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売ってくれないのなら

 帰って来た男は現金で二百五十万円を支払い、月読にある相談をした。

「もしよろしければ、あそこの物も譲っていただけませんか?」

 指すのは、先日悠人が手入れをしていた氷を作れるとかいうガラクタだった。

 当然売るのだろうと思っていたが、月読は売らないと即答した。

「何故ですか? 言い値で構いません」

「おひとり様につき一つ限りじゃ。すまんの」

 にべも無いセリフに男はあからさまにガッカリした。


「そ、そんな」

「悪いが、これは決まりじゃ。どちらか一つ、今なら取り替えてやってもいい」

「それは。……それは無理です。どちらかなんて選べない。この先一生かかっても、アレと同じような保存状況の物には出会えない。そもそもアレ以外に現存しているのかも怪しい」

 お願いします。と頭を床に付ける男。紳士な出で立ちに似合わぬ行動だったが、月読の考えは変わらなかった。


 その後、何とか男に理解してもらい帰ってもらったが、悠人は釈然としなかった。

「何で売らなかったんです? 普段からガラクタって言ってるのに」

「あそこの棚にあるのは、私のコレクションじゃ。当時は量産などという事は無かったからな。手に入れるのも苦労したんじゃ、愛着もある」

「ちなみに当時って、いつの話ですか?」

「江戸時代じゃな」

 人伝に手に入れたのではなく、発明者本人から直接買い付けたものらしい。

「でも愛着があるのに、随分と手入れはサボってたんですね」

「……ん?」


 わざと聞こえなかった振りをして、何となく月読が誤魔化している雰囲気を感じ取った悠人。

「本当はどんな理由なんですか?」

「まとめて売ったら、棚が空になるじゃろ? そしたら店仕舞みせじまいじゃ。悠人も新しいバイト先を見つける羽目になる」

 悠人は、絶対にあの男に何も売らない事を誓った。

 しかしその日から、男は満理月堂に通い始めた。アルバイトのシフトで働いている悠人と違い、毎日満理月堂にいる月読は毎回懇願を聞かされる。それが三日目になり五日目なり十日目になった。

「絶対に売らんから帰れ、もしくは警察の世話になれ」

 遠回しに警察に通報するぞと脅され、男は今日も後ろ髪をひかれながら店を出て行った。だが悠人も月読も、男の目に今までと違うものが宿っている事には気付かなかった。

 男を店から追い出して一時間。いつもなら悠人が作る夕食の時間だが、ここ最近はそれができていな。


 男がいつ来るとも、帰るとも解らなのでもっぱら食神都うけがみみやこのやっているカフェ・シルキーで夕食を取ることが習慣となっていた。

 シルキーでの夕食を終えて二人は満理月堂へと戻る。すると、扉の前で月読が顔をしかめた。

「おかしいな。鍵は閉めたはずじゃが」

「開いてたんですか?」

 見れば確かに扉が少し開いている。普段なら不用心で済ますことのできるミスだが、今日ばかりは悠人も月読も嫌な予感が頭を離れなかった。

 室内の電気を付けると、やはり男の欲しがっていたガラクタだけが棚から無くなっていた。

「こうなったか」

 月読は残念そうにそう漏らした。人間との関わりを望んだ神が月読之尊だ。そんな彼女の思いを踏みにじる結果がこれだった。

 この件に関して月読はどうするのだろう。悠人は彼女の後姿を眺めながら思った。ウズメの時の様に穏便に、警察に届け出ることも無く対処するのだろうか、と。

「悠人」

「はい」

「直ぐに警察に連絡しろ。犯人の目星は付いとるんじゃ、早い方が良い」

 相当に怒っていた。しかし冷静に考えれば、ウズメの件でも警察に届け出るようにアドバイスをしていたのだから悠人の考え方が間違っているのは明白だった。

 窃盗事件として警察管が十数人やって来て、状況の確認や聴取を行った。犯人の可能性がある男も伝えたので、あとは早期解決を願うばかりだった。


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