジラさん。
『ぬん。残念』
「今日は、他にもお土産がいっぱいあるから! ……あと、ちょっと相談したいこともあって」
渋々といった感じではあったが、クチールが諦めてくれて良かった。
アイリのいう相談って言うのは、【次元収納】を含めた俺の事だろう。
『ん。相談って?』
「あのね……」
そこからアイリは、先代遺跡に探検に行ってから今まで起こった事をクチールに話していった。
改めてアイリの視点からの話を聞くと、面白い。
俺って、アイリの中ではかなり突飛な存在なのな。
自分としては、ただその場の状況に流されて行動してるだけなのだが。
『……。それって、その機獣は霊機ってことだよね?』
「レイキ?」
話を聞いたクチールがそんな事を言ったので、俺とアイリは首をかしげる。
霊機ってなんぞ?
『魂を持った機械のこと。……機獣の中でも他より数世代は性能が上で、人類が戦争に負けた原因も霊機って話だよ』
「へぇ、そうなんだぁ」
『……アイリ、よく分かってないでしょ? 霊機は最初にバグズになった事で有名なんだよ。つまり「人類の敵」って思ってる人は多い』
「え——」
クチールの言葉にアイリが言葉を失う。
『バグズにはなっていないみたいだけど、保守的な考えを持っている人の中には、霊機ってだけでその機獣を破壊したいって人がたくさんいるよ』
「で、でも、ハヤテは良い機獣だよ! まだ会ったばっかりだけど、私も、レオくんたちも助けてくれたもの!」
『アタシはアイリの友達だからそれで納得するけど……』
世間がみんなそうではないと、目で伝えるクチール。
「……」
「アイリ、俺が世間的にその……。悪く思われるなら、アイリと一緒に居ない方がいいんじゃないかと思うんだが」
人類の敵とまで言われているんじゃ、一緒に居るアイリの外聞も悪くなる。
俺はこちらの世界に来たばかりだし不安はあるが、幸いな事に食事が必要のない身体だし、ジラもいる。
安全に注意さえすれば生きていく事はできるだろう。
「俺なら走れさえすればいいからな。この世界をブラブラと旅して回るさ」
実際、走れるだけで俺は幸せなのでそんな気ままな旅も楽しそうに思える。
うん。大丈夫そうだ。
「……。わたしはハヤテともっと一緒にいたいよ?」
アイリがこちらを見上げながら囁くようにそう言った。
その瞳に射抜かれて、無いはずの心臓が高鳴るような気がした。
「お、おう。それは……ありがとう?」
「うん。だからね、わたしはハヤテから離れないよ。ハヤテもわたしと一緒に居てくれると嬉しいな」
なんで俺にそこまで言ってくれるのかがよく分からない。
女子にそんな言葉を言われたのは初めてだったので、照れが許容範囲を軽く超えてしまった。
(——。チョロいうえに、ウブなんですね主)
うるせぇよ。
こちとら部活一筋で、周りにいた女の子なんて妹くらいのもんだ。
その妹もここ数年は生意気になってケンカばかりしていたし。
そもそも、こんな風に距離を詰められたら男の子はみんなドキドキするもんだっつーの。
(——私もモデルとしては女性なのですが?)
ハッ!
声が女性ってだけで、俺をいたぶる事しかしない相手に何でときめきを覚えなくちゃならん。
生憎と俺はノーマルなんでね。
そういう趣味はないんだよ。
(——ときめけなんて言ってません。非常に不本意です)
そう通信したきり、ジラは怒ったのか黙ってしまった。
あれ? もっと言い返してくるかと思ったのだが……。
意外と繊細な乙女だったのだろうか……?
いや、ないな。
『取りあえずその機獣を見せて』
とクチールが言うので、俺は彼女の手によってメンテナンスされる事となった。
あちこちペタペタと触るので、くすぐったい。
機械なのに痛覚があったり、触覚があったり不思議な身体だ。
『むぅ? どうやって取り外すんだろコレ』
ちょっと待って。脚の関節を分解しようとしないで!
「すまん。ちょっと分解するのはやめてくれ」
『ん? おぉー……ホントに普通に喋るんだ』
「ああ、しかも痛覚とかもある。だから関節を無理やりイジられるとちょっと痛いんだ」
『え。ああ! ごめんなさい?』
それを聞いて、パッと俺の脚から離れてくれる。
危うく脱臼するところだったぜ。
『霊機に触るの初めてだから知らなかった。……でもそれだとメンテナンスや修理ができないよ?』
首をかしげるクチールと、俺も同じ疑問を抱いた。
あれ。これって激痛の中でメンテナンスされないといけないのか?
