嗅ぎつける嗅覚
「なるほど、怖いですね」
「此処までするのは予想外だったがな」
辟易とする月読。彼女は、んあー。と両腕を伸ばし伸びをした。そこで壁にかかっている時計を見て、
「おいウズメ。もうそろそろ仕事の時間じゃないのか?」
と、ウズメに聞いた。
「あっ、ホントだ」
彼女も時間を確認し、慌ただしくなる。
「悠人、距離を開けながら駅まで送ってやれ」
「解りました」
「え、危ないからいいよ」
「いざとなったら警察を呼べばいい。それにまだ掲示板に張り付いとるようじゃし安全じゃろ」
話がまとまったところで、悠人が口を開く。
「あの、俺ストーカーの顔を知らないんですけど」
「あれ、教えとらんかったかのう」
月読がそう言って棚から雑誌を取り出した。
「五年前のアイドル雑誌じゃ。こやつがストーカー男じゃ」
そこには『期待の新人アメノン! デビュー目前!』と言う文字と一人のアイドル。そして客席最前列に並んでいる男が赤丸で囲われていた。
「この男ですか」
結構な大きさで写っていたので、しっかりと確認することができた。
「この頃から熱心なウズメのファンらしかったから、一途と言えば一途じゃな」
「やめてよ、もー」
その二人の会話に疑問を持ち、悠人はもう一度雑誌を凝視する。
一人の地下アイドルが歌いながら踊っている様子の写真。それを熱心な様子で応援する男。しかし、どう見てもこのアイドルはウズメでは無かった。
「これ、ウズメさんじゃないですよね?」
確認のために月読とウズメに聞くと、二人はきょとんとした表情で雑誌を見る。
「? 間違いなく私だよ?」
「五年前より老けたか、という質問か?」
怒るウズメをよそに悠人はもう一度見るが、全く一致しない。
首をかしげていると、月読も不審に思ったのか真剣な表情になった。
「何がおかしいんじゃ? ここに写っとるのは……」
次の言葉が紡がれないまま数秒。そして若干震えた声で月読が喋り出した。
「悠人、これは間違いなくウズメじゃ。じゃが同時にこれはウズメでは無い」
月読はそこで一呼吸置いて続ける。
「私らは死ぬことも老いることも無い。それ故に、人前に姿を晒し続けるための方法が二種類あるんじゃ」
右手の人差指をピンと立てる。
「一つ目は、定期的に居場所を変え接触する人間を変える。これは簡単じゃな」
次に中指も経てる。
「二つ目は、その存在を捨てる事。具体的に言えば、地下アイドルの時のウズメと言う存在と今の声優と言うウズメの存在を同一人物だと認識できなくさせる術があるんじゃ。悠人が雑誌のウズメと目の前のウズメを認識できない理由はそこじゃ」
ちょっとゴメンね。と言いながら、ウズメが悠人の頭に触れる。
「はい、いいよ。もう一回見てみて」
言われるがままに雑誌を見る。するとそこにはウズメがいた。錯視のタネを明かされたような、どうにも不思議な感覚だった。
「今の様に、本人との接触によって認識を戻してもらうほかには同一人物だと気付く術はない。そこでな、何故ストーカー男はウズメに気付いたのか? という疑問が出てくる」
驚愕の事実を受け入れられないのか、ウズメは首をかしげている。
「とりあえず本人に聞いてみるか」
月読は掲示板に向き直ったところで、悠人とウズメは満理月堂を出る。
横に並ぶこともできないので、三メートルくらい離れた位置から悠人はウズメを追いかけ、駅まで送り届けた。
「戻りましたー」
一時間ほどで満理月堂に帰ってきた彼を待っていたのは頭を抱えた月読だった。
「戻ったか。話したい事は色々あるが、少し早いがまずは飯にしてくれ」
言われた通り夕食の準備をする。
「今日はロールキャベツかな」
野菜とベーコンとロールキャベツをコンソメスープで煮込んで出来上がり。
悠人は炒める、煮る系の料理が簡単な事に気付いていた。できればステーキのように焼くだけの料理が望ましかったが、月読が微妙そうな表情をしたので、最終手段として取っておく事にしていた。
「できましたよ」
「質の有る食事が続くのは有り難いのう」
「「ご馳走様でした」」
夕食も終わり、落ち着いたところで月読が得た情報を聞く。
「結論から言うと、ヤツはアメノンと天野かんざしを同一だと思っとる」
「え、それじゃぁ」
月読は首を横に振る。
「違うんじゃ。アメノンがアイドルを辞め、声優になった。とは思っとらん。アメノンの生まれ変わりじゃと思っとる節がある」
「は?」
「五年前に姿を消したアメノン。その五年後に現れた天野かんざし。その二人を重ね合わせたんじゃな」
「でも生まれ変わりってことは、アメノンが死亡してないと成り立たない理屈ですよね?」
「死亡からの生まれ変わりでは無く、自分の前から姿を消したから死亡したに違いない。代わりに同じような女が出てきたので、生まれ変わりに違いない。という理屈じゃな」
自分勝手極まりない理屈だが、アメノンと天野かんざしを同一だと無意識に理解した嗅覚は凄さを感じた。
「なんか、解決方法が見えないんですけど」
悠人は、軽い絶望を覚える。どう考えてもストーカーが諦める絵が想像できない。
「まあ最終手段は考えてある。じゃが、これは本当に最終じゃ。ウズメとも相談せんといかんしの」
そして二日のアルバイトは終了した。
次の日、クラスの一部の生徒が騒いでいた。
「画像見たか?」
「見た見た。彼氏の写真だろ? 盗撮犯もすごいよな」
「直ぐに合成だと主張したやつが居たみたいだけど、結局そいつもファンなんだから信用できないけどな」
昨日の事を話しているが半信半疑、面白い話題と言ったニュアンスに聞こえた。
学校終わりに満理月堂で三日連続のアルバイトが始まった。
「そうか、やはり多少の話題になっていたか」
「まぁ、クラスの一部でしたけどね。世間ではどうなっているのかはわからないです」
「インターネットの中も同じじゃな。じゃがそれは問題ない」
「ストーカー男だけがメインだからですか?」
「それもあるが、その話はウズメが来てからじゃな」
そこから暫くは、掃除をしたり夕食の準備をしたりと働いた。
時間は一七時。仕事終わりのウズメも合流したので、今後の作戦が話された。
「ウズメよ、打ち合わせ通り、最終手段を取ろうと思う」
「そっかー。でも仕方ないよね」
残念そうに肩を落とすウズメ。
「悠人。最終手段の内容を教える」
ぽつりぽつりと喋り出した月読の話を聞くうちに、悠人は不安を掻き立てられた。
「マジですか? それをやったら色々と終わりそうですけど」
「そこは大丈夫じゃ。策はある」
「私も心配はしてないよ」
任せろと言う月読に、それを信頼しているウズメ。そうなれば悠人は、その案を否定はできなかった。
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