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Crossing  作者: ぜろろ
6/20

猫の恩返し【6】

やっぱり何かがおかしい

俺はどうしちまったんだ


佐藤とタマは自宅へと向かう。

佐藤の手には男から回収した本が握られていた。


でもこの本だけは守らないと……


その時佐藤のスマートフォンが鳴った。

九条灯からだった。


「さっきはどうしたんだ?」

「いえ、その、変な男に殴りかかられて」

「なに?大丈夫だったのかい?」

「はい、男は倒しました」


ああ、早く本を持っていかないといけないのに


「そうか。その男が例の犯人ということでいいのかな?」

「恐らくそうです」

「ふむ……。ところでその男、妙な本を持っていなかったかい?」


なんでこの人、本のことを……!


「えっと、本、ですか?はい、持っていました」

「やはりか。それでその本は今どこに?」

「えと、今俺が持っています……。」


九条が電話越しに息を呑むのが聞こえた。


「それは非常にまずい。いいかい今すぐその本を……。」


その時、佐藤は何かの異変に気が付く。

何か焦げ臭い。

顔をあげると前方から煙が上がっていた。

それが佐藤の家から上がっていると気が付くまで、そこまで時間は必要としなかった。

佐藤の家が真っ赤な炎でメラメラと燃えている。


「ご主人様、これって……!」


その時佐藤の目に、黄色いローブを被った人間が5人ほど家の方から現れるのが映った。

彼らの立ち振る舞い、身に纏うオーラから佐藤は直感的に理解した。

さっきの男とは違い、彼らがいかに危険かということに。


1対1でも恐らく勝ち目はない。

それが5人……。


佐藤の全身から嫌な汗が滲む。

彼はある程度戦闘の心得があった。

だからこそ、自分と敵との間の力量差をまじまじと感じてしまったのだ。

タマは心配そうに佐藤を見つめていた。

しかし、一度深呼吸をすると何かを決意したようだった。


「ごめんなさい」


タマは佐藤の手に握られていた本を強引に奪った。

佐藤は不意を突かれ驚いた。


「タマ!何をするんだ!?」


本を抱え、タマは震える声で喋りだす。

その眼からは恐怖の色がうかがえた。

しかしさらにその奥には、決意の炎が静かに灯っていることに佐藤は気がついた。


「奴らの狙いは恐らくこの本です。私が囮になりますからご主人様は逃げてください」

「な、なにを言ってるんだ……!。」


タマはニッコリと佐藤に微笑みかける。


「私、ご主人様に拾われて、ご主人様に愛されて――ご主人の飼い猫でとっても幸せでした。」


タマは黄色いローブの集団の方に駆け出していく。

一度だけ振り向いた彼女は


「これからは朝ご飯、しっかり食べてくださいね」


と笑顔で言い残し、再び駆け出していった。


タマ……。

俺はいったい今まで何を……。

あいつを助けないと。


しかしその思いとは裏腹に佐藤は反対方向に走り出していた。


おい、なんで逃げてるんだよ

こうゆう時はカッコよくあいつを救い出すのがお決まりじゃないのかよ

ふざけるな

なんで、なんでこんなに足が震えるんだよ


足の震えは止まらない。

佐藤の思考とは別に本能が逃げろと叫んでいた。


あいつらはまじでやばい

くそ、タマ……


佐藤の脳裏にタマとの思いでがよぎる。

彼女を始めてみた時の震えている姿、高いエサを買ってきてやった時の嬉しそうな顔、人懐っこく彼の膝で寝ている姿……。人の姿になった彼女、朝食を作っている彼女、笑った顔、拗ねた顔、泣いている顔、怯えている顔……。

しかし同時に彼らの殺意もリアルに思い出してしまう。


このままじゃ、タマはきっと……!!


佐藤は、震える足で無我夢中に走っていた。

彼はいつの間にか九条の探偵事務所の前までたどり着いていた。

九条が事務所の中から現れる。


「やあ。どうやら君は無事だったようだね」

「…………」

「ひどい顔をしているね。とりあえず中に入りなさい」


九条に案内されるまま佐藤は事務所の中に入った。


「さて、気づいているとは思うが君が手にしてしまった本はかなりヤバい代物でね」

「はい……」


タマ、俺はあいつに何をしてやれたんだ…?


「あの本の存在を知ってしまった以上、君の身の安全も保証できない」

「はい……」


なんで俺は逃げることしかできなかったんだ…


「しばらくはここで身を隠してもらって構わない。私はあの本を処分しに教団本部に向かう」

「え、場所がわかるんですか?」


佐藤の顔が少し明るくなる。


「今私の助手に場所を調べさせている。私が信頼する優秀な助手だ。必ず場所は突き止めてくれる」

「あの……。俺も連れていってください!」


九条はジッと佐藤の目を見つめた。

全てを見透かすようなその眼差し。

恐らく彼女は全ての事情を把握しているのではないかと佐藤は感じた。


「遊びに行くわけじゃないんだよ」

「わかっています。俺はタマを助けたいんです」

「君はさっき、彼女を見捨てたんだろ?」


佐藤は言葉に詰まる。


そうだ、俺はさっき怖くて何もできなかったんだ


「何があったかは大体想像がつく。やつらは戦闘のプロだ。君一人ではとてもじゃないか相手にもならなかっただろう。だからこそ、【逃げ出す】というのが間違った判断だったと私は思わない。ただ、私は今判断力の話をしているんじゃない。君の覚悟の話をしているんだ。出来るか出来ないかなんて今は問題じゃない。彼女を助けるために君はその身を投げ出す覚悟があるのかい?その身が炎に焼かれる覚悟は?彼女は君にとってそこまでするほどの存在なのかい?私は足手まといを連れて行く気はないよ」


佐藤は目をつぶり、ゆっくり深呼吸する。


覚悟、覚悟なら、当然…!

だって、タマは俺の……。


「俺はもう逃げません。俺はあいつを救いたい。」


佐藤は真っ直ぐに九条の目を見つめ返す。

先程までの彼とは違い、その眼には決意の炎が灯っていた。


「あいつは俺の家族です。家族がピンチの時は、自分の飼い猫が道に迷った時は助けに行くのが飼い主の責任です。」


九条は最初目を丸くしたが、すぐにフフッと笑う。


「いい目だね。志野君とそっくりだ。家族か……。」


九条は寂しそうな顔をした。

それは今までに見た彼女のどんな表情とも違っていた。

それはまるで父親の帰りを一人で待つ、幼い、寂しげな少女のようだと佐藤は感じた。

しかし彼女はすぐにいつもの超然とした態度に戻る。


「君の覚悟は伝わった。私は人の眼を見ればその人の覚悟の程度が理解できるから。言葉だけの、偽りの覚悟はすぐに見抜ける」


九条はいつもの淡々とした調子で話す。


「君の覚悟は本物だ。いいだろう、これから君は臨時の助手だ。彼女を助けにいこう」





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