表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

未来への扉 ~夢と自分を信じて~

作者: ケロ風

1. わたし


2. 出会い


3. パスワード


4. 大切なこと


5. 未来


6. 夢


7. 扉を開けて




1. わたし

 

「ふわぁぁ。」また一つあくびが出た。

しょうがないでしょ、こんなに真っ暗なんだから。しかも、こんなに暇なんだし。

今、どこにいるかって?

自分の部屋のおし入れの中。

でも、布団がしまってあるから、結構快適って言えば快適なんだけどね。

かくれんぼ?そんな楽しいモンじゃないよ。

一緒に入る?きっと3秒であきるよ。私は、入る前からあきてるからね。

じゃあどうしてこんなところにいるかって?私だって、いたくているわけじゃ無いんだよ。

じゃあ、出れば良いじゃないかって?

甘い甘い。おし入れの前に、重いダンボール箱が3つも置いてあるからね。

それに、本日2回目。ついてないよね。まだお昼前っていうのにさ。

今日は、このまま一晩過ごすのかな?なんてね。

想像しただけで…いや、けっこう楽しかったりして…。ヘエエ。

反省してないわけじゃないよ。だって、反省しながら机にいたずら書きしたんだもん。

そんなの、反省じゃないって?キミ、お母さんみたいな事言うんだね。

あぁ、こわいこわい。子供のうちは、もっと楽しい事しないとね。そんな顔しないでよ。

もう、どうして私がこんな所にいるか分かったでしょ。

ちょっと耳かして。今夜ね、お父さんのベッドに、カエルのおもちゃを入れておどろかそうと思うんだ。

昨日お店で、すっごくリアルなカエルのおもちゃ、見つけちゃったんだ。

あぁ、ちなみに本日一回目にここに入れられたのは、お使いのお金でそのカーちゃん買ったの、見つかっちゃったの。

カーちゃんって何かって?分かんない?カエルのおもちゃだよ。

こわい顔がお母さんそっくりだからカーちゃん。私、ナイスネーミング!ねぇ、そう思わない?

え、つまりネコババしたお金で買ったおもちゃで、イタズラする気かって?

もう、そんな人聞きの悪い事言わないでよ。

野菜なんかを買うよりも、もっと楽しくて夢がある、とってもすてきな物を買ってきてあげて、お父さんの、ふるくさい考えを、どっかへふっとばそうとしているすてきなかわいい女の子。とでも言ってよね。100歩ゆずってそう言ったとして、かわいいっは、どこからきたのかって?

それは、見ればわかるでしょ。なんで、そこでだまるのよ。

まさか、まさか、でも…ウソ…もしかして、私のかわいさに気がついて、口があいたままふさがらないの?


「ハァ。」私はため息をついて、宙を見上げていた目線を、正面に向けた。

こんな感じの明るくておしゃべり好きな女の子になれればどんなに良いか…。

私の名前は、上田(うえだ) 琴美(ことみ)。想像する事が大好きな8才。小学二年生だ。

今のは、この前見た映画の中に出てくる、いたずら好きの少女だ。性格は、私と正反対。

明るくて、活発で、体を動かす事が大好きなのだ。

私は、どちらかといえば、一人でいても平気だし、本を読むのが好きで、妄想が大好きだ。

長所といえば、勉強がそこそこできるくらいかな。

今のは、この間の映画の続きのワンシーンを、想像してみたのだ。

だから今は、おしいれの中の布団の上では無く、ベッドの上の布団の上でまくらにつっぷしているのだ。

今日は土曜日だというのに、ずっと朝からこの調子だ。これが休日のだいごみなのだ。

あ、心配しなくても、ふつうに友達はいるし、仲良くやってるよ。

私は何気なくおし入れのドアをスライドさせて、中をのぞきこんだ。




2. 出会い

 

「あれ?」と私は声をあげた。

首をつっこんでみると、小さな茶色のドアが目に入ったからだ。

私は、不思議に思ってポケットにくせで手をつっこんだ。スマートフォンをいつも入れているからだ。

でも、自分が着ているのがパジャマだと気が付くと、頭をぶつけない様にゆっくり出て、勉強づくえの上のスマホを手に、もう一度のぞきこみ、スマホの明かりをたよりに、さっきの小さい茶色のドアを見つめた。

