狙われる女神
「またアイツが現れたみたいなの~!」
「じゃからの。それは警察に相談すべき事だと言ったじゃろ?」
「そうなんだけど~。警察沙汰なんて、ファンを心配させるし」
ぐったりと床に座り込み。うつむく格好で月読の太ももに顔をうずめる。
「あの、その人は?」
やっと口を挟める状況になったので悠人は月読に聞いてみた。
「こやつは、えーと、今はアメノンじゃっけ?」
太ももの上でブルブルと顔を横に振る女性。
「なんじゃったっけ、天野かんざし、じゃっけ?」
太ももの上で頷くかんざしを悠人は見つめ、改めて同じ質問をする。
「その人は?」
「昔からの知り合いでな。昔、姉上が世話になったんじゃ」
濡れた太ももが気持ち悪いのか、眉間に皺を寄せる月読。
「なあ、話は聞いてやるから取りあえず椅子に座れ」
促されてかんざしは椅子に座った。
「どうぞ」
と悠人がお茶を出すと、かんざしは礼を言って受け取り一口啜った。
余談だが、以前月読が淹れた緑茶は、茶葉から入れたものでは無くティーバッグを急須に入れたものだった。あの時時間が掛かったのは、羊羹を着るのに手間取っただけだった。
当然、悠人もティーバッグでお茶を淹れて出していた。
「ふぅ。最近は大人しかったんだけど、今日はスタジオから出た時に電柱の影に隠れるように立ってたの」
「それはやはり警察の領分じゃろ。法的に接近禁止や逮捕などの措置の方が後々楽じゃぞ」
話の内容がよく解らない悠人でも、隠れるように立つ人影や、法的な措置という言葉で不穏な雰囲気を感じ取った。
「もしかして、ストーカーですか?」
「鋭いのう。五年前は地下アイドルのアメノン。その熱狂的なファンの男がストーカーに化けた。ストーキングを止めさせた後、こやつは地下アイドルを辞めて声優になったらしいんじゃがの。同じ男ががまたストーカーとして出てきたらしい」
「警察に頼るのは最終手段にしたいの、変な目立ち方はしたくないし」
「そんなこと言っとる場合ではないと思うがのう」
月読は飽きれ気味だ。
「俺も危険にさらされる前に通報が一番だと思います」
悠人も常識的な回答を提案する。
「色々考えちゃってね。えっと…」
そこで、悠人は自分が名乗っていない事に気付いた。
「俺は壬生悠人です。今日からここでアルバイトでお世話になってます」
「私は天野かんざし。でもウズメでいいよ」
「ウズメ?」
「そう。私は天宇受売命だもの」
「?」
「あれ、知らない? 天宇受売命」
「知ってるというか、なんというか」
天宇受売命。この神は、天津高原において天照大神が天岩戸に閉じこもってしまった際に登場する芸能の神様だ。
突然、アメノウズメノミコトという単語。それは昨日、ツクヨミと言う単語を調べた時に出てきた日本神話の一柱。いよいよ脳が理解を放棄し始めた。
「あれ、月読ちゃん彼に教えてないの?」
「そんなわけないじゃろ。最初に教えたわ」
そしてアメノウズメノミコトは納得した顔を作る。
「月読ちゃん、ちゃんと教えてないんでしょ。どうせ適当に自分で調べろとか言った?」
ギクリと肩を震わせる月読に代わり、ウズメが説明し始めた。
曰く、日本伝わっている神々は存在し、昔はたまに人の前に姿を現し、幸運や厄災をもたらしてきた。しかし、時代の変化とともに人々との良好な関わりを持とうとする神々が現れた。
人々にとってマイナスにならないように、騒ぎにならないように街に馴染み生活する。その試みの先頭に立ったのが月読だった。彼女は積極的に人と関わり、良好な関係を結んでいった。他の神々もそれを手本に人間社会に馴染んでいって今に至る。
「どう? 解りやすく簡潔にまとめたんだけど」
どうにも渋い顔の悠人に、
「まぁ、昨日の時点で不審に思ってたらアルバイトなんて来ないと思うから、真偽はともかくって感じなんでしょ?」
心を読んだかのようなセリフが投げかけられた。
「しかし、まさか信じていないとは思わんかったぞ」
月読は不服だったのか、半目で悠人を見つめた。
「どうすればお主は信じるんじゃろうな」
どうしても認めさせたい月読は何か手は無いかと考え、ウズメも同じように知恵を絞る。
「一番早いのは昔から存在すると教えるのが良いと思うんじゃが。人が描いた絵は当てにならんしのぅ。微妙に似てないというか、時代の影響を受けているというか」
「まぁ、私は昔も今も人気だから絵も割と美人に描かれるし、最近はファンと写真も……。あっ、写真があるじゃない。満理月堂の前で取ってたやつ」
「あぁ有ったなそんな写真。何処に仕舞ったかな」
月読は立ち上がり、ガラクタが収まっている棚の下の方をガタガタと漁る。
暫くすると三十センチ四方のクッキーの缶をテーブルに置いた。
「この中に入っとるはずじゃ」
パカリと蓋を開けると、カビの匂いが一気に噴き出してきた。
「モダンな感じるじゃろ?」
放置の結果のカビを、歴史を感じるモダンと誤魔化す月読だが、それには全く取り合わない二人。
そして缶の中には白黒の写真やセピア色の写真、カラーの写真も数枚あった。
「ほらどうじゃ、この着物の私も可愛かろ?」
白黒の写真には、花柄の着物を着た月読が微笑んでいた。次の写真も白黒で、女学生が着る袴姿。テレビで見るような大正ロマンあふれる姿だった。三枚目は【もんぺ】を穿いた月読。
「何ですかこれ?」
「可愛かろ? その時代時代の服装じゃ」
合成写真かとも思ったが、わざわざそこまでする理由も無い。
「本物?」
悠人の戸惑いに月読は不満を見せる。
「そう言っとるだろう」
「昔の人間の方があっさり信じてたよね」
「確かにな。生まれ変わりだとか言ってチヤホヤしてくれたしな」
昔話を始める二人をよそに悠人は思考を巡らす。
(本物の神様なのか。ホントに? でもわざわざ嘘は必要ないよな)
目の前の女性二人を観察し、結論を出す。
(ひとまず彼女らが神様であることは信じよう。変な壺とか絵画の話になったら逃げればいいか)
アメノウズメノミコトは、天宇受賣命とも書き天鈿女命とも書きます。
アメノを天野に変換し、天鈿女命の【鈿】は『かんざし』と読むことから、天野かんざしとしました。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
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