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真っ直ぐ走っても疲れてしまうから

部屋は未だ仄かに暗い。カーテンの隙間から漏れ出す光で灰色の天井が映し出されていた。

今日は確か......。勢いよく飛び起きて、古い世界地図の隣にひっそりと掛けられたカレンダーを見る。7月24日までは赤いバツ印がつけられていた。

7月25日。今日は実技テスト当日だ。

音を失くしたような部屋にただ一つ響く時計の短針は東南東を指していた。


急いで制服に着替える。首都から更に北へ向かった場所に、学校の所有する森林があるのだが、どうやらそこでテストを行うらしい。

現地集合とは面倒だ。送迎バスでもあれば楽なのだが、そのようなうまい話も無く、寝ぼけた体に鞭を打ってまで動かなければならない。


最低限の荷物をサイドバッグに詰めて、壁に立て掛けてある例の(・・)銃を両手で抱える。これで準備は出来た。靴紐を結んで、いざ勝負へ......! ドアを力強く押すと、そこにはカネルがさも(・・)当然のように立っていた。

彼女と私は幼馴染で、家も近い。少し前まではこうして家の前まできてくれていたらしいが、中等学校に入学してからそういうことも少なくなってきた。というのが私の記憶である。

しかし、よく考えたら、人の記憶もあてにならない。もしかしたら私は自分を過信しているのだろうか。


「えっと。待たせたかな。」


「いいえ、今来たところよ。」


これは最早決まり文句だ。こういう時、人は自然と嘘をつけるものである。これも彼女の気遣いなのだろう。


「本当かなぁ。」


私が少し呆れたように言うと、カネルは何も言わず、にっこりと笑った。


「......。知りたい?」


どれ程待っていたか、ということだろうか。これは予想以上に待たしていたかもしれない。


「う、遠慮しておくよ。」


「じゃあ、出発しましょう。」


この周辺は人も疎らだが、朝も早い今、人影は私たち二人以外見当たらない。忘れてしまった頃に吹く風は、いつもより冷たく感じた。道端に生える草花を飾るような露が、鮮やかに光っている。


「ところで、ステレールちゃん。」


隣で静かに歩いていたカネルが、こちらを振り向いて言った。


「どうしたの。」


カネルは少し戸惑いながら私が抱える銃を指差した。


「それ、撃針銃だよね。」


げきし......何だって? ふと、カネルは軍人の親を持っていると言っていたことを思い出す。成る程、私は少し勘違いをしていたようだ。このようなファンタジー世界に、銃など存在しないと思っていたが、それは間違いだった。


しかし、この銃は違う。これは紛れも無い魔法武器だ。この10日間程、密かに武器を使いこなすために練習を続けていた。装填もしていないのに、弾丸を発射することが出来るのだ。軍事に疎い私でもそれが可笑しなことだとは理解できる。


「そ、そう見えるよね。でも、一応これも杖なんだ。」


私は銃に埋め込まれた宝玉を見せた。カネルは驚いた顔をして、興味深そうにそれを見つめた。


「へぇ。珍しい。銃の杖なんて見たことない。」


「詳しくないからよくわからないけど、そうなんだ。」


「うん。軍で使用されているのは撃針銃って呼ばれていて、火薬が使われているの。杖みたいに改造することはできても、人によって威力が変わるから、統一された軍には不向きだってお父さんが言ってた。」


魔力量は人それぞれだ。確かに軍として一つのまとまりで活動するにあたっては、安定した戦力を求めるのが妥当な判断だろう。


「でも、ステレールちゃんが持ってるそれは、杖自体に魔力変換器が宿されていて、誰でも決められた属性の魔法が使えるってやつでしょ。」


確かにその通りだ。そういう仕組みになっていたのか。


「凄い。あたってるよ。」


私が感心すると、カネルは得意げだった。とはいえ、流石軍人の娘だ。かなり詳しいことは間違いない。


「だって、そうでもなければ使えないでしょ。」


「ぐぬぬ......。何も言い返せない。」


二人で顔を見合わせて笑った後、自分の抱えた銃に目を落とした。


「でも、こんなものがあるなら、私も魔法実技の授業に参加できていたのかな。」


「本当に珍しいのよ。魔力変換器なんて、今やロストテクノロジーなんだからね。」


「え、そうなの?」


「うん。古くから伝わる家宝とか、そういうのでしか見ないよ。」


再び銃を見る。もしこれが家宝ならば......。いや、そんなことは絶対にない。私の記憶にも一切ないし、あのありえない出来事『転生』が起こった時の副産物だと認識していた。神か仏かもわからないが、『偉大な何か』なりの情けなのかと、そう思っていた。


「もしかして、ヤバイことしちゃったかな。」


「うーん......。でも、私のペアの人も魔力変換器付きの杖を使っていた気がする。」


カネルのペアか。そう言えば、あの時は周りの目を気にしていて、耳に入らなかったな。それよりも、『使っていた』ということの方が驚きだ。私もこれさえあれば授業に参加できるということだろうか。


「その人も、魔法が使えないのかな。」


「いや、そんなことはないと思うけど......。ところでステレールちゃん。私のペアが誰かわかる?」


「知らない......です。」


声が段々と小さくなる。カネルはわざと私を困らせて楽しんでいるのではないか、そのようにすら思えてしまう。


「仕方ないよね。あの時のステレールちゃん、すっかり縮こまっていたもの。可愛かったなぁ。」


「や、やめてよ。滅茶苦茶恥ずかしいじゃん。」


カネルは意地悪だ。普段の優等生オーラはどこから出しているのだろうか。


「私のペアは、ピスタッシュさんだよ。」


名前を聞いて、記憶を辿る。『プラハ=ピスタッシュ』のことだろうか。確かに彼女は一際大きな杖を持っていた気がする。あれが魔力変換器付きの杖か。しかし、『プラハ』という名前が気になる。この国ではまず聞かない名前だ。若しかしたら、ハーフなのかもしれない。って、私にはどうでもいいか。


「彼女の杖も魔力変換器付きなんだね。」


「うん。でも、造形が特徴的ね。少なくとも造られたのは別の国よ。」


やはりそうなのか。『プラハ』と聞くと、生前の私の知識では、某国の首都を思い浮かべてしまうが、まあ、それとは関係がないだろう。


駄弁っていたら、もう目の前は駅だった。一旦気持ちをリセットしよう。


「やっと着いたね。」


カネルの声が聞こえた。彼女は大切な友人だが、今日は競争相手でもある。


「うん。お互い頑張ろう。」


「まだ会場は遠いけどね。」


今までは、決まった通りのつまらない生活を続けてきた。非日常(この世界)に無理矢理連れられて、戸惑うことばかりだったけど、毎日が新鮮だ。もしも神様が悪戯をしたならば、今は感謝したい。

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