「あ!。」私は小さく叫んだ。

見間違えではなく、確かにチョコレート色のドアがあったからだ。

大きさは、大人が四つんばいになって、やっと通れるか通れないか、それくらいの大きさだ。

私は、自分の顔をパチパチとたたいた。

だって、こんな所にドアなんて無かったし、まぁ、いつもこんな所に入らないけど…

それにしたって、こんな所にドアがある必要性が、全く見つからないので、ついには、現実と妄想の区別がつかなくなったんじゃ…と、思ったからだ。

でも、やっぱり目の前のドアは消えないので、そっと、ドアノブに手をかけてみた。

ドクン、ドクンと、心臓が大きく波打つ。

私は、妄想が好きだし、一人で遊べるから気に入っているんだけど、この時だけは、色々な想像が頭を回って、イヤになった。

ただ単に目の前のドアを開けるだけなのに、お化けの世界につながってるんじゃないか、とか、

恐竜がいて、食べられちゃうんじゃないか、とか、

そんな風に思えてきて、ドアノブをひねるのがこわかった。

さらに、胸の鼓動が、痛いほどに大きくなったので、ノブから手をはなした。

この時も、一度さわってはなしたら、ここに封印された邪悪な物に呪われて、

死んじゃうんじゃないか、なんて事が頭の中にまわっていたので「ふぅ。」と息をはいた。

すると、リビングがある下から、

「起きてるんでしょ。朝ごはん、できたわよ。」と、母の大きな声に、やっと心臓のドキドキがおさまると、

「ハーイ。」と言いながらおし入れを出て、あわてておし入れのドアをしめると、パジャマから、ジャージにきがえて、部屋を出た。

玉子焼きのいいにおいが、鼻をくすぐった。



3. パスワード


それから一週間、私の布団がおし入れに帰ることはなかった。

と、言うのは、あの日の夜普段なら5分でふとんをしく事ができるのに、一時間位してやっとおし入れから布団引き出して、それからおし入れを開くことが出来なかったのだ。

ただ、こうしておし入れの前に立つだけで、心臓が飛び出しそうになる。

私はつばをごくりと飲み込むと、おし入れの戸に手をかけた。

こうして迷っていると、色々な考えがよぎるので思い切って、手に力をこめた。

今は朝というのに、おし入れの中は奥に行くほど暗闇に包まれていた。

左手に持っていた懐中電灯を右手に持ち変えると、スイッチをおす。

ピカっと目がくらむくらい眩い光が、おし入れの闇を追い出して、それと同時にこの前見た小さなドアの存在を私に知らせた。

チョコレート色のドアは、まるで板チョコの様に6つの四角形で出来ていた。

波打つ心臓をおさえながら四つん這いのまま少しづつ前に進んだ。

目の前にドアがある。恐る恐る手をのばすと、固い物にさわった感覚がする。

思いの他冷たくはなかった。

次に、少し後ろに下がって、右手をのばすと、ドアノブに手をかけた。

自分の心臓の音が、自分の耳にうるさいくらいに伝わる。

ひやりと感じる冷たさが、余計な緊張感を生み出して、手は汗ばんでいた。

私は、大きく深呼吸をすると、右手を右側にひねりながら手前に引いた。

開く…という、この時だれもが考える予想を裏切って、このドアはびくともしなかった。

「ふう。」と息をはいて、その場にすわりこんだ。

不安と高揚感が一気にかき消され、何か複雑な心情におかされた。

どうやらカギがかかっているようだ。私は懐中電灯を持っている右手をあげた。

それと同時に光が照らし出したものを見て、あっと息をのんだ。

そこには、びっしりと文字が書いてあったのだ。

ひらがなの「あ」~「ん」そして数字の「1」~「100」。

それはまるで、「はい」と「いいえ」がないものの、昔友達とやった「コックリさん」の様だ。

「コックリさん」とは、怪談話によくでてくるもので、占いの様な物だ。

紙に、「あ」~「ん」と、数字を書いて(地域によって、ちがうらしいけど)コインを置いてその上に指をのせて、「○○君には、かの女がいますか?」などと聞くと、「はい」か「いいえ」に、勝手に動いたり、文字や数字に動いて教えてくれる。というものだ。

