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愛恥へ知恥、勃!

一部、R18的な表現があったりなかったりします。生々しくは書いて無いです。

気になる方は、ここでお戻りください。

気にしない方もお戻りください。

期待して見にくる内容ではございませんので。

「愛を伝える事は、恥である。

愛を知る事は、恥である。

愛を伝える事なかれ。

愛を知る事なかれ。

ならは、恥の多い人生とはなんだ。

愛を伝える事を喜びを知る。

愛を知る喜びを伝える。

恥を愛する事を知り、恥を愛する事を伝え。

恥を愛せば、道は開かん。

恥を知る事こそ、人生なり。」



この一部分を読んだとき、俺は吐き気を催した。

なにが人生だ。チをチれとは、胡散臭いにもほどがある。オカルト研究部の月刊誌を読んでいる方がマシなくらいだ。

具体的にいえば、恥を知る事が尊いことだと謳うその姿勢が気にくわない。人間は誰だって恥をかくことを怖がる。当然だ、それを知られてしまえば、いつまでからかわれるか、分かったものではない。その上、自分にさえ深く辛い爪痕を残す事となる。つまり逃げ場がなくなってしまうわけだ。

それを、この小説は、尊いと、そう表現するのだ。

遺憾というか、腹立たしいというか、分かってないなぁと言いたい。恥を怖れる側の人の事を、全く理解していない。そういう印象を受けた。


だいたい、恥を知ったところで何になる。


せいぜい、次からはやめておこうという自律の一因くらいにしかならない。恥によってなぞ勇気は沸かないし、勝利も生まれない。それこそ、恥を知れ。


まあ、これが人生の教科書となる時代があったのかもしれない。古い小説なのだ、それは仕方がないだろう。恥を怖れ、躊躇い、一歩も踏み出せない若者が多い、そんな時代であれば。この小説が輝くこともあったのかもしれない。


そう、こんな時代で無ければ。


人々が恥を捨て、身も心も開放的な時代でなければ、だ。


諸君、ここで忠告をしておこう。

ここは、善良なる市民が、善良なる独白記を閲覧しているに過ぎない。品行方正が抜け落ちていようとも、いかに痴態まみれる蛮行が記されていようと、それは諸君の勘違いである。読み違いである。

気になる恩方がおられれば、即刻立ち去るか、ドブに捨てるがよい。


逆に、過度な趣向的描写を期待している御仁がおられれば、即刻お帰りいただきたい。

各々が持つ、資料閲覧能力をもって、他の資料に目を通すがよろしい。この助平が!



などと空想を広げているところに、くねりを効かせた肩丈の髪を携える青女が一糸まとわぬ姿で現れた。

まあ一糸まとわぬのは、彼女に限った事ではないのだが。


「やあ、青竹童子。奇遇だね、こんなところで」


「そうですね、偶然でも会いたくはなかったですが」


「まあそう言うな、青竹童子。そういうツンとした態度は変わらんなぁ」


ツンと言いつつ揺らすな。ばかものめ。


「そういう先輩こそ、相変わらずですね」


「おやおや、君が言うのかい? 極短極細極小竹を気にして脱ごうともしないではないか」


「そこまで認めた覚えはない!」


僕がなぜ青竹童子と呼ばれるか。

青い竹は硬くて丈夫。しかし青すぎる竹、つまり地面すれすれで息を潜めるタケノコは、柔らかく可愛らしい。俺があんまりにも自身の竹を隠すものだから、皆は昔の恥にならって、やれ短いからだの、小さいからだの、いろいろ理由をつけていった結果、タケノコ童子改め、青竹童子に落ち着いたのである。

いや落ち着かれても困るのだが。


「理解できないよ、私は。この世は恥を認めているのだ。認めたどころか、存在はしなくなった。その証拠がコレさ。誰一人、恥に抗うことをせず、恥を利用することもない。君を除いてね、青竹童子」


皆が怖れるものならば、皆が捨ててしまおう。膨大な年月の末、人類は恥においては、ある意味解決の一手にたどり着いた。


「さあ、今からでもいい。開放しようではないか。人類が導き出した、大いなる答えに倣って」


「それはできませんね」


そう、出来ないのだ。


先輩は、恥は存在しなくなったと言った。しかし、そうではない。それは相対的に恥が無くなっただけなのである。0から10まである恥能指数が、各々異なり、それが当たり前の差であったから、恥が存在した。昔の事だ。しかし、いまは違う。各々の恥能指数を時代をかけて10にしたため、全員が同じ立場の恥を共有しているため、恥が平坦となり見えなくなっただけなのである。


したがって、俺にはできない。


恥丘の開放はできない。



ないから。


ないのである。


無いという恥ではなくて、そもそもどっちでもない。どっちも無い。


俺の開放は新人類の誕生を意味する。比較を意味する。つまり、平坦に見えていた恥が、急に大きな壁をつくり崖となって既存の人類を平気で陥れるのである。


そうすれば、人類は逆戻りだ。


また恥を知覚し、自覚し、恥に怯えた生活を送るのだ。


「ふむ、無理やり身ぐるみを剥いででも見てやりたいが」


「やめてください、それは流石に」


この人に限っては、時代のせいでは無いような気がしてきた。

ね、言ったでしょ?

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