ぶしつ
その後は特に進展も変化もなく、僕は貰ったパンフレットをチラチラ開いては、部室で何が起こり得るかを考えていた。まあ、おそらくはただの勧誘だろう。在校生が新入生に向けて友好的歓迎をしているに過ぎないはずだ。決して僕の弱みを握っているだとか、脅して金銭をせしめようとかではない。と思う。それに、気になるのは勧誘自体だけでない。
そもそも、僕は何の部活に勧誘されているのだろうか。
星の目印には、フォントの違う文字で文芸部室と書いてある。つまりは文芸部か、部室を借りた別の文化部か。まあ、行ってみればわかることだ。
そういえば、さっきの先輩方が帰った後、クラスの何人かが小声で話していた。偶然聞こえてしまう距離だったので、しかたなく聞いていたわけだが、何やら先輩方には良くない噂があるらしい。たとえば、秘密の実験を行なっているだとか、世間を騒がせるほどの陰謀があるだとか、女子生徒を日夜付け狙っているなど、具体性も信憑性もない戯論だった。
先輩方は顔立ちもスタイルも悪くない。そんな2人が学校の比較的端にある部室でひっそりと活動しているのだ、噂話が立ってしまうのは理解できる。ただ、もうちょっとマシな何かがあるでしょう。なんだよ陰謀って。
そんなこんなで本日の授業は終わり。ホームルームで部活動入部や委員会決めなどの簡単な説明を受けて、解散となった。
しかし、僕の今日は終わらない。むしろこれからである。
僕に教室からは、2つほど教室棟を移動しなければならない。そして、ちょうど対角線上に配置されているため、移動は少し面倒である。もし各授業後に集合と言われることがあれば、移動だけで休憩時間が終わってしまうだろう。
連絡通路は窓があり、そこから中庭や校門、グラウンドの端が見えたりする。今はまだ授業が終わって間もないため、部室棟へ向かう生徒や帰宅する生徒が入れ違いとなっている。そのうち女子陸上部員が動きやすい格好でロードワークにでも出ていくのだろうか。拝見できるときが楽しみだ。
さて、僕はたどり着いた。パンフレットのおかげか迷うことはなかった。この部室の中には、どんな世界があるのかと思うと、好奇心を唆られてワクワクしてしまう。僕は知的興味があれば、気の向くままに進んでしまう傾向がある。どうにもそのクセが抜けきっていないようだ。
扉のくぼみに手をかけた。隙間からはうっすらと光、空気が流れ、床の木材が湿った様な独特なにおいが漂ってくる。
ノックをするのを忘れていた。いくら同世代とはいえ、先輩後輩の礼儀をなくしては、学校というものは成り立たない。3回軽く叩いてみる。中からは、「はーいどうぞー」と聞こえてきた。これでいよいよ開ける他は無くなった。自ら退路を断つ快感。ここまでくれば後は勇気と気合で乗り込むしかない。僕は扉を開けた。
「こんにちは、失礼します!」
部室に入ると、3人の女子生徒がいた。最初に認識できたのは、席に着く部長であった。部室の一番奥に位置しており、まさに部長席ともいうべき配置だった。中央に机が3台並べられており、その両側に一人ずつ座っている。僕から見て右にいるのが勧誘に来たもう一人の先輩。その向かいの人は、初対面であった。おそらく同じクラスでは無いと思う。先輩か同学年かもわからないので、むやみに詮索しないでおこう。
「はっはっは。そんな堅くならなくていいさ。ようこそ文芸部へ。さ、入って入って」
なんのひねりもなく文芸部だった。
先ほどのもう一人の先輩に手招きされ、奥側のパイプ椅子へと案内された。
部長は笑顔で僕を見つめた後、机に置いてあったメガネをかけて、髪を纏め始めた。
「さ、どうだ?」
「えっと、何がでしょうか」
「これだよ、これ。グッと来ないか?」
「はぁ…」
「なんだ、君の好みはこんな感じだと聞いたんだがね。デマ情報だったか」
なんとなく察しはついた。おそらく悪友3人衆にあることないこと吹き込まれたのだろう。いや大半は奴らの作り話だ。なにか情報を流された場合は注意してもらいたい。
「ちなみに、君がハーレムに興味があることも聞いたんだが…」
あいつら…!
「それはあながち間違いではないようだね」
間違いです。
「さっきから、かなせ君の隣に座れて嬉しそうじゃないか」
かなせと呼ばれた隣の先輩。ちらりと顔を見てみれば、意外と鋭い目で僕をじっと見ていた。しかしどこか恥ずかしげで、その頰は赤くなっていたかもしれない。けれども薄くのせられた化粧のせいでよくわからなかった。僕は見抜けるタイプの男ではない。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は3年の白木ゆい。この文芸部の部長を務めている。私が再興したため、任期は3年目だ。よろしくー」
「星田かなせ、同じく3年。よろしくね。わからないことがあったら、なんでも聞いてね」
部長として威厳がありつつも、かなり砕けているゆい先輩。凛とした雰囲気の中にある、愛嬌や乙女的な何かが魅力のかなせ先輩。
そして僕の視線は、正面側にいる、面識もない人物へと向けられた。