でも、こっくりさんに帰ってもらえなかったり、ルール通りに片付けたりしないと、何かが起こる…らしいともその友達はいっていた。

けれど、その時は結局何も起こらなかったので、それで良かったとも、少し残念だったとも思う。

まあ、何はともあれ、この文字たちは、きれいに並んでいて、良く見ると、1字ずつ、取りはずせる様になっている。

さらに上の方に光を当てると、さっきの取り外した文字が2つ分入りそうな溝があって、その上には、

「パスワード」とかたかなで刻まれている。

どういうからくりかはわからないけれど、おそらく下の文字2文字を選んで順番通りにはめこむとドアが開くか、このドアのかきが手に入るのではないか。

そう思ったわたしは、今までおびえていたことも忘れて、ひらがなの「あ」と「い」をとりはずすと、溝にはめこんだ。

…やはり、予想通り何もおこらなかった。

とりあえず、その2文字をもとの位置にもどすと、おし入れを出て、戸をしめた。

ふと、うで時計を見た私は、思った以上に針が進んでいたので、あわてて部屋を出た。

本当は、朝ごはんを食べてから行こうと思っていたのだけれど、約束の時間がせまっていたので、

上着をはおるとお財布をポケットにおしこんで、キッチンで料理を作っていた母に、

「ごめんね。ねぼうしちゃって…。今日、私が作る番だったのに…ありがとう。私、コンビニで買って食べるから。いってきま~す!。」

と、返事も聞かずに玄関を飛び出して自転車にまたがった。

右足をペダルにのせて力をこめる。土曜日の朝、とてもすがすがしい空気がながれる。

秋のすずしい風が耳にあたってくすぐったい。

ここにきて、スマホを忘れた事に気が付いたけれど、一応、お金は持ってきているから何かあったら公衆電話を使おうと、そのままこぎ進める。

ベッドにつっぷして、妄想しているのも良いけれど、たまには朝から出かけてみるのも良いなぁ。

と、あれこれ考えながら進んでいると目的の公園が見えてきた。

駐車場に自転車をとめると、公園へとかけ出す。

朝食をぎせいにしたおかげで、約束の時間より10分も早く着いたから、さすがにまだ来て無いと思ったんだけど…いた。

秋っぽい茶色の、大人っぽいワンピースを着ている、私の約束の相手…立花(たちばな) 優果(ゆうか)

私が小さい時、2、3才だっただろうか、まだアパートに住んでいたころ、隣に住んでいたのが優果姉ちゃんだったのだ。

優果姉ちゃんは、今中学2年生、つまり14才だったから、逆算して当時8才、小学2年生で今の私と同じ年だ。

ふつうに考えて、まだ園児にもなっていなかった私を、小学校低学年だった優果姉ちゃんと2人で遊ばせるとは考えにくいのだけど、実際、優果姉ちゃんの家…つまり隣の家の中に入れてもらって、

