妥当な値段
「お願いです。これがどうしても欲しいんです」
五十代も過ぎたかという男が泣きそうな表情で頭を下げる。
「何度も言うが、お主には売れんよ」
疲れた声で断る月読。
その様子をただ見るしかない悠人もまた、辟易していた。
このやり取りは十日前にさかのぼる。満理月堂の怪しげな雰囲気を意にも介さず、この男性が入ってきた。白髪と同じ色の口ひげを蓄え、恰好も紺の背広を着こなし、紳士の模範を表していた。
最初に思うのは、月読の友人という可能性。だが、男性は軽く頭を下げるとガラクタが詰め込んである棚を凝視し始めた。
初めて満理月堂へ客が訪れた。一応接客も悠人の仕事のうちだが、訪れるのは客では無くて友人たちのみ。そうなればお茶くみに向かうのが仕事になるのが日常だった。
そんなことを考えながら、横目で月読を見る。彼女はいつも通り、お茶を啜りながら本を読んでいたが、悠人の視線に気付くと手招きをした。
近づくと耳を貸せ、と言うので屈んだ。
「今は黙って好きにさせてやれ。下手に話し掛けると買わんくなる」
暫く黙ってみていると、何かを決めた男性が悠人に話し掛けてきた。
「貴方が店長さんですか?」
「いえ、店長はこちらです」
月読を指すと、一瞬目を見開いたがすぐに取り繕って月読に向き直る。
「失礼いたしました。――それで、あそこの物を譲っていただきたいのですが?」
それは、遠目に見ればトランペットだった。それを逆さまにして複雑に管で繋いだ形をしていた。
「よかろう。二百五十万円じゃ」
「では、カードでお願いします」
「え!?」
驚いたのは悠人だけだった。用途も解らない謎のトランペットモドキに二百五十万円という大金を払う気持ちも、売る気持ちも理解できなかった。
「悪いが、カードは取り扱ってない。現金のみじゃ」
「そうですか。では銀金を用意しますから少しの間待って頂けますか?」
「よかろう」
男は急ぐことも無く店を出て行った。
「あの、月読さん。アレ売れるんですか? 二百五十万ですよ?」
「わ、私もびっくりしてる。あんなガラクタを買っていく連中は、大概金を持っているから多少吹っ掛けるが、だいたいは値切り交渉をしてくる。百万くらいで売れるのが普通なんじゃが」
百万円でも十分に驚きの値段だが、頻繁に売れるものでもないのだろうから、妥当なのかもしれない。




