刹那なる雷鳴
小国の片隅で、汽笛が唸った。
公国の北端に位置する都市、『ヴェール=ビュイ』は寂れていた。駅前の店はシャッターで閉ざされていて、腰の曲がった老人が徘徊している。
列車の中は学校の貸切状態のようなもので、皆浮かれていたようだ。
指定された『会場』には徒歩15分程度で到着した。森林の入り口辺りは先生方が準備・設営で大童だった。『エルブの森』と表記されているはずの立て札は、無残に朽ち果てていた。
列をなす生徒の群についていき、クラスごとに整列する。私たちのクラスは丁度端っこに集まっていた。
ペアごとに纏まって並ぶはずなのだが、フィセルの姿が見えない。
「ステレール。こっち。」
これは彼女の声だ。聞こえた方角を確認すると、フィセルが小さく手招きしている姿が見えた。
どうやら私が場所を間違えてしまっていたらしい。慌てて、人の塊を押し広げていくように、小走りで辿る。
「ありがとう。こういうの慣れなくて。」
って、あれ。いま、私の名前を......。首をぎこちなく回して彼女の顔を見ると、彼女は首を傾げてしまった。
気の所為か。当たり前だよね。
オリヴィエ先生が生徒たちの前に立った。全員揃ったことを確認して、メモ用紙と思われる紙を取り出した。
「これから、実技テストに関する説明を始める。」
生徒の視線が一気に先生の方へと集まった。辺りは水を打ったかのように静かになる。
「まず、今回使用する試験用器具を配布する。列で回していくから受け取ってくれ。」
渡されたのは、ブレスレットだった。
緑色のビーズを主に、数珠つなぎになっていて、その中の一つは黄色のビーズだった。
「試験が開始されると、手元の器具が緑色から赤色に変化する。これが合図だ。」
オリヴィエ先生が自分の腕のブレスレットを掲げながら説明していたが、小さいのでよく見えない。
「開始後は自由だ。条件は、『森の奥に隠された黄の宝玉を持ち帰る』だけ。それさえクリアすれば何しても構わない。これが宝玉のサンプルだ。」
その名の通り、黄色の透き通るような球体であった。『何をしても構わない』という部分が気になる。まさか生徒への妨害も認めるのだろうか。
「試験用の安物だから、全ペア分用意してある。安心してくれ。ただし、試験開始後。つまり腕にはめた器具が赤いうちは、森に何百体と潜む『自動人形』に襲われることになる。勿論反撃しても構わない。」
いきなり話が物騒になった。自動人形に襲われる? 冗談じゃない。寧ろ反撃しないとテストにならないじゃないか。
「最後に、緊急時は試験器具の黄色い部分を10秒前後引っ張ってくれ。直ちに試験器具の色が緑色に変わる。しかし、それをやってしまうと試験失敗だ。安易な気持ちで諦めないように。」
オリヴィエ先生が言い終わると、警報のような、なんとも形容し難い不快音が辺りに響き渡った。
もしやと思って腕を見ると、ブレスレットは赤く染まっていた。
辺りは忽ちパニック状態になって、生徒達は蜘蛛の子を散らすように森の中へと走った。
「アルドアーズさん。ついてきて。」
フィセルを頼りに、私も走り出す。遠くの方では、早くも戦闘らしき音が聞こえた。この辺りにも自動人形はいるのだろうか。
「取り敢えず、奥までは走るわ。辛くない?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとうね。」
やはり、先ほど名前で呼ばれたような気がしたのは気の所為だったのだ。
その時、前方に黒い影が現れた。
詠唱を始めたようだ。そうはさせまいと、銃を構える。
3発目の銃声が聞こえた時、黒い影は力なく倒れた。謎の物体を前に足を止める。胴体も頭部も全てが『箱』で出来ていて、丁度ロボットのようにも見える。
「すごいじゃない。頼りになるわ。」
「えへへ......。この調子で行こう。」
純粋に、人から褒められて嬉しかった。『転生』するまでは、貶されたこともなければ褒められたこともなかった。不幸でもなんでもない普通の生活だけに、心にぽっかりと穴が空いた気がしていた。
その後もいくつかの自動人形にエンカウントしたが、そのほとんどがフィセルの攻撃魔法によって葬られた。
流石はエリートだ。『ヴィオレ・オビュ』と唱えるだけで視界に入った自動人形を焼き尽くしていた。とても真似できるようなことではない。
ついに私たちは、森の奥地にたどり着く。
「ここら辺は人の気配もないね。」
フィセルが呟いた。その通りだ。自動人形の実力を確認する前に行動不能にしてしまっていたが、まともに戦ったら辛いかもしれないし、何より身体・魔力ともに消耗を極めるだろう。若しかしたら、まだ手こずっていたり、リタイアしてしまったペアも多いのかもしれない。
「そうだね。少し怖いよ。」
こんな思いをしてまで深い森に来た目的といえば、黄の宝玉なのだが、なかなか見つからない。草木の間、地面の中、枝の上。枝の上......?
見つけた。丁度目の前の木の枝と幹の間に挟まっているではないか。銃口を向けて、枝ごと撃ち落とす。
同じく宝玉を探していたフィセルが、銃声に驚いて此方を見た。
「見つけたよ。これ。」
私は得意げに黄の宝玉を掲げた。フィセルは表情を明るくさせる。
「よくやったわね。戻りましょうか。」
二週間前は弱音ばかりだったけど、私も活躍できた気がする。あとは入り口まで戻るだけ。気が楽だ。
踵を返して帰ろうとしたその時、急にフィセルが私の後ろに回って、押し倒した。それと同時に私のものではない銃声が聞こえた。
地面に倒れこんだ後、フィセルの方を見ると、彼女の左肩には弾丸で貫かれた痕があった。血が溢れるように滲んで、制服を赤く染める。
一体何が......。頭の中が真っ白になる。
「へへっ。気配がしたかと思えば女か。」
下品な笑い声の主は、兵士と思われる格好をしていた。そして今まさに、フィセルの左肩を撃ち抜いた、私の敵だ。
兵士がこんな場所で単独行動なんてするわけがない。私の敵は多い。いや、敵だらけだ。
そう、『あとは入り口まで戻るだけ』