当時専業主婦だった優果姉ちゃんのお母さんにジュースを入れてもらい、

優果姉ちゃん学校から帰ってくるのを待っていて、帰ってきたら、近くの公園で2人っきりでよく遊んだのを覚えている。

背も高くて力もあったし、大人っぽくて落ちついていたのだろう。

それにしても今思うと、学校から帰ってきてから、日が暮れるまでずっと一緒に遊んでくれて、

たまに優果姉ちゃんの友達何人かと遊んでくれたけれど、他の友達は宿題があるからと先に帰って行ったのに、優果姉ちゃんはいつも一緒に遊んでくれていた。

…つまり、いつ宿題をやっていたのだろうか。やっていなかった…それは無いだろう。

いつも優果姉ちゃんは、優等生だったから。

じゃあ、朝早くおきてやっていたのだろうか…そう考えるとなんだか申しわけない。

優果姉ちゃんはそのうち引っ越していって、すぐに家も、今の家に引っ越した。

けれどこうして一年に何度か会っている。

「こっちゃん、おはよう!」と、ふり向いた優果姉ちゃんの、優しくて大人っぽい声と、

爽やかに、穏やかに笑うその笑顔は、昔も今も変わらない。

ちなみに、こっちゃんとは、私の名前、琴美からとったあだ名だ。

小さいときから、ずっとそうやってよばれてきた。

「おはよう!ごめんね、土曜日の朝っぱらから…。」と、申しわけなく思う。

いつも優果姉ちゃんの方が、さそってくれるのだけど、今回は、例の件も相談したかったので、

久しぶりに私がさそったのだ。

「ううん。そろそろ会いたいなぁ。って思ってたし、土曜日にしたのは私の予定だから。」

優果姉ちゃんは、いつも人を責めたりしない。

すると、グゥーと私のおなかがなった。母には、朝ごはんはコンビニですませると言ったけれど、そんな時間も無かったので、正直な所、おなかがへっていたのだ。

顔が熱くなるのを感じる。いくら仲の良い優果姉ちゃんでも、さすがにはずかしい。

「ごめんね。ねぼうしちゃって朝ごはん食べそこねちゃって…。」と言うと、優果姉ちゃんは

「ううん。実は私も食べて来て無いんだ…。」と、肩をすくめて笑った。

たぶん、うそだろう。そんな風に言ったら一番私がはずかしく無いだろうと言ってくれたのだ。

「二人とも食べてないなら、近くのファミレスで食べよっか?」とつけ加えてくれる。

うで時計を見ると11時をまわっていた。少し早いけれど、優果姉ちゃんはお昼として食べられるし、仮に本当に食べて無いとしたらそれはそれで良いよね…。と思って、私は、

「うん。やった!」と答える…が、すぐにお財布をかくにんすると、500円玉が1つと10円玉が3枚しか無いことを思い出した。

昨日友達と、駄菓子屋さんに行った事を忘れていた。

「あ…ゴメンね。私、500円しか無いから、優果姉ちゃんはファミレスで食べて。私は、となりのコンビニで、パンでもかじってるから。」と言う私に、

「大丈夫だよ。昨日お小遣いもらったから、二人で食べる分はあるよ。」と笑ってくれる優果姉ちゃん。

「いいよ…」と言いながら、グゥーと、またおなかがなった。

「大丈夫だって、ほら行こ!」と、もう歩きだす優果姉ちゃんに、あわてて後ろからついて行く。

私よりも、年が上である事は確かだから、お小遣いは私よりもあるだろうし、

無駄遣いする様な事も無いだろうから二人で食べる分くらいならあると思う。けれど、まだ中学生だ。

申し訳無いとは思いつつも、今回は甘える事にした。

「またここもどって来るから。自転車、私の後ろに乗ってく?」と聞かれて、

「うん。」と答える。

自分の自転車にキーはかけたし、何より優果姉ちゃんの後ろに乗るのは久しぶりで、またその温かいせなかにしがみつきたかったからだ。

「あ、でも交番の前通るから、ヤメとこうか。」と言われ、少し残念だったけれど、私はしかたなくコクリとうなずいた。

自転車で5分。朝よりも少しだけやわらかくなった風にふかれ、近くのファミレスに着いた。

席についてメニューを広げ、優果姉ちゃんは少し迷った末に、「Aセットの、パンにしよう。」とつぶやいていた。

私も、少し迷ったけれどお金は優果姉ちゃんにはらってもらうので、一番安いお子様ランチセットにした。この年になってお子様ランチは、少し気が引けるけれど、小学生まで注文できるし、それにファミレスとはいっても思うぞんぶん食べたら高くなってしまう。

