初めてのアルバイト
次の日、寝坊もせずにきっちりと悠人は登校した。
ホームルームが行われる前の時間、自分の教室で待っていた。何となくグループは出来ているが、お試し期間とでもいうのか複数の少数のグループが成り立っていた。
悠人も前の席の男子生徒と話していると、横の席の住人が登校してきた。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
自分に向けられた挨拶を返す。
声の主、雨村葵は笑顔を向け自分もまた女子グループへ参加した。
彼女とは小学校の時から家族ぐるみの付き合いがあり、互いの実家も近いことから今回の悠人の一人暮らしも、本当に緊急の場合は雨村さんの家を頼りなさい。葵ちゃんのお母さんにお願いしてあるから。と言われるくらいの仲である。
ホームルームから始まり、問題なく授業を消化していく。
(さて、昼にするか)
四限の授業が終わり昼休みに入る。本来であれば弁当も作れと母親に命を受けているが、全てを忠実にこなすつもりは無かった。気が向けば作るし、気が向かなければ学食か購買のパンで十分だと考えていた。
「ねぇ、お昼どうするの? 情報だとお弁当を作ってるはずなんだけど」
葵が横からそんなことを聞いてきた。
「その情報間違ってるよ。気が向いたときに作るって話しだから」
「その感じだと、今日は気が向かなかったのか。お母さんが悠人の分もお弁当作ったから持たされた」
はい。と机の上に置かれた弁当箱を有難く受け取る。
「ありがとうございます。美味しく頂きます」
恭しく頭を下げると、
「私が作ったわけじゃないから、気楽にたべてよ」
しかし一緒に食べるという事は特になく、彼女は彼女のグループに向かった。
弁当の蓋を開けると、そぼろのかかったご飯に卵焼き、春巻き、プチトマト等々の色とりどりのバランスの取れたおかずがぎっしりと詰まっていた。
どれも美味しい料理で、購買のパンでは物足りなかったかもと実感した。
「どう? 美味しかった?」
弁当箱を自分の机に置きに来た葵。
「ああ、美味しかったよ。弁当箱は洗って明日返すから」
「明日も作るらしいから、洗わないで良いよ。……そういえば、アルバイトは見つかったの?」
悠人から弁当箱を回収しながら、それを聞いてきた。
それに対して彼は、多少の苦笑いを含めて答える。
「昨日良さそうなバイトが決まったよ。店主の人はちょっと変わってるけど悪い人ではなさそうだった」
「へぇ、どんなお店? 飲食店?」
「いや、なんていうか。骨董屋、みたいな感じが強いのかな」
ガラクタと言わず骨董品と言い換えたのは、悠人のほんの少しの見栄と言えた。
「なにそれ。ほんとに大丈夫な所なの?」
彼自身も昨日疑問に思った事だが、改めて自分で口にすると葵の心配も理解できる。
「今日バイトだから、何かあったら連絡するよ」
「そうしなさい。怖かったらウチに駆け込んでくるのよ?」
放課後、アルバイトのために満理月堂を訪れた悠人。
「お疲れ様です」
「おお、来たか、まずはガラクタの掃除じゃな。急ぐわけでは無いから、壊さんくらいにゆっくりでいいぞ」
そう言われたが、悠人的にはまず部屋の片づけを進言した。昨日緑茶を飲んだテーブルも、元々は物が乱雑に置かれているのを端に寄せてスペースを確保していたし、まだ昨日のままだったからだ。
「じゃあ、この辺りの片づけから始めてくれ」
ちょっとションボリした様子で指示を出した月読は椅子に座って本を読み始めた。
「まずはテーブルだな」
山となった本。彼女の言うガラクタも置かれているので、それをまずは分類ごとに仕分けを始める。
「本棚ってどこにあるんですか?」
「本棚? ガラクタが占拠しとるな」