(——。メンテナンスモードがあります)
悩んでいるとジラがまた通信をくれた。
不機嫌になっているのかと思ったが、声はいつも通りだ。
さっきのはやっぱり俺の杞憂だったのだろう。
「メンテナンスモードっていうのがあるらしい。ちょっとやってみる」
頭で「メンテナンスモード」と考えると視界に浮かぶモニターに詳細が表示された。
そこから実際に起動してみる。
「——メンテナンスモードに入ります。以後、機能の80%が制限されます」
ジラの声とともに、身体中の力が入らなくなる。
そして今まで感じていた痛覚の類も、一切感じなくなった。
かろうじてどこに触れられているのかが分かる程度だ。
麻酔を受けた時みたいな感じに、少し似てるかもしれない。
「これでメンテナンスされても大丈夫みたいだ」
『そう。あ、パーツ接合部分のロックも解除できるみたい』
そう言ってクチールは、俺の身体中をチェックし始めた。
◇◆◇
あれからどれだけの時間が立っただろう……。
(——およそ3時間です)
長い映画1本ぶんくらいの時間か。
クチールは集中しつつも興奮してるのか、鼻息あらく俺の身体中を分解している。
胴体部分には手を出せない所が多いらしいが、細々したところでもクチールの好奇心を掻き立てるものがたくさんあるらしい。
アイリはクチールから、
「新しく遺跡を発見したのにギルドに報告してなかったでしょ? 代わりにアタシがしておいたよ」
という注意を受けて、慌ててギルドに向かってから帰ってこない。
町長の時と同じく、事情聴取をされてるのかもしれないな。
「なぁ。クチールさん?」
『ん。呼び捨てでいいよ、何?』
「さすがにちょっと退屈してきたんだが、話し相手になってくれないか?」
今は機能が制限されているからか【眷属ネットワーク】も使えず、俺はただ自分が解体されるのを見学していた。
自分の内部構造が分かるのは案外と楽しかったので、暇つぶしにはなったのだが、さすがにそろそろ限界だ。
『んー。ちょっと休憩するし、いいよ』
「おう、ありがとよ」
とは、言ったものの何を話したらいいか考えてなかったな。
えーと。
取りあえず気になってる事から聞いていくか。
「そのマスク、どうなってんだ? スピーカーみたいになってるみたいだけど」
『ん? コレ?』
そう言って、マスクを外してくれる。
薄っぺらいそれは一見して柔らかそうな素材で出来ていて、小柄なクチールが片手で持っているので軽そうだった。
「……し……がち……の」
「え? なんて?」
クチールの口元が小さく動いているが、何を言ってるのか聞き取れなかった。
俺の聴覚センサーで聞き取れないってマジか。
あ。今は機能が制限されてるんだった。
そうこうしていると俺の耳元までクチールが顔を寄せて来た。
「あたし、声が小さいから、これを使ってるの」
「……ああ、なるほど」
こんな煩い工場で生活してるんだ。
大声を上げないと相手に聞こえないことなんて、ざらにあるだろう。
しかし、クチールは小柄で元々大声を出すのが苦手らしい。そのための声を大きくするマスクだったわけだ。
にしても、耳元で聴いた彼女の声が衝撃的だった……。
やたら可愛い声音で、今も頭から離れない。
スピーカーではもっと変な声に聞こえていたものだから、完全に不意打ちだった。
あのマスクの機械は拡声器ではなくて、変声機だったのかもしれない。
マスク型の変声機って、コナ〇君かよ。
俺は深呼吸をひとつして頭を冷やし、改めてクチールと会話しはじめる。
「俺は霊機ってやつなんだよな? 霊機は最初にバグズになったって言ってたけど。俺もバグズになるかもしれないのか?」
『わからない。バグズになるのは「狂機」って現象が発生するからなんだけど。「狂機」についてはまだ分からないことの方が多い』
「狂機」って言うのは町長の息子さん、レイからも聞いたな。
機械がかかる病気みたいなものらしい。
その状態に陥ると、コアが禍々しくて赤黒い、ミミズ腫れのようなものに覆われて、目など含めた光源が朱くなるそうだ。
「じゃあ、やっぱりアイリと一緒にいるのは危険なんだな……」
アイリはああ言ってくれたが、バグズになるかもしれない俺と一緒にいては、いつ俺がアイリに襲いかかるか分からない。
だったら、早めにアイリの元を離れたほうがいい。
『……それなんだけど。出来ればアイリから離れないで欲しい』
「ん? なんでだ?」
クチールはてっきり俺とアイリが一緒にいるのは反対だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
『アイリは、あなたを信頼してる。おじいさんが亡くなってからずっと寂しがってたから、きっと一緒に居てくれるあなたの存在はアイリには必要』
「それはクチールがいるじゃないか。俺じゃなくても……」
『ううん。違う。あなたはアイリとマスター契約したんでしょ? 名前がある機獣とのマスター契約は「魔法的な繋がり」ができる。そうすると心が繋がる』
心が繋がるって……。
初めて聞いたし、今までそんな感じは全然しなかったんだが。
『アイリはあなたの心に触れて、信頼してる。アタシも仲は良いし、あの子を大事にしてるけど。あの子はアタシには寄りかかれない』
うーむ。
そう言われると、アイリは時々だが異様に距離感が近いと感じる時がある。
俺に対して警戒心がないのは、マスター契約の副作用みたいなものだったのか。
『それに、あの子の夢にはあなたの力がきっと必要』
「……アイリの夢ってなんだ?」
『あの子の両親を探すこと』
行方不明って聞いていたが、そうだったのか。
アイリは両親を探すのが夢というは知らなかった。
『口には出さないけど、いつか大きな都市に行って探すつもりだと思う。その時にあなたの力はきっと必要』
そう言って俺の方を見つめるクチールはすごく真剣な顔だった。
友達への想いがそこには確かにあった。
やっぱり俺がいなくてもクチールがいれば大丈夫だと思うんだがな……。
でも可愛い女の子にこうまで言われちゃ男として請け負わねばならん。
「わかったよ。俺にできることは全力でやろう」
俺の言葉に、クチールが僅かにほほ笑んだ。
アイリは妹みたいな存在だって言っていたが、これじゃどっちが妹なんだか分かりゃしないな。
そう思っていたら、
突然、バンっ!と工房のドアが勢いよく開かれた。
「ごめん! 大変なことになっちゃった! すぐ隠れて!」
と慌てて叫ぶアイリがそこには居た。
ほんと、また問題ばかり持ってくるし。
妹役はアイリの方だよな……。