たまには、こういうのも良いよね。と、自分に言い聞かせながら、優果姉ちゃんに

「お子様ランチセット、注文しても良いかなぁ?」と聞く。優果姉ちゃんは、

「うん。良いよどれでも。デザートとかいる?。」と、笑顔で答える。

本当は、アイスクリームとか、イチゴパフェとか、おいしそうな名前がならんでいて、食べたい…とは思うものの、

「ううん。みかんゼリーがついて来るから。」と答える。店員さんをよぶ、ベルをさし出しながら、

「そう。じゃあコレおして。」と優果姉ちゃん。

小さい頃から、家と立花家は家族ぐるみで仲が良くてよく外食にも一緒に行ったのだけど、その時私が、ベルをおしたいと言ったのを覚えていてくれたのだろう。

それは小さいころの話しで、押すと人が来るのが面白くて押していただけで、今は特別好き、というわけではないが、せっかく差し出してくれたので、私は中指で押した。

私には変な癖があって、1本指を出す時普通は人差指なのだろうけど、なぜかなか指を使ってしまう。

今みたいに、ベルを押したり、スイッチを押したり、スマホをスクロールする時なんかがそうだ。

しばらくすると、店員さんが料理を運んで来た。お子様ランチセットが私の目の前に置かれる。

久しぶりに会う…いや、正確には食べてしまうので、見る、お子様ランチセットは、思いのほかおいしそうだった。

ハンバーグには、トロッととけたチーズが乗っていて、ケチャップライスには、日の丸の旗が立っている。

「いただきます。」と手をあわせると、さっそくフォークを手にとり、ハンバーグにありつく。

おいしい!心からそう思った。大げさかもしれないけれど、朝からなにも食べていない私にとっては、大ごちそうだ。

優果姉ちゃんは、静かに自分のAセットを食べながら、ハンバーグにがっつく私を微笑ましそうにみていたけれど、しばらくして私が落ち着いたところで、話しかけてきた。

「ねぇ、こっちゃん…何かあった?話したくないなら、良いんだけど…。」心配そうに聞く。

私は、スプーンにのせたケチャップライスを口に運ぼうとしていた手をおろすと、

「…うん。本当は話を聞いてほしくて、さそったんだ。」と、前に向きなおった。

例の事を、誰かに聞いてほしかったんだけど、お父さんは笑い話にされそうだし、お母さんは、私が幻覚でも見たのだろうと心配されそうだ。

まじめに聞いてくれそうなのは、優果姉ちゃんだけなので、今回私は、さそったのだ。

「あのさ、今からするのは変な話で、でも、本当に私が見たことなの。信じてもらえないかもしれないし、うそだと思っても良い。でも、少しだけ話を聞いてほしいの。」

そう言って、優果姉ちゃんの、澄んだ瞳を見つめる。

優果姉ちゃんも、私の目を見つめた。

「私、信じるよ。絶対、こっちゃんの事。」と、真剣な声が伝わる。

「ある日、いや先週の土曜日、おし入れの中に小さいドアを見つけたの。

大人が四つんばいになって、やっと通れるくらいの。開けようと思ったけど、カギがかかってるみたいで開かなかった。

今まで、無かったと思う。いつからあったかは分かんないの。そして今朝ね、ドアの上に文字がいっぱい書いてあったのを見つけたの。

コックリさん、知ってる?あんな感じに。でも良く見ると、一文字ずつ取りはずしできる様になってた。

そのさらに上、天井近くにね。溝があったの。取りはずした字が2つ分ぴったりはまる大きさ。

その上に、カタカナでパスワードってほってあったの。何か手書きぽかった…良く見て無いけど。

ためしに、ひらがなの「あ」」と「い」をとってね、はめてみた。けど、何も起きなかったの。

ドアも開かなかった。でもたぶん、その文字板から正しい字を順番通りとって、はめるとドアが開くんじゃないかって、…推測だけど。

開けて良いのか、わかんないけど、開けてみたいんだ。…

これが私の話。信じて、くれる?」

そういって、上目づかいに優果姉ちゃんを見つめる。

「何、言ってるの?」思いがけない答えに、ダメだったか…と、がっかりする。

しょうがないよ、変な話だもん。と、自分に言い聞かせながら、

「ゴメン。変な話して。忘れて。」と、目をそらしながら言うのが、精いっぱいだった。

「そうじゃなくて、私、言ったよね。『こっちゃんの事、絶対信じるよ』って。信じるに決まってるじゃん。こっちゃん、ウソつかないって信じてるから。」

私は心の底の方が、温かくなるのを感じながら優果姉ちゃんを見つめて、言葉をつけたした。

「さっき、開けてもいいか分かんないって言ったでしょ。でもね、あったかいの。

そのドアが、なんかあったかくて…。本当に信じてくれるなら、パスワード、一緒に考えてくれないかなぁ?私、開けてみたいんだ。そのドア。」

優果姉ちゃんは、こちらをみつめかえして、笑ってみせて、

「うん。」と、答えた。

「でも、その前に食べちゃお。腹が減っては戦はできぬ、なんて、いうしさ。」本当だ、話に夢中になっていてさっき食べかけたケチャップライスもスプーンにのせたまま、お皿の上にのせっぱなしだ。

