裁縫、殺害現場
「だからー!裁縫する時は糸の玉結びしないと
糸が抜けて縫えないでしょうが!
何回言えばわかるんだ!
何回も何回も忘れてよお!
お前らが出来ないと生産に移行出来ないんだよ!
ほら、そこの隊員B!
お前は玉結びは出来てるが玉止めが出来てねえ!
布と玉止めの隙間が空くのは許すがな?
見てろよ!スルスルと糸が抜けて
中の詰め物が落ちていくじゃねえか!
こんなことも出来ないのか?
いくら警備隊でも服破れたら縫わないのかよ?
縫い方も返し縫いしてないし・・・
波縫いと返し縫いだと丈夫さや見た目が違うんだよ!
分かるか?お前らが縫う度に布が赤く染まるのが!
何回自分の指に針を刺してんだ!
いくら治癒が出来ても製品が赤い斑で
匂うと血の臭いがするなんて誰が買うかよ!
お前らもそうだろうが!
警備隊で言えば錆びた剣を買うなんてしないだろうが!」
現在トキは孤児院の執務室でクルス隊長の部下に
裁縫について教えていた。
最初は鼻で笑われ、男がするもんじゃない。
俺ならまだ早く出来ると
言い出したのが切っ掛けで
トキが無理矢理ぬいぐるみ作りをやらしている。
いざ、やらすと裁縫の基本が出来ておらず
何度も自分の指を針で刺して仰々しく痛がり
その度に布に赤い染みが出来ていた。
隊員の裁縫技術に苛立ち、雑巾作りから教えて
今はなんとか縫えるようになったが
いざぬいぐるみ作りに移行すると
上手く縫えず基本を忘れて縫う姿を見て
トキが怒りをぶつけていた。
「もう一度、雑巾から始めるぞ!
大層な事を口にして出来ないとか恥ずかしくないのかよ。
ったく・・・
隊員Aは玉結び下手だから指南してやるよ!
見てろよ。
人さし指に糸を1周巻き親指で糸を押さえる。
次に糸をずらして輪になった糸をより合わせる。
この時は人差し指が後ろへ動かして親指を前に動かす。
そして中指と親指でより合わさったところを
押さえて糸を引く。
この時中指で結び目を押さえるのが重要な!
さて此で糸を引くと固く結ばれるわけだ!
分かったか!こういうのは口で話すよりも
実体験してこそ身に付くんだ!
剣の型を覚えるのと同じだからな?
ほら、練習あるのみ!
あ、端がなげえな?
こういうのは切ればいいから気にするなよ?
これがお袋、母の仕事なんだよ!
苦労が分かれば親孝行出来るからな?
ちゃんと苦労して雑巾縫いやがれ!」
「トキ先生?玉止めをもう一度お願い出来ますか?」
「隊員Bか?この際だ。ちょっと待ってろよ!」
チリンチリン・・・
トキは執務室の机にあるハンドベルを鳴らす。
タッタッタッタッ・・・カタン・・・
「キュイ?」
「いや、ルティ呼んでねえから!」
「キュゥン…」
執務室の扉の下にある子扉から子狐のルティが現れ
突っ込まれると落ち込み
トボトボ歩いて、たまにちらりとトキを見て
子扉から出ていく。
チリンチリン・・・
タッタッタッタッ・・・コンコンコン・・・
「キュイ?」
「呼びました?」
孤児院の子供がルティを抱えて入ってくる。
「んー・・・まあ、いいか。
今から緊急、裁縫授業やるから
集まれる奴等を教室に集めてくれ!
もし40人以上なら会議室に集めてくれ!」
「キュイ!」
「了解しました!連絡してきますので
1時間後で良いですか?」
「あぁ、頼む。後、ルティは暇ならしてみるか?」
「キュイ!?キュイ」
ルティは戻れと言われると思っていたが
予想と反して受け入れられたので
一瞬驚き器用に敬礼をする。
こうしてトキ主催の裁縫教室が始まり
雑巾作りからぬいぐるみ作りまで行っていく。
この教室を受けて警備隊の部下2名は
事件が解決するまで
ライガーのレイとティグロンのモールの
ぬいぐるみ作りの主戦力として働き
副業としてこの冬は警備隊の中で稼ぎ頭となり
衣類が破れたら縫う習慣が出来て
『警備隊の母達』と呼ばれるようになった。
ちなみに一番上達したのはルティなのは
別の話に・・・
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トキ主催の裁縫教室が行われていた頃
ヴァイス達はトキが容疑者として
疑われる基となったドルア男爵の別荘に来ていた。
「ここが貴族の別荘か・・・
ヴァイス君も同じの持ってるのか?」
「持ってますけど・・・
あんまり使った記憶は無いですね。
5・6年前ぐらいですかね?」
「そうなのか?・・・良く考えたら
まだ11歳なんだよな?