月読が指を指すのは壁一面が棚になった場所。そこにはガラクタが収まり、よく見れば下の方にだけは本が雑に詰め込まれていた。
取りあえず空いたスペースに本を綺麗に収納する。
【忘れない整理整頓】・【片付ける人生は感動だ!】・【話が合う部下は必要か不要か】・【魅力的なプレゼン】・【下剋上シリーズ・窓際部下と年下上司~貴方に教えてもらう事はもう何もない~】
一部表紙がいかがわしかった気がするが、気にせずに本棚に仕舞っていく。
「次は物か」
棚に置かれている物をきっちりと並べ直す。手入れより先に定位置を決める事が重要だ。
テキパキと働き、見る見るうちに部屋に秩序が戻っていく。
本を読んでいた月読も顔を上げ驚きの表情を作る。
「この短時間で此処まで綺麗に片付くんじゃな」
「俺も最近母親に叩き込まれたスキルですよ。ゴミ屋敷にはするなって言われて」
悠人も料理はサボっても、掃除をサボるつもりは無かった。面倒でも掃除や洗濯などの家事をおろそかにすれば、男子高校生の一人暮らしの生活がおかしくなるのは目に見えていた。
「ゴミ屋敷とは大げさな母上じゃな。散らかっても精々が自分の部屋くらいじゃろ?」
月読のその言葉で、悠人は今の自分の状況を説明していないことに気付いた。
「今、俺一人暮らしなんですよ。父親の転勤に母親も付いていくことになって、思いがけず一人暮らしです」
「ほぉ。食事も自分で作ってるのか?」
「親には毎食作れって言われてるんですけど、面倒くさい時は買ったりしてますよ」
すると月読は思案をするように顎に手を当て、うーむと唸る。
「よし、ひらめいた。夕飯は此処で食べていかんか。賄みたいな感じでよかろ?」
レストランなど飲食店で見られる賄。悠人としては有難い提案であった。
「え。いいんですか?」
「うむ、ちなみにお主が調理担当な。私は料理が苦手じゃ」
月読が上手なためか、いいように物事が運ばれていく。
「作ってもいいですけど、素人の手料理に期待しないで下さよ?」
「構わんよ。自分で料理をせんのだから文句はない」
悠人はそう言われ、隣の部屋にあるキッチンへと向かった。
「何を作るかね」
独り言をつぶやきながら冷蔵庫を開ける。そこには買い出しには行っていないのか、スカスカの中身。
「嘘だろ」
料理を作り慣れている人なら、上手く一品を作れるだろうが、完全に料理素人の悠人には限られた材料での応用は効かない。
数個の野菜で悠人にも簡単に作れる料理、それは、
「お、カレーか」
悠人が作ったのはカレー。野菜を洗って切って炒めて煮込む。工程が簡単なうえルゥを入れてしまえば完成する。
「なぁ、私のカレーに肉が入っていないぞ」
自分のカレーに肉が入っていないのを、スプーンで探る月読がそんな不満を言った。
「そもそもこのカレーに肉は入っていませんよ。冷蔵庫に肉なんて入ってなかったでしょう?」
何も言い返せない月読はそのままカレーを食べだした。悠人も一口すくって口に運ぶ。肉は入っていないが、味は不味くない。流石は企業が考えたカレールゥ、素人が作ったものでも美味しく出来たと感心した。
「「ご馳走様でした」」
二人とも食事が終わり、手を合わせる。
「カレーはもうちょっと有るので、明日にでも食べてください」
「うむ、有難くいただくとしよう」
ほのぼのとした時間だったが、それを破壊するように満理月堂の扉が開かれた。
「月読ちゃん、助けて―!!!!!!」
飛び込んできたのは、悠人より少し年上ほどの女性。春先に相応しいカジュアルな服装に、泣き顔ではあるがそれでも整っているとわかる美人。
その女性は月読を見つけると、縋りついた。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク・感想・評価をよろしくお願いいたします。