優果姉ちゃんも、半分以外食べていないパンを、右手に持っていた。おたがいに、にこりと笑いあうと、残りのごはんを食べはじめた。




4. 大切なこと


 食べ終わって、お会計を済ませると私は自転車にまたがった。

優果姉ちゃんも、自転車に乗りかけて、

「あ、ごめん!ちょっと寄って行きたい所があるから、先行っててくれる?公園、まっすぐ行って、突き当りを左。分かるよね。」と、自転車からおりた。

私が、

「うん。でもここで待ってよっか?」と答えると、

「ううん。ありがとう。すぐだから大丈夫。」と言って、公園とは反対の方向に走りだした。

どこへ行くのか、少し気になったけれど、私は優果姉ちゃんの背を目で追うのをやめ、公園へと向かった。

公園は、さっきよりもこころなしか人が少なかった。

うで時計は、12時30分をさしていたので、お昼を食べに帰ったのだろうか。

ベンチに座って待っていると、10分もしないうちに優果姉ちゃんが走ってきた。

自転車はどうしたのだろうと思っていると、両手に何か持っているのに気付いた。

アイスクリームだ。少し息をあらくしながら、チョコレートアイスを私に差し出して、

「ごめん。ちょっととけちゃったけど、ここのアイス、おいしいから。こっちゃん、チョコのアイス、好きだったよね?」と笑った。

「うん…。ありがとう。大好きだよ。」うれしさより、申しわけなさの方が大きくて、ぎこちなくなってしまった。

「ごめんね。つかれたでしょ?自転車、どうしたの?」と、つけ加えると、

「ううん。大丈夫。自転車ね、おいてきちゃった。アイス持って自転車は、さすがに私も無理。」となりに座って、自分のアイスを食べながら、冗談めかして答えた。

それが優果姉ちゃんの優しさだ。

「アイス、いくらだった?お金払わ…。」おさいふに500円玉だけが入っているのを思い出して、そう言ったたのをさえぎるように、

「いいよ。そんなに高くないし。おいしい?」と、優果姉ちゃん。

「本当においしいよ。でもやっぱり…。」お金、払わせてよ。と言いかけたのを、またさえぎるように

「良かった。それより、おし入れの、コックリさんみたいなヤツの事だけどさ。」と言った。

「うん。」

「2文字のパスワードを、考えれば良いんだよね?」うなずいた私を見て、優果姉ちゃんは続けた。「じゃ、やっぱりさぁ、意味がある2文字の方が可能性は高いよね。」

「たしかに…。イヌとか、ネコとか?」

「うん…というより、何かのメッセージとか?かな。」

「何だろ。メッセージ?2文字の…。」

「何だろう?」優果姉ちゃんも、しんけんに考えてくれているようだった。私は、

「メッセージってことは、動詞なのかな。」と、話を進める。

「…言うとか、けるとか、行くとか?」

「メッセージなら、言え、とか、けろ、とか、行けとか?」

「命令形?」

「うーん。でも、何かしっくりこないなぁ。」

「ねぇ、私こっくりさんなんてやった事ないけど、漢字とかは無いの?」

「うん。ひらがなと、数字だけ。」私はそう答えて、半分とけたアイスを、全て食べた。

優果姉ちゃんも、アイスを食べきると、

「でも、メッセージって動詞とは限らないんじゃない?」と言った。

「じゃあ、名詞?形容詞?形容動詞?」

「名詞かな?形容詞って、美しいとか、長いとか、最後に「い」がつく、様子を表す言葉でしょ?あんまり2文字ってないような。」

「形容動詞は、元気だとか、元気なとか、「な」と「だ」とかで終るよね。

これも、2文字って少ないし、メッセージって感じじゃないよね。」

「名詞かぁ。2文字だと、はな、うみ、かぜ、くり、かめ、いち…。いくらでもあるね。」

「うん。メッセージになりそうなのは…?」

「ゆめ…夢とかなら⁉」

「良いんじゃない。メッセージって感じするしね。」

こうして、私は、「ゆめ」というパスワードを考えついて、そして、あの扉を開くことになるのだ。




5. 未来


 胸の鼓動が激しさを増す。自分の耳にまでその音が入りそうだ。

暑くはないのに、額に流れ出た汗で髪がはりついている。

もう少しでこの扉が開くかと思うと、不安と期待が入り交じり、複雑な心情におかされていた。

ふるえる右手を、左手でおさえながら、ひらがなの「ゆ」を取ると、溝にはめこんだ。

…まだ、何もおこらない。もう1度深呼吸すると、こんどは、「め」の文字をはめこんだ。

したたれる汗をうででぬぐう。

「ガチャ」何かが開く音がした。ドアのロックがはずされたのだろうか。

まだ、間に合う。引返す事もできる。だけど、ここまで来て引き返す気は無かった。

目を閉じる。辺りが真っ暗になった。

1階で母が包丁を使っているリズムの良い音が聞こえる。

胸の鼓動が落ち着くのを待って、思いきり扉を開いた。

目の前の光景に言葉が出なかった。開いた口がふさがらない、とはまさにこの事だろう。