大人びてるから忘れてたよ」
「ワゥゥ!?」
ヴァイスの年齢を始めて知ったシルは
驚き顔を2度見する。
「ヴァイス様は変わられましたからね?
トキ君と会わなければ
引きこもりをしていましたからね?」
「そうなのか?何で引きこもりを?」
「アイサ姉様がゾラム公爵へ嫁いで
もう会えないと考えていましたからね?
友達と呼べる人も居なくて・・・」
「ワゥゥ…ワン!」
「シル・・・ありがとう!
あの時、先生に助けてもらわなければ
今もこの世界を歪んだ目で見ていたでしょうね?
でも会えたからこそ、
シルやルティ、フィル達に会えて
戸川さん達にも会えたんですから
先生には感謝が絶えないんですよ!」
ヴァイスがトキへの感謝の言葉を告げると
クルス隊長が泣き始める。
「おいおい、泣くことなのか!?」
「クルス隊長は僕の過去を知ってますからね?
思い出して泣いてしまったのでしょう…
そう言えば先生に魔法の利便性と危険性を
教えてもらった時も感動して泣いてましたね…
あれが僕にとって初めての授業でした…」
ヴァイスは昔を思い出してフフっと軽く笑う。
「トキがそんな事をねぇ…
俺はあいつの昔を知ってるが
そんな事する奴には見えなかったな…
もっと大人しく今みたいにギラギラしてなかった。
きっとこの世界があいつの考え方を
変えたんだろうな…」
「戸川さんも経験してみます?
1週間のスーサイド生活?
僕みたいに変わりますよ?」
「ワン!」
「いや、俺はガデルさんの訓練で充分だ。
あれ以上したら精神に異常がくるから」
「実際あの訓練はおままごとだと
スーサイドで暮らしたら分かりますよ?
冒険者としての基本を教えてるだけですからね?」
「あの孤児院の外周走るのが基本なのか!?」
「体力面では必要ですよ?
魔物が来たときに逃げれる体力に
反射的に避けれる様に瞬発力も鍛えてますからね?
甘く見ると死ぬのが冒険者ですから
気をつけないと・・・」
ヴァイスが手を合わせて合掌し拝む。
「怖いことするなよ…」
「そうならないように無茶しないように
してくださいね?
では現場へと足を踏み入れますか!」
「りょ…了解しました…」
ヴァイスに言われてクルス隊長が泣き止み
目元を拭いドルア男爵の別荘へと
足を踏み入れた。
家の中はゾラム公爵の家のようになっており
ゾラム公爵よりコンパクトにした感じの
イメージを持ったヴァイスは
アイサ姉様を思い返していた。
あれ?顎砕いてるイメージしか出てこない・・・
他にも良いところがあると
思い出していたが最近のイメージしか
浮かばなかった。
そしてドルア男爵の殺害現場に出向くと
扉の入口には警備隊が現場保持の為に
番をしていた。
番兵にクルス隊長が少し話して執務室の中を
覗かせてもらう。
部屋は・・・
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┃┼┗┛┗┛┗┛┼┃◯被害者
┗┓┼┏━━━━━┛ ※上からの図
書斎の様に左右には本棚が設けられており
扉の近くにソファーの間に机が置かれている。
奥には仕事用の机がありその手前に
被害者が横たわっている。
現場は本棚が乱れて地面に落ちている書類や
争った時に出来た傷が複数ある。
遺体はソファーの間にある机の上で
吊るされていた。
血文字があった場所は仕事用の机の
右端に小さく書かれていたらしい。
戸川が部屋に合掌し調査を始めようとするが
「ヴァイス君は手袋あるかな?」
「手袋ですか?冒険者用の手袋しかないですよ?」
「・・・クルス隊長は?」
「私も仕事用のものしか無いですね」
「そうか・・・そう言えばそう言う常識だもんな…
なら出来る限り遺体に触らないでくれ!
理由は後で説明する。
念のため持ってきたが正解だったな
クルス隊長は番兵に頼んでドルア男爵の
使用人に新品の手袋を2組貰ってきてくれ!
シルは・・・これを足に着けてくれ!」
クルス隊長は番兵に頼み使用人から
手袋を貰ってくるように指示を出す。
戸川は革の手袋を両手に嵌めて
シルの足に布袋を装着する。
「ワゥゥ・・・」
「嫌そうにするなよ?
土まみれの足で歩いたら現場が汚れる。
シルの足跡が証拠隠滅したら
トキが犯人扱いなるだろ?」
「ワゥゥ!?」
「俺はシルの嗅覚を頼りにしてるからな!
だから今は我慢してくれ!
現場検証終われば外してやるから」
「ワン!」
戸川はシルの言葉を聞いて
クルス隊長達が手袋を嵌めるまで考える。
警察犬の代わりに連れてこさせたのか?
それなら正解と思えるが・・・
色々思考を頭の中に巡らしてると
クルス隊長達が手袋を嵌めて準備出来たので
扉の前で靴を全員脱いで調査を始めた。