とにかく説明のしようが無いので、この扉の先は、「未来」だった。としか言いようが無い。

もしかして、パラレルワールドかもしれないが、どちらにしても、私の生きている世界よりも、進んでいる事は確かだ。

私の中の不安よりも、好奇心が上回ったらしく、勝手に足が歩き出した。

どれくらい歩いただろうか。時間の感覚が全くなくなってしまった。

1人も人に会っていない。さっきから、動いているものといえば、不思議な形をしたロボットだけだ。

寒い…。この空間はとても寒い。気温の関係ではなくて、温もりというものがないのだ。冷たいのだ。

それが分かると、好奇心だけでここまで来た自分が、醜く感じた。

もう、二度と、温かい、あの場所へ、温もりのある、あの手に、出会うことは無いのだろうか。

私が、一番いたいと思う所へ帰れないのだろうか。私は一生、冷たい世界で生きるのだろうか…。

そう思うと、どうしても切なさよりも、恐怖を感じてしまう。

ここから、あの扉まではどうやって行くのだろうか。方向も時間も、分からなくなってしまった。

いっそうの事、このまま、切なさも、こわさも、自分さえも分からなくなってしまえば…。

気が付くと、人が1人、イスに座っていた。何をするでも、どこを見るでもなく、ただ座って、虚ろな目を開けている。そんな感じだった。

30代くらいの女性だ。イスのうしろに、何か貼ってある。名前だろうか。

ウエダ コトミ。上田琴美。

私は頭の中で漢字に変換した。それと同時に、背すじに冷たいものがはしった。

この人、未来の私なんだ。未来の上田琴美、自分自身なんだ。

近づいてみても、表情一つ変えないので、私から話しかけてみる事にした。

「あ…のぅ。少しお話しをうかがっても…よろしいでしょうか?」

相手は、未来の私は、もう何年もろくに話してなかったような、ひどくかすれた声で、

「何です?」と答えた。

それは、まるでプログラミングされて、話しているだけのロボットのように、心が入っていなかった。

今の時代、私が今まで生きていた平成の時代では、街を少し歩けば、お店などにおいてあるロボットを見る事ができる。

ほとんどの人は、子供でもスマートフォンを持っていて、家から外へ出なくても、ネットを利用して買い物もできるし、家から仕事だってできる。

AIが、ふつうの家庭で使われるのも珍しい事ではなかった。

それを、今まで便利だと感じていて、こわいと思う事は一度もなかった。

けれど、今、心から恐怖を感じた。人の愚かさに気が付いた。

他の動物より、賢いかもしれないが、大切な事を、人は簡単に忘れてしまうのだ。

それは、小さい小さいアリなんかよりも愚かなのだろう。

人は、人が作りだしたものに、こんなにも振り回されて、大切な事を見落として、人として、なくてはならないものを失ってしまうのだから。人とは、哀れな生き物だ。

「あの…。すごく変かもしれないけど、私、あなたなんです。あなたは、私…なんです。

つまり、私達同一人物なんです。あっと…たぶん…。ここは未来で…。

いや、つまり私、過去から来た、子供のころのあなたで…。わけ、わかんないかもしれませんけど。

あの、覚えてませんか?あなたが私なら、きっとあなたも…。」

あせってしまって、上手く話せていない。私は、1度深呼吸をした。

「あなたも、私と同じくらいのとき、子供のとき、未来へ行ったはずなんです。そして、未来のあなたと、こうやって話したはずです。覚えていませんか?」

反応が無い。聞いていないのか、何かを思い出そうとしているのか、私には分からなかった。

けれど、かまわず続けた。

「きっと、それは、楽しい思い出です。」

そんな確証はどこにもなかった。もしもこのまま、私が帰れなかったら、楽しい思い出になんて、決してならないだろう。

だけど、信じたかった。これが、楽しい思い出になると、信じたかった。

キーワードが、きっとあるはずだ。未来の、私に思い出してもらうキーワード。

キーワ―ド、と考えていると、ふと、パスワードを思い出した。そうだ「ゆめ」だ。

きっと、それが彼女の思いをとりもどすためのキーワードなんだ。

「あの、夢なんです。あなたにとって、大切なのは、夢見る気持ちなんです。

もう、逃げないで下さい。

夢を追う事が、もしも苦しくても、叶わぬ夢を追う自分が、虚しくても、

あなたは、私だから。私があなただから。

ゆめを、思い出して下さい。輝く、あなたの、ゆめを!」

私が、願うように叫ぶと、さっきまでの虚ろな目が、光にみちあふれるように大きく開いた。

「やっと…来てくれたのね。私は、あなたを信じていたのよ。ずっとね。

あなたが、私をそうしてくれたようにね。そう。私はあなたなのよ。あなたは、私なの。

私が子供の頃も、あなたと同じように、未来の私の心を呼び起こした。

いつから、こんなことがおきてるのかしね。私は何もわからなかった。

だから、あなたを信じることしかできなかったのよ。

あなたも、人の愚かさを感じたでしょう?そして、自分の愚かさも。

人は、何度も同じ過ちを繰り返すのね。

私も、人である事に変わらないのよ。あなたもね。

私は、人の哀れさを知ったのに、未来は何も変わらないのね。」

「人は、非力で無力で無知かもしれません。でも、それは夢を持てるからかもしれません。

人は、夢を追わなくなった、いえ、追えなくなったら、輝けませんから。

けれど、夢は、人にとって無くてはならないものの、一つだと思います。

私もきっと、あなたと同じ様に、時に流され、いつかは心を失う日が来ると思います。

それが、人の価値を変えてしまう事を知りながら。

いつか、夢を追えなくなるでしょう。それでも、私は、自分の事を信じていられると思うんです。

人が一人でできる事なんて、ほんの少しですけど、

少しでも、変えられるなら、私は、私を信じ続ける事ができると思うんです。」

彼女は、未来の私は、まるで、自分は、そう言わなかったかの様に、未来の私が子供のころに言わなかったかの様におどろくと、微笑んで、

「そうかも、しれないわね。」とつぶやくように言った。 




6. 夢


 「ここを、まっすぐ行けばあなたが通ったドアがあるはずよ。一度帰ったら、もうここには来れないから気を付けてね。

あなたの家の中に入って、ドアを閉めたら、パスワードはもうリセットされているから、

あなたが、パスワードを決めてはめこむのよ。そしたら、そのドアは消えるわ。その時が来るまでわね。

未来のあなたの心を呼び起こせるようなパスワードにするのよ。分かったわね?」

せっかく未来に来て、自分に会えたのに、帰らなければいけないのだな、と思いながら、

「はい。あの、私、忘れませんから。あなたの事。」と答えた。

未来の私は、一瞬うれしそうに笑ってから、困ったような、さみしいような顔をした。

「あなたが、いるべきところは、ここじゃない…。ほら、早く行きなさい。温かい所へ。

家族が、待っているわよ。」

「はい。お元気で。」

「あなたもね。」私は、走るようにして、ドアへ向かった。

こぼれそうにこみ上げてくる、熱いものを見せたくなかったからだ。

懐かしいドアの前で、1度振り返ったけれど、もう彼女の姿は見えなかった。

私は、彼女の言い忘れていた事を思い出して、もどろうとしてあげた足をふみこらえた。

最後の彼女の表情を思い出したからだ。

さみしそうに、笑った顔が切なくて、もう、もどれなかった。

ドアを開くと、おし入れの少ししめった空気がくすぐった。

「ありがとう。」そうつぶやくと、ドアを閉めた。

ほほに、熱いものが伝わった。パスワードは、もう決めていた。

「ゆめ」の2文字をはめこむと、床にしずくが落ちた。

ドアが消えていく。

とうとう私は、その場にしゃがみこむと声を出さずに涙を流した。

 



7. 扉を開けて


 「ごめん。おそくなっちゃった。」

我が家の門限の5時30分ギリギリに玄関にすべりこむと、私は叫ぶように言った。

「大丈夫。ギリギリセーフだけど。珍しいわね、こんな時間まで。」

キッチンから、切りかけのキュウリを持ったままの母が、出迎えながら笑った。

「うん。ユウちゃんと、カナちゃん家に行ってたら、つい楽しくなっちゃって…。」

ユウちゃんも、カナちゃんも、私のクラスメイトだ。

あの日から私は、休日も平日も友達と遊ぶ事が多くなった。

お父さんからも、「最近、社交的になったな。」と言われた。

相変わらず妄想も好きだけど、友達と過すのも同じくらい好きになった。

そして私は、将来の夢を見つけた。

ロボットの開発にたずさわりたい。と、思っている。

そのロボットが、将来、私の夢を奪う事となっても、なぜか逃げてはいけない気がした。

ロボットは、人が夢を追った結果つくり出されたものだ。

そんなものに、夢を奪う力なんて無いと思う。きっと、夢を奪ったのは、人間自身なのだろう。

それなら、逃げていても変わらない気がした。だれかのためになるのかは、分からない。

けれど、自分で思い描いた夢を、追いたいと思った。この夢なら、追っていけると思った。

その結果がどうであれ、私は良いと思う。それが、夢を追う、という事なのだと信じて…。

人が、たった一人で…私が、ひとりでできることなど、あるのだろうか。

それでも、今は、今の自分を信じる事ができた。

それは、自分の心を、自分で閉めつけていた扉を、開くことができたからかも、しれない。


        完

